( 6 )割引率の概要

将来の金額を現在の価値に変換する割合を割引率といいます。DCF法で利用される割引率は、自己資本コストと他人資本(有利子負債)コストを加重平均した加重平均資本コスト(WACC)を用いるのが一般的です。

割引率とは?

DCF法とは、将来獲得すると予測(期待)されるフリー・キャッシュ・フローを基礎として事業価値等を算定する方法です。

ここで、現在獲得する1円と、1年後に受け取る1円、2年後に受け取る1円、5年後に受け取る1円の価値は異なります。逆に言えば、2年後に受け取る1円を現在の価値でみると1円ではありませんし、5年後に受け取る1円も現在の価値でみると1円ではありません。そして、2年後に受け取る1円と5年後に受け取る1円を現在の価値でみれば異なる数値です。

つまり、事業価値等を将来の予測値を基礎として算定する場合には、単純に将来異なる時点での予測値を現在の価値に変換しなければなりません。 この将来の価値を現在の価値に変換する割合が割引率です。

割引率は、CAPM理論によって算出される「加重平均資本コスト」を用いるのが一般的とされていますCAPMとは、Capital Asset Pricing Model、すなわち、資本資産価格モデルです。

ところで、DCF法にかぎらず、事業価値等の算定には、多くの数学的理論が登場します。 DCF法による価値の算定には、とかく将来数値の予測など恣意性が介入する余地が多く、その信頼性に疑問を呈されることが少なくありません。 信頼性を担保するためには、とりあえず定番とされている部分は忠実に従っておいたほうが無難と思われます。

ふたつの資本とそのコスト

事業を営む場合には資金が必要です。資金を調達する方法は、ざっくり申し上げると、その企業で事業を行う者(あるいはその近親者)や投資家などから元手となる資金を調達する方法と、金融機関等から借入れをしたり社債を発行して調達する方法があります。前者は自己資本といい、後者を他人資本といいます。自己資本として調達した資金は原則として返済を要しませんが、資金の出し手は、基本的に企業の重要な意思決定に参加する権限(議決権)を持つことになります(株主)。他人資本(有利子負債)として調達した資金は返済しなければなりませんが、資金の出し手は、企業の意思決定に一定の影響を与えることはあっても、直接の議決権はありません。

他人資本(有利子負債)の場合には、利息の支払いがあります。これは、他人資本(有利子負債)に対するコストといえます。では、自己資本の場合はどうでしょうか。企業からみると、自己資本による調達した資金は返済不能で利息もないため、コストはないとも考えられます。しかし、自己資本の場合にもコスト(自己資本コスト)があります。

自己資本コストは、企業からみると株主(投資家)から調達したおカネを維持するのに必要なコストを意味します。つまり、株主(投資家)から調達した資金は、他人資本とは異なり返済しなくてもよい資金ですが、企業は資本を元手に事業を興こし、事業によって利益(現金)を獲得し、株主に利益を還元(配当)しなければなりません。 たしかに、事業によって利益(現金)が獲得できなければ配当はできませんが、この配当は、イメージ的には株主に支払う利息のようなものです。しかも、他人資本と異なり返済を要しないため、株主に対しては借入金の利息よりも通常は高くなければなりません。つまり、自己資本コストとは、企業が株主から要求される収益率(利回り)ということになります。

逆に、資金の出し手の立場からすると、資金を貸し付けた場合(企業からみれば他人資本)には利息を得てさらに元本も回収できますが、投資した場合(企業からみれば自己資本)には、原則として資金は戻ってきませんし、事業がうまくいかないと配当すらないというリスクを負っています。このリスクを負っている分、投資先に対してはより高い見返りを求めることになります。つまり、おカネを貸し付けたならば得るであろう利息以上の配当を得るとか、あるいは、資金を貸し付けたならば返済される元本を上回る回収額(投資分を売却して得られる利益)を得るなどです。つまり、自己資本コストとは、投資家が企業に期待する収益率(利回り)ということになります。

ざっくりとした他人資本(有利子負債)コストの算定

他人資本(有利子負債)コストは支払利息ですが、経理上、支払利息は費用となります。支払利息が費用処理されることで、支払利息×実効税率の額だけ納付する法人税等が少なくなります。このため、実際に企業が負担するコストは、支払利息から法人税等の節約額を控除した額です。

他人資本(有利子負債)コスト=支払利息−(支払利息×実効税率)=支払利息×(1 −実効税率)

ざっくりとした自己資本コストの算定

自己資本コストとは株主(投資家)が期待する収益率ですが、株主が期待する収益率は株主によってさまざまです。そこで、CAPM理論で自己資本コストを算定します。

自己資本コスト=リスクフリーレート+マーケットリスクプレミアム×β

リスクフリーレート」とは、無リスクの安全債券の利回りをいい、10年物国債利回りが多く用いられます。「マーケットリスクプレミアム」とは、投資家が安全な債券(市場)よりもリスクのある株式(市場)に投資した場合の超過利回りで、株式市場全体の収益率からリスクフリーレートを控除した値です。「β(ベータ)」とは、その企業が属する株式市場全体の一定期間の株価の変動に対する当該企業の感応度をいいます。このβは、自己資本と他人資本を統合したβであり「資本β」(Levered β)ともいわれます。

加重平均資本コスト(WACC)の算定

企業は、自己資本と他人資本(有利子負債)とを適切に組み合わせて資金調達しています。このため、自己資本コストと他人資本(有利子負債)コストが併存しています。両社を統合したコストの算定にあたっては、単純に合計するのではなく、自己資本残高と他人資本(有利子負債)残高との比率(資本構成)で加重平均したコスト(加重平均資本コスト、WACC、Weighted average cost of capital)を用います。

この場合の自己資本残高は時価であり、発行済株式総数に市場の株価を乗じた額です。 また、他人資本残高は基本的に借入金や社債の有利子負債の残高ですが、有利子負債残高から現預金残高を控除して純有利子負債の残高とする方法もあります。

加重平均資本コスト=(他人資本(有利子負債)コスト×資本構成)+(自己資本コスト×資本構成)

他人資本(有利子負債)コストに乗じる資本構成は、「(純)有利子負債  ⁄((純)有利子負債+自己資本)」です。

自己資本コストに乗じる資本構成は「自己資本 ⁄((純)有利子負債+自己資本)」です。

( つづく )