( 4 )事業計画における予測貸借対照表の重要性

DCF算定の基礎となる各予測事業年度のフリー・キャッシュ・フローの正確性・信頼性を高めるために、また、計画の変更・修正に正確に対応するためにも、予測損益計算書のみならず予測貸借対照表も作成すべきです。

予測貸借対照表の必要性

フリー・キャッシュ・フローは、以下の式で算定するのが一般的です。

フリー・キャッシュ・フロー=NOPLAT+減価償却費−設備投資額±運転資本増減額

NOPLATは「みなし税引後営業利益」です。細かい内容については別のところでご説明しますが、ここで申し上げたいのは、フリー・キャッシュ・フローの計算要素には「設備投資額」「運転資本増減額」があるということです。事業計画というと、ついつい予測損益計算書の作成に集中しがちですが、フリー・キャッシュ・フローを計算するには、「設備投資額」「運転資本増減額」といった貸借対照表の要素が必要なのです。

設備投資額というのは、固定資産の取得等のための支出です。運転資本増減額というのは、流動資産(事業活動と関係ない余剰現預金等を除きます。)と流動負債(短期借入金を除きます。)との期首残高と期末残高の増減額です。

設備投資額は適当な(?)タイミングで入れることができますし、運転資本の増減額もいくつかの仮定を置くことで算定することができないわけではないため、わざわざ予測貸借対照表まで作る必要がないという文献もあります。

それでも私は、予測貸借対照表を作成することをおすすめします。それは、フリー・キャッシュ・フロー算定の要素である運転資本の増減額をより正確にするばかりではありません。

予測損益の修正に伴う整合性の確保

事業計画を検証したり精度を高めていこうとすると、さまざまな修正が生じます。このときに、予測損益の変動が予測貸借対照表に連動していくようなExcelシートを作っておくと、整合性が維持されるのです。

たとえば、運転資本の構成要素として(事業用)現預金残高があります。予測貸借対照表を作成する場合、現預金残高は、貸借をバランスさせるための調整額という位置づけとなります。ここで、予測損益に変更が生じると、少なくとも純資産(繰越利益剰余金)と負債(未払法人税等)が修正されることを通じて現預金残高が変動します。これは、運転資本増減額にも影響を与えることになります。

資金ショートのチェックと調整

何より、予測損益計算書上の予測損益に忠実に予測貸借対照表を作成すると、貸借をバランスさせるための調整額の役割を果たす現預金残高がマイナスになることがあります。つまり、資金ショートです。この場合、なんらかの資金調達を行うことができなければ、事業が継続できない、すなわち、事業計画それ自体の実現可能性はゼロであり、それを基礎にして算定された事業価値等の額は意味があるのかということになります。 そこで、もし借入金によって調達するとすれば、支払利息の追加計上に伴う予測損益の変更となりますし、最終的な事業等の価値に影響を与えることになります。

予測損益計算書しか作成していないと、資金ショートを起こすのか起こさないのかを見極めることが困難です。

事業用現預金と非事業用現預金(余剰現預金)の区分

事業価値等を算定するときには、企業の保有する資産について事業用資産と非事業用資産とに区分します。事業用資産と非事業用資産に区分される資産として、現預金残高における余剰(事業に必要とされる金額を上回るという意味での)現預金残高や休止固定資産や投資有価証券などがありますが、とくに現預金残高を事業用と非事業用(余剰現預金)に区分することは重要です。フリー・キャッシュ・フローの計算で、運転資本の増減額がその構成要素となりますが、この運転資本の増減額は事業用資産のみで算定され、余剰現預金は除かれます。逆に、余剰現預金は、企業価値等を算定するときには、事業価値等に加算することになります。

また、予測損益計算書をベースに予測貸借対照表を作る場合、現預金残高は貸借をバランスさせるための調整項目となりますが、ときに現預金残高がマイナスになることがあると申し上げましたが、その場合には、マイナスを解消するだけではなく、事業用資産としての残高を確保しなければならないことになります。

ROICの把握と継続価値算定

これらのほかにも、予測貸借対照表を作成するメリットとして、ROIC(投下資産利益率、Return On Invested Capital)を算定できることです。ROICは、みなし税引後営業利益(NOPLAT)を投下資産(事業用資産)で除した値です。ROICは、継続価値をより正確に算定しようとする場合に重要な意味を持ちます(バリュードライバー法によって継続価値を算定する場合)。

けっきょく、DCF法による事業等の価値の算定は、予測数値をベースにする以上、「いかにもっともらしいか」が生命線となります。でも、これは作り手の努力も大切ですが、より重要なのは、読み手の心証、イメージが大切だと思います。「なるほど」とまではいかなくても「いろいろツッコミどころはあるけど、さりとて明確な反論するキメ手がない」という心証を持っていただけるかどうかにあると思います。

( つづく )