( 1 )DCF法の位置づけ
企業などの価値を評価するアプローチはいくつかありますが、企業の過去や現在ではなく、企業の将来の収益を基礎に価値を算定しようとするインカム・アプローチの代表的な方法がDCF法です。
価値評価の3つのアプローチ
企業や株式の価値を算定する方法はさまざまです。一般的な分類として3つのアプローチがあります。
- マーケット・アプローチ
- ネットアセット・アプローチ
- インカム・アプローチ
マーケット・アプローチはマーケットすなわち市場に基づいて、ネットアセット・アプローチはネットアセットすなわち純資産に基づいて、インカム・アプローチはインカムすなわち収益に基づいて、価値を評価しようというものです。
マーケット・アプローチとは、評価対象となる企業と同業の上場企業や、評価の目的となる取引等と類似の事例などと比較することによって相対的に価値を評価するアプローチです。第三者間で行われた取引や市場で行われた取引といった外部の取引環境を反映するため、客観性の点で優れているとされます。ただし、新規事業を行うなど評価対象となる企業の特殊性のため比較する対象がない場合や、比較する対象が適切でない場合には、このアプローチを採用するのは慎重であるべきとされています。
ネットアセット・アプローチとは、評価対象となる企業の会計上の貸借対照表の純資産を基礎として価値を評価するアプローチです。通常は、純資産を構成する資産及び負債の全部または一部を時価で評価替えします。貸借対照表は企業の過去の経営成績の集積であることから、貸借対照表の内容や資産等を時価評価するための基礎資料に信頼性がある場合には客観性に優れているとされています。ただし、会計上の貸借対照表には知的財産等から生ずる超過収益力(のれん等)やいわゆる簿外負債は反映されず、また、過去の情報を基礎としていることから、成長している企業の価値を評価する場合には貸借対照表の純資産ではその価値がじゅうぶん反映されないため、このアプローチを採用するのは慎重であるべきとされています。
インカム・アプローチとは、評価対象となる企業について将来予測される収益またはキャッシュ・フローを基礎として価値を評価するアプローチです。企業固有の収益獲得能力が反映され、また、将来予測される収益等を現在価値に割り引く際の割引率である程度市場の状況も取り込む点で優れているとされています。ただし、将来の収益等の予測にあたり恣意性の排除が困難であることや、継続企業を前提としたものであるため、継続性に疑義がある企業や清算を前提としている企業等に対してこのアプローチを採用するのは慎重であるべきとされています。
DCF(Discounted Cash Flow)法の位置づけ
事業価値、企業価値あるいは株式価値など(以下「事業価値等」といいます。)を算定するアプローチでもっとも重視されるのはインカム・アプローチです。
ある事業等について投資しようとする場合、「過去または現在の状況がどうなのか」を重視するか、「将来どうなのか」を重視するかは、当事者によって分かれるところですが、おカネを投資しようとするとき、将来おカネが殖える、あるいは、投資した以上のおカネが戻ってくる(リターン)ことを望むのが経済合理的な考え方だと思われます。これに従うならば、「過去または現在の状況がどうなのか」よりも「将来どうなのか」により関心があるのが自然です。この点で、事業等が将来生み出す収益等を基礎に価値を算定しようとするインカム・アプローチは、この関心にもっとも応える方法といえます。
また、企業には寿命はなく永続する存在(継続企業の前提)と考えれば、過去の情報(貸借対照表)を基礎にしたネットアセット・アプローチによる価値は、けっきょくのところ企業の資産や負債をすべて現金化したらどうなるのかというものであり、ともすれば企業は継続するという前提と矛盾すると考えられます。この点でも、継続企業を前提に価値を評価するインカム・アプローチは優れているとされています。
DCF法は、インカム・アプローチのひとつとして位置づけられます。インカム・アプローチにもさまざまな方法がありますが、DCF法は代表的な方法とされています。
DCFとは
事業価値や株式価値を算定するときにおなじみの方法として、DCF法があります。 DCFとは、Discounted Cash Flow、すなわち「割り引かれた現金流入(または流出)」という意味です。
Discountedとは
まず、Discounted、「割り引かれた」とはどういうことでしょうか。
ここでの「割り引く」とは、将来の価値を現在の価値に変換することを意味します。 「現在価値に割り引く」と言われることもあります。 「現在価値に割り引く」というのは、たとえば、5年後の1円の価値を現在の価値0.98円に変換することです。
現在のおカネは、利子率がゼロでないかぎり、年々殖えていくことになります。現在のおカネの価値が1だとすると、5年後は少なくとも1より大きいことになります。
これを逆に考えてみますと、その5年後に1である価値を逆に現在の価値としてとらえようとすれば、1より小さい価値となります。ですから、5年後の1円の価値を現在の価値にすると0.98円や0.90円になるのです。
では、これがなぜ必要なのでしょうか。
事業等についてその価値を算定する場合には、過去の実績値を基準にするアプローチと、将来の予測値を基準にするアプローチがあります。このうち、DCF法は将来の予測値を基準にする方法です。なお、このほかに市場(マーケット)を基準にするアプローチもあります。
DCF法の場合、将来の予測値というのは、将来にどれだけキャッシュ・フロー(CF)を獲得できるのかという予測値です。
ここで、現在獲得する1円と、1年後に受け取る1円、2年後に受け取る1円、5年後に受け取る1円の価値は異なります。逆に言えば、2年後に受け取る1円を現在の価値でみると1円ではありませんし、5年後に受け取る1円も現在の価値でみると1円ではありません。そして、2年後に受け取る1円と5年後に受け取る1円を現在の価値でみれば異なる数値です。
つまり、事業等の価値を将来の予測値で算定しようとする場合には、単純に将来異なる時点での予測値を足し合わせただけではダメで、それぞれ異なる時点での数値を現在の価値に変換しなければならないのです。
将来の価値を現在の価値に変換する割合を割引率といいます。割引率とは、企業が事業を行うために調達した資金に対するコストを基礎として算定します。企業が調達した資金に対するコストとは、株式に対する配当率、借入金に対する金利などです。
なお、現在価値に割り引くといっても、実際は、割り算ではなく掛け算、つまり、割引率を基礎にして算出した現価率を乗じることで計算されます。
n年後の数値の現在価値=n年後の数値×n年経過後の現価率
より多くの利益の獲得が期待されると割引率は高くなります。また、事業活動が継続できるか不確実だ(リスクが高い)と判断されても割引率は高くなります。割引率が高くなると、現価率は小さくなるため、将来の価値を現在価値に変換するとより小さい値となります。
割引率が5%のときの現価率は、現在が1.000、1年経過後が0.9524、2年経過後が0.9070、3年経過後が0.8638、4年経過後が0.8227、5年経過後が0.7835となります。
割引率が10%のときの現価率は、現在が1.000、1年経過後が0.9091、2年経過後が0.8264、3年経過後が0.7513、4年経過後が0.6830、5年経過後が0.6209となります。
つまり、5年経過後の10,000円を現在価値にすると、割引率が5%のときは7,835円(=10,000× 0.7835)、割引率が10%のときは6,209円(=10,000 × 0.6209)になります。
1年後から5年後まで毎期10,000円ずつ受け取るとき、受け取り総額は50,000円となりますが、割引率5%で現在価値に割り引くと、受け取り総額は43,294円となり、割引率10%の場合には、37,907円となります。
Cash Flowとは
キャッシュ・フローとは、現金の流入や流出をいいます。
一定の期間、典型的なのが事業年度の間にどれだけキャッシュ・フローがあったかを知るのはとても簡単です。事業年度開始の時点(期首)と事業年度末(期末)の現預金残高を差額を見ればよいだけです。
キャッシュ・フローは、3つに区分することができます。「営業キャッシュ・フロー」「投資キャッシュ・フロー」及び「財務キャッシュ・フロー」です。
主として上場企業は『キャッシュ・フロー計算書』を作るため、このひな型どおりにキャッシュ・フローを3つに区分しようとすると面倒なイメージが浮かびます。
しかし、期首と期末の現預金残高の差額を3つに区分するだけなら簡単です。
財務キャッシュ・フローは、借入金の借入による収入と返済による支出との純額ですし、投資キャッシュ・フローは、固定資産や投資有価証券の取得のための支出や売却による収入との純額です。残りが営業キャッシュ・フローというわけです。
ところで、DCF法で用いるキャッシュ・フローとは、フリー・キャッシュ・フローというものです。
フリーとは、ここでは「自由」の意味で用いられ、企業が事業活動で獲得し自由に使うことができる資金をいいます。
フリー・キャッシュ・フローの定義については、いろいろな考え方がありますが、一般的には先に述べた3区分のキャッシュ・フローでいうと、営業キャッシュ・フローと投資キャッシュ・フローの合計額と指すとされます。
フリー・キャッシュ・フロー=営業キャッシュ・フロー+投資キャッシュ・フロー
ただし、私がDCF法で事業価値等を算定する際には、より厳密にフリー・キャッシュ・フローを算定しています。その理由は、DCF法による評価の信頼性を高めるためです。
DCF法による価値は、事業等が将来生み出すであろうキャッシュ・フローを現在価値に割り引いた額を基礎とします。 将来の予測をベースにしているため、見積り、あるいは、最終的な算定結果への希望的観測などによって恣意性が混入しやすいのです。
恣意性を可能な限り排除して、というより、恣意性が混入していると思われないような説得力のほうが実は大切と思うのですが、それはそれとして、費用対効果にもよりますが、厳密にできるところはなるべく厳密に算定することで、最終的な算定結果に対する信頼性が高まると考えられるからです。
( つづく )