生前贈与の損得についてあらためて確認
生前贈与したほうがよいのかよくないのかについては腐るほど情報があふれていますが、大半は制度の説明だけのように思われます。
とくに、不動産や有価証券といった時価が変動する財産の生前贈与の損得の判断基準を正面から説明しているものは少ないように思われます。
また、ついつい税金の損得だけでとらえがちですが、生前贈与は大局的に考えなければなりません。
相続税の申告のおさらい
相続が開始した場合、被相続人から相続または遺贈によって財産を取得した人には相続税が課税されることがあります。
相続税が課税されるかどうかは、相続または遺贈によって取得した財産(相続または遺贈によって取得したとみなされる財産も含まれます。)のうち相続税が課される財産の金額が基礎控除の額(3,000万円+法定相続人数×500万円)を超えるかどうかによります。どんなに資産があっても、資産の額よりも債務の額のほうが大きければ相続税が課される財産の金額はマイナスのため相続税は課税されません。
いわゆる小規模宅地等の特例によって土地等の評価額が減額されることで相続税が課される財産の金額が基礎控除の額を下回って相続税がゼロとなることもありますし、また、配偶者が相続または遺贈によってすべての財産を取得した場合にも配偶者の税額軽減によって相続税がゼロとなることもあります。しかし、これらの場合でも相続税の申告書の提出が必要です。
生前贈与の財産の加算
ところが悩ましい問題があります。相続税が課される財産には、生前に贈与を受けた財産の価額を加算することになっているのです。
しかも、相続時精算課税制度を適用しているかしていないかで異なります。
相続時精算課税制度を選択している場合には、相続時精算課税制度の適用を受けた後のすべての生前贈与の財産を加算しなければなりません。
いっぽう、相続時精算課税制度を選択していない(暦年課税制度)場合は、相続開始前3年間に生前贈与を受けた財産を加算すればよいのです。逆に言えば、生前贈与してから時が経ち、3年過ぎれば次々と相続税の計算で加算しなくてよくなります。ここが、相続コンサル系がこぞって生前贈与を勧める理由です。
ここまでの説明では、「あえて相続時精算課税制度を選択するなんてバカ」ということになりますが、相続時精算課税制度と暦年課税制度では、生前贈与に伴う贈与税の申告で納付した贈与税額の精算で大きな違いがあります。
相続時精算課税制度にせよ暦年課税制度にせよ、相続税の申告で相続税の課税される財産に加算される生前贈与の財産に係る贈与税の申告で既に納付した贈与税額は、納付する相続税から控除することができます。
ところが、相続時精算課税制度を選択している場合には、計算された相続税額よりも既に納付した贈与税額が大きかった場合には税金の還付を受けられますが、暦年課税制度の場合は、相続税額がゼロになっても既に納めた贈与税額が還付されることはありません。
そしてある意味当然といえば当然ですが、相続税の申告で加算されない相続開始の日から3年前より前の贈与に係る贈与税額は納めっぱなしで終わることになります。このデメリットを避けるために、相続コンサル系がこぞって暦年課税制度における贈与税の申告での基礎控除(110万円)以下かあるいはちょっと超える贈与を勧めるのです。
財産の時価の変動による生前贈与の成否の判断基準
ここまでですらすでに悩ましいところに、さらに不確実なことがあります。
相続税が課される財産の金額の計算では、財産の価額は相続が開始した日の時価となりますが、相続税が課される財産に加算される生前贈与を受けた財産の価額は贈与の日の時価となります。
財産には、時価が変動するものがあります。代表的なものが不動産と有価証券です。
将来経済状況が右肩上がりと予想される場合、これらの財産の時価も右肩上がりと予測されることになります。 それならば、時価が低い今のうちに贈与税を納付してでも財産を生前贈与してしまったほうがおトクだという切り口でもろもろの相続コンサル系がモーレツに営業することになります。
ただ、おトクとなるのは次の要件を満たした場合です。
- 生前贈与をしたことで相続税の納税が必要なくなった場合、生前贈与せずに相続税の課される財産に取り込まれた場合に発生したであろう想定相続税額と、生前贈与で納付した贈与税額と比較して想定相続税額のほうが大きかった場合
- 生前贈与をしても相続税の申告を要する場合で、生前贈与した財産が相続税の申告で相続税が課される財産に加算されない場合、生前贈与せずに相続税の課される財産に取り込まれた場合の相続税額の増加分と、生前贈与で納付した贈与税額と比較して相続税の増加分のほうが大きかった場合
- 生前贈与をしても相続税の申告を要する場合で、生前贈与した財産が相続税の申告で相続税が課される財産に加算される場合、生前贈与による時価で加算されることによる相続税額の増加分および贈与税額(精算後)の合計額と、生前贈与せずに相続時の時価で算定されたとした場合の相続税額の増加分とを比較して前者のほうが小さくなる場合
1.から3.のすべての場合において、生前贈与がなかったものとする想定においては、実際に生前贈与を受けた人が財産を取得したものとして(想定)相続税額の計算をします。
生前贈与をした財産を相続税の申告で相続税の課される財産に加算する場合の時価は贈与時の時価となります。生前贈与しなかったものとして計算する場合は当然ですが相続開始の時価となります。
1.について
1.の場合、直感的には、生前贈与の時の贈与税の申告では財産を贈与時の時価で算定するため、生前贈与した財産について生前贈与時の時価よりも相続開始時の時価が高ければ、生前贈与のほうがトクということになります。しかし、実はその財産だけで相続税額を計算してもまったく意味がありません。贈与税と相続税では財産の評価方法は同じですが、税額の計算方法は異なります。財産の評価額だけで損得は判断せず、あくまで税額で比較すべきです。
よくありがちなのは、「そもそも生前贈与して贈与税を納める必要はあったの?」ということになります。ちなみに登記の場合の登録免許税も相続より贈与のほうが高いです。
2.について
2.の場合、生前贈与した財産が相続税の申告において相続税が課される財産に加算されないのは、暦年課税制度の贈与で相続開始前3年を超える生前贈与の財産です。相続時精算課税制度の場合はこの制度を選択した後の贈与はすべて相続税の課される財産に加算されるため該当しません。生前贈与しなかったとする場合は当然ですが相続開始の時価で評価して相続税額を計算します。
1.と同様に注意しなければならないのは、その財産だけで相続税額を計算してもまったく意味がありません。他の相続税が課される財産で相続税額を計算したうえで生前贈与の財産を相続時の時価で加算したところでの相続税額の増加分を算定します。 生前贈与した財産について生前贈与時の時価よりも相続開始時の時価が高ければ、生前贈与したほうがトクである蓋然性が高いですが、相続税の税率と贈与税の税率は異なり計算方法も異なるため、時価の多寡だけで損得は判断せず、あくまで税額で比較すべきです。
3.について
3.の場合は、生前贈与した財産が相続税の申告において相続税が課される財産に加算される場合であり、相続時精算課税制度を選択した後の生前贈与の財産や暦年課税制度で相続開始前3年内の生前贈与の財産です。この場合は、加算される生前贈与の財産の時価は贈与時の時価となるため、生前贈与時よりも相続時のほうの時価が上昇していれば確実に生前贈与のほうが有利となります。あとは、同じ生前贈与のなかでの相続時精算課税制度のほうがトクだったか暦年課税制度のほうがトクだったのかという比較になります。
生前贈与時よりも時価が下落した場合
生前贈与した財産について生前贈与時の時価よりも相続開始時の時価が低い場合はどうなるでしょうか。
1.の場合は、生前贈与をしなくても相続税の申告や納付は必要なかったという確率が高まります。
2.の生前贈与をしても相続税の申告が必要な場合で、生前贈与した財産を相続税が課される財産に加算する必要がないときは、贈与時の高い時価を基礎に贈与税を申告・納付しているわけですから、もし生前贈与をしなかったものとして相続時の低い時価で相続税が課される財産に含めた場合の相続税の増加分と比較すると、生前贈与をしたのは損だった確率が高まります。
3.の生前贈与をしても相続税の申告が必要な場合で、生前贈与した財産を相続税が課される財産に加算するときは、生前贈与の財産は生前贈与時の高い時価で加算されるため、生前贈与をしなかったものとして相続時の低い時価で相続税が課される財産に含めた場合の税負担額と比較すると、やはり生前贈与をしたのは損だった確率が高まります。
ポイントは、相続コンサル系が営業でどの程度このあたりを説明しているかどうかです。担当者がサラリーマンならばノルマや組織内での立場や家族の生活もあるでしょうから。
抜け落ちがちな視点
確認しておきたいのは、これはあくまで「税金の計算」での損得のお話です。遺産分割協議における相続分の計算では、婚姻もしくは養子縁組のためもしくは生計の資本としての生前贈与(特別受益)の加算(持戻し)には、相続税の計算のように相続開始前3年間の贈与に限定されることはありません。遺留分侵害額の計算では、相続人への贈与は過去10年分までに限定されるとはいえ、相続税の計算での3年よりも多くの生前贈与が取り込まれることになります。しかも、その生前贈与の価額は税金の計算ルールのように生前贈与時の時価ではなく相続開始時の時価です。
ところが、相続税の申告ベースで相続分や遺産分割を行ってしまうことが極めて多く、損をしていることを知らない(知らなかった)相続人は少なくないと思われます。同様に得していることを知らない(知らなかった)相続人もいるはずですが、すべてを熟知している相続人は密かにほくそえんでいるかもしれません。
生前贈与によって自分が承継したい財産を確実に自分のモノにできるのならば、あとは他の相続人との間の精算の問題であって、税金もその精算の一環なんだという割り切ることも大切なのかもしれません。
けっきょくは、自分にとって何が大事なのかハッキリ自覚しているかどうかです。財産を承継したいのか、はたまたこれを機に以前からアタマにきていた親族と気の済むまで争いたいのか、そこを明確にしないと、何を妥協していいのかがわからないままダラダラ不毛なエネルギーと時間を費やすことになります。
(おわり)