誤解しやすい相続税の知識のまとめ

相続税についての相談を受けていると、相続税についての知識に誤解がある方は少なくありません。

誤解して、不安になり、誤解に基づいた相続税対策をしてしまい、ムダなおカネが流出してしまうことはよくあります。

そこで、よくありがちなものをまとめてみました。

相続税対策で必要な考え方と知識の正確さの重要性

相続対策で必要なこと、それは「自分は何がしたいのか、何を求めるのか」を押さえることです。

そのために必要なことは、相続についての正しい知識を得て、自分の置かれた状況を把握することです。

それをサポートするプロの役割は、依頼人が「何がしたいのか」「何を求めているのか」を問答を通じて明確に意識してもらい、「そのためにすべきこと(してきたこと)」との間にズレがないどうかを検討することであり、必ずしも自分のビジネスや専門分野での最適解に当てはめることではないと思われます。

さて、相続対策を相続税対策に絞り込んでとらえてみますと、もっぱら相続が発生した場合の相続税をどれだけ減らすかが中心になっています。

ここで重要なのは、誰にどの財産を移転するかです。 相続税を少なくすることがあらゆる局面で最優先されるわけではないのです。

個々の状況によって、「税金を払ってでも(資金が外部に多く流出したとしても)、他の相続人等との争いなく確実に財産を得て(得させて)おくほうがよい」という判断もあるわけです。

その一方で考慮するのが、「世代間の財産の移転でいかに資金が外部に流出するのを減らせるか」です。相続税も外部に流出する資金のひとつにすぎないということです。

税金の視点でみても、相続税ではなく贈与税もあるでしょうし、相続税対策として賃貸不動産を購入(建設)した場合には、不動産取得税や毎年の固定資産税や不動産所得に係る所得税や住民税などもあります。もちろん、自己資金なら建築費用、借入金ならば支払利息などで資金が流出します。

もっとも、そういう判断ができるかどうかも、その前提として正確な知識に基づいた現状分析が必要なのです。

現代において、情報はいくらでも得ることができます。しかし、自分あるいは自分の親族のケースにその情報を当てはめるところで、誤解を生じて、誤った安心や誤った不安をかかえている人が少なくありません。

この場合、結果的に無意味な相続税対策なるものをして、ムダな資金が流出することになります。

典型的なものをいくつか挙げてみたいと思います。

法定相続分や法定相続人の数についての誤解

法定相続分、法定相続人の数についての知識を誤解されている方が少なくありません。

たとえば、法定相続人が亡くなっている場合、その子にも相続権があること(代襲相続)を知らず、「相続人の数が少ないからたくさん財産がもらえる」と誤った期待を抱いたり、逆に、「相続人の数が少ないから相続税の基礎控除額が少なくて相続税が発生する」と心配したりします。

再婚での相手の連れ子の場合、実子ではないため、養子縁組をしなければ法定相続人にはならないことを知らなかったり、民法上は何人も養子縁組ができますが、相続税の計算上は法定相続人の制限がある(実子がいる場合1名まで、実子がいない場合は2名まで)ことを誤解していたりします。

相続税の計算に関する誤解

法定相続分どおりに相続しなければならないと誤解している人もいますし、逆に法定相続分が無条件にもらえると誤解している人もいます。

基礎控除を上回る財産があると相続税がかかるという理解は間違いないのですが、相続税の計算の方法を誤解している人が相当多いです。

とくにありがちなのは次の誤解です。

  • 基礎控除を上回る金額にそのまま相続税の税率を乗じてしまう
  • 自分が相続した(相続するだろう)価額に相続税の税率を乗じてしまう

相続税の計算は、まずは法定相続人が法定相続分どおりで相続したとものとして各法定相続人の相続税額を計算し、これを合計して相続税の総額を算出します。次に、この相続税の総額を、実際に取得した財産の価額の割合で各人に分けるのです。

また、「遺言などにより、法定相続人以外の人が財産を取得した場合には税率が20%だ」と誤解している人もいます。20%の税率が適用されるのではなく、相続税の額に20%相当額が加算されるという意味です。つまり、相続税額が100と算定された場合、納付する額は20%加算された120になるということです。しかも、そもそも相続税がかからない場合には、20%加算もありません。

小規模宅地等の特例に関する誤解

土地(正確に言えば宅地等)を相続により取得した場合、小規模宅地等の特例の適用が受けられます。小規模宅地等の特例とは、一定の面積限度までは土地の評価額が50%または20%になる(つまり、50%または80%の評価減)というものです。

小規模宅地等の特例を受けられるにはいくつか要件がありますが、特例の適用を受けることができれば、相続税の負担が(大幅に)減少するだけでなく、相続税が課税される財産の金額が基礎控除額以下になり相続税が発生しないこともありえます(なお、この場合でも相続税の申告が必要です)。

小規模宅地等の特例の適用が受けられるか、どうすれば受けることができるかを検討するのが相続税対策の最優先のポイントであるにもかかわらず、ここを検討しないで相続税対策とやらに走ってしまうのはいかがなものかと思われます。

たとえば、土地を駐車場として他人に貸している場合、原則として自用地(更地と同じ)として評価されます。すると「アパートを建てて貸家建付地として評価されるようにしないと!」と設備投資をしてしまいそうになります。しかし、駐車場の用に供されている土地も貸付事業用宅地等として一定の面積までは小規模宅地等の特例を適用することが可能です。

「世代間の財産の移転でいかに資金が外部に流出するのを減らせるか」が重要なところ、アパートを建てたら多額の金額が外部に流出することになります。

また、よく考えれてみれば当然のことですが、生前贈与した土地等には小規模宅地等の特例の適用はありません。生前贈与と相続のどちらがトクなのかよく検討することが重要です。どちらがトクなのかとは、単に相続税や贈与税の額がどうだという狭い話ではなく、「(遺産争いの前に)取得させたほうがよいのか」という問題も含めてです。

預金残高に関する誤解

亡くなる前に預金口座からたくさん引き出してしまえば相続開始の日の残高が少ないから相続税が節税になる」「ともすれば基礎控除額以下になるから相続税かからない」と思っている人がいます。

しかし、預金口座から引き出された資金が、相続開始の日に現金として残っていたら遺産となります。単に預金口座の残高が現金そのものになったにすぎません。

たしかに、「亡くなると預金が引き出せなくなるため葬儀費用などに充てるために先に引き出しておく」という事情もありますが、この場合の相続税の申告は「現金100」「債務及び葬式費用100」でそれぞれプラスマイナス両建てすることになります。

被相続人の口座から引き出された資金が相続人等の口座に入っていたら、生前贈与となります。生前贈与の額も基本的に相続税のかかる財産になります。

もし、この生前贈与が相続開始の日の前年以前にもあって、贈与税の申告が必要だったという場合には、贈与税の申告と納税が必要です(この贈与税の額は相続税の額から差し引かれます(贈与税額控除))。

また、生前のうちに預金を名義変更したり、亡くなる寸前に預金をたくさん引き出しておけば、相続開始の日(亡くなった日)の預金残高が少なくなるため、敵対する(であろう)相続人に「財産が少なかった」と説明してごまかせると思っている人がいます。

法定相続人が最低限確保できる遺留分は、この生前贈与(特別受益)も含めたところで計算されます。このため、他の(対立する)相続人も、過去の預金通帳の記帳状況を徹底的にチェックしなければなりません。

生前贈与についての誤解

相続税の計算にあたっては、相続開始の日における財産の額ばかりではなく、生前贈与の額を加算します。生前贈与の額の加算の範囲は相続時精算課税制度を選択しているか否かによって異なります。

相続税の申告で加算される生前贈与の額は、暦年課税では相続開始前3年間に限定されますが、相続時精算課税制度では同制度選択以後のすべての生前贈与の額が対象となります。この点だけでみると、暦年課税のほうが断然有利です。生前贈与から3年経過後に相続が開始した場合には、相続税そのものがかからない(基礎控除額が上回る)こともありえます。

各人の相続税の額から差し引かれる生前贈与に係る贈与税の額は、暦年課税では相続開始前3年間に係る生前贈与の額に対応する贈与税の額となりますが、相続時精算課税制度では同制度選択以後のすべての贈与税の額となります。この点だけでみると、相続時精算課税制度のほうが有利です。

そして、もっとも誤解が生じるのは、生前贈与に係る贈与税の額が相続税の額よりも大きい場合、暦年課税でも還付を受けることができると思ってしまうことです。ここが、還付を受けることができる相続時精算課税制度との最大の違いです。

もっとも、これらは制度上での比較であり、実際にどちらが有利なのかは個々の事案によって異なります。

たとえば、相続税が大変だからと毎年生前贈与(暦年課税とします)をして贈与税も納めてきた結果、相続税を少なくすることができたとします。相続税対策としては成功といえます。ところが、贈与税を納税してまで生前贈与をしたのに、生前贈与をせずに相続したほうが、生前贈与に係る贈与税の税負担額よりも、相続税の税負担額のほうが低かったということも十分ありえます。特に暦年課税の場合は、相続開始前3年以前の生前贈与額は相続税の申告で加算しなくてもよいのですが、生前贈与に係る贈与税額控除もできないのです。

ただ、すでに申し上げましたが、重要な視点は「世代間の財産の移転でいかに資金が外部に流出するのを減らせるか」です。外部に流出する資金としては相続税も贈与税も同じであり、相続税だけ減らせたからというのではなく、トータルで捉えなければならないからです。

しかし、もっと考えなければならないのは、「誰にどの財産を移転するか」「どの財産を取得するか」です。相続まで何もしないほうがかえって税負担は減っていたことはありえます。しかし、その後の被相続人の「心変わり」によるリスクも考えると、確実に生前贈与を受けていたほうがトクだったということも十分ありえるのです。

まとめ

相続というのもそれ自体が、関係者同士の経済合理性を超えた感情の問題になりやすく、相続の開始じたいがいつなのか不確定であり、財産の価値(時価)も変動したりなど、さまざまな要因がからんで不透明なものです。

その時々ではベストと思われた判断とアクションをしたとしても、その後情勢が変化することは十分にありえます。

プロとしては、依頼人が「何がしたいのか」「何を求めているのか」を明確に意識してもらい、「そのためにすべきこと(してきたこと)」との間にズレがないどうかを検討することです。

その前提として、依頼人の誤解を解いて、正しいイメージを抱いてもらうことが重要だと思われます。

(おわり)