創業者等のオーナー会社への貸付金についての相続税対策(親族への名義変更のリスク)
会社が事業資金等を創業者や同族関係者から借り入れることは一般的に行われています。会社から見ると借入金(債務)は、貸している創業者等から見ると貸付金(債権)となります。そして、その創業者等に相続が開始すると、その貸付金債権も相続税が課される財産となります。
そこで、創業者等の相続税対策として、創業者等からの借入金を他の親族などからの借入金ということにしてしまうことが考えられます。ここで、おカネの動きはまったくなく、ただ帳簿上の処理だけにとどまることもあります。
しかし、このようなイージーな処理は、創業者等と会社の関係だけでなく、創業者等と名義変更した親族との関係にも配慮しないと、まったく無意味となるばかりか、贈与税の課税リスク、さらには税金を超えて遺産分割や遺留分にも影響が生じるおそれがあります。
創業者等のオーナー会社への貸付金の相続対策とは
圧倒的多数の同族会社のオーナーは、会社の設立に当たって資本金の額を出資し、設立後は事業資金などのために、個人の金銭を会社に投入したり、会社の経費などを立て替えたりしているものです。
会社の決算上は、「(社長からの)借入金」とか「(社長に対する)未払金」などとして計上されます。会社の法人税申告書では決算書のほかに勘定科目の内訳書を添付することになっているため、借入金や未払金の残高については税務当局の知りうるところです。
さて、会社の社長が亡くなり相続が開始すると、被相続人である社長の遺産を、相続人等が相続または遺贈により取得することになります。 同時に、一定の額の遺産がある場合には相続税の申告が必要になります。
貸付金や未払金の存在については、法人税の申告を通じて当局も把握しており、相続開始時の残高については会社の帳簿をチェックすれば容易に把握できます。
そこで、相続税対策として、この貸付金や未収金の残高を減らしていくことが重要とされています。
基本的には極めてシンプルです。会社から返済してもらったり支払ってもらえばよいだけです。たしかに「貸付金100や未収金100を全額精算しても単に現預金200になるだけで全然同じじゃないか」ということなのですが、その現預金はその後費消することだってできますし、何より相続が開始しモメた場合に、現金と債権をもらうのどっちがいいですかということを考えれば、現金のほうがよいのではないかと思われます。
借入先の名義変更
問題は、貸付金や未収金について回収可能性が低い、つまり、会社におカネがない場合です。
たしかに相続税の申告において、貸付金については回収不能な見込額を控除することができますが、実際にその額を算定するのはなかなか難しいものがあります。 しかも、貸付金等は相続税が課税される財産なのに、会社から返済されないような「不良債権」だとすると換金性はなく、一方相続税の額は現金で納付するという厳しい状況となります。
そこで、名義変更、すなわち、「(社長からの)借入金」「(社長からの)未払金」を他の親族からの借入金や未払金としてしまおうという考え方が出てきます。
そうすれば、相続税の申告で、会社への貸付金や未収金を計上する額が減るため税額が少なくて済みそうだからです。
名義変更のやり方は簡単です。社長の親族が会社におカネを入れ、そのおカネで社長に返済すればよいのです。
ところが、親族にそんなおカネがない場合に、それ以外の方法として考えられるのが、帳簿上の処理です。 おカネの出入りはまったくなく、帳簿上で社長からの借入金を親族からの借入金ということにするのです。
私が税務調査官または対立する相続関係者サイドの人間なら・・・
私が税務調査官あるいは対立する相続関係者サイドの人間ならば、借入金や未払金を名義変更したのは貸付金や未収金の残高を減らすためのものではないかと考え、名義変更が真正なものなのかをチェックします。
まず、貸付金の債権者が社長から親族に変わったのはどういう事実に基づくものかを質問します。
その一方で、名義変更したという親族に、会社への貸付金がある(あった)について知っているかどうか質問します。 なぜなら、会社あるいは社長の顧問税理士が勝手にやっている可能性もあるからです。
貸付金の債権者が社長から親族に変わったのはどういう事実に基づくものかについて、おそらく、名義変更があったとか債権譲渡をしたという回答が来ることが想定されます。 そこで、そのエビデンス(証憑)を求めます。債権者が変更したわけですから、エビデンスがなければならないからです。 この場合、会社と親族との金銭消費貸借契約書が出てくる可能性があります。 ちなみに、一般的に名義変更や債権譲渡をした場合には、会社(債務者)に対する対抗要件すなわち「債権者は私ですから私に支払ってください」という通知が必要です。
次に、会社と親族との間の金銭消費貸借契約書があるかどうかをチェックします。紙でプリントアウトしたものがあるかどうかとは別に、Word等のファイルそのものをチェックします。Wordファイルの作成日時をチェックして後で作ったものではないかを確認します。後で作ってあることが確認できたとしても、とりあえず流しておきます。そして、金銭消費貸借契約どおりの返済があるかチェックします。たいがいは会社に返済の事実はないのが通常です。
当事者間での名義変更、債権譲渡は有効か
社長が会社に貸し付けていた100万円を、親族へ名義変更した場合、会社の経理上は「社長からの借入金」が「親族からの借入金」に振り替わることになります。これにより、社長からの借入金すなわち社長の会社に対する貸付金残高は減少します。
おカネの出入りがない名義変更だとすると、社長(債権者)と会社(債務者)との金銭消費貸借契約を、親族(債権者)と会社(債務者)との金銭消費貸借契約にしたわけですから、会社に「貸したおカネを返してくれ」と主張できる権利が、社長から親族に変わったということになります。
そこで、社長と親族との間でどういう契約をしましたか?ということになります。
すなわち、社長の親族との間の債権譲渡契約、親族は「会社からおカネを受け取れる権利」をいったいいくらで得たのですかということです。
有償の場合
会社に対する100万円の貸付金債権を社長が100万円で親族に譲渡したとします。いや、追及されて、とっさにそういうことにしたことにします。
ここで、会社に対する100万円の貸付金債権を社長が100万円で親族に譲渡した場合で、債権の代金100万円を支払っていないタイミングでは、社長は親族に100万円の未収入金(未収債権)があるということになります。
この段階で相続が開始すると、親族に対する100万円の未収金に対して相続税が課税されます。
未収入金100万円をまさにその親族が承継取得した場合には債権者と債務者が同一になるため混同により消滅しますが、未収入金そのものは相続税の申告の対象になります。
そんなことより、お気づきの方はもうお気づきでしょうけれども、結局この段階では、会社に対する貸付金債権が親族に対する未収金に変わっただけで、名義変更しても相続税対策としては何の意味もないということになります。
無償の場合
では、会社に対する100万円の貸付金債権を社長が親族に無償で譲渡したとします。
いや、より正確に言えば、帳簿上だけで債権者の変更をしただけで終わってしまった場合です。
この点、名義変更したという親族に、会社への貸付金がある(あった)について知っているかどうかあらかじめ質問し回答を得ておくと、バレる可能性がより高まります。
無償で譲渡したということを別のコトバで言うと「贈与」といいます。
そこで、贈与契約あるいは贈与の通知があるかどうかをチェックすることになります。
そして、贈与税の申告をちゃんとしていましたか?ということになります。相続時精算課税制度を選択している場合はどんな僅少な額でも贈与税の申告をしなければなりませんし、相続税の申告では過去のすべての贈与額を相続税が課税される財産に算入しなければなりません。 相続時精算課税制度を選択していない(暦年課税)場合は110万円を超えている年については贈与税の申告をしなければなりませんし、相続税の申告では相続開始前3年間の分については相続税が課税される財産に算入しなければなりません。
税金を超えたリスク
結局、有償の場合は「会社への貸付金が親族からの未収金に変わっただけ」になり、無償の場合は「親族は贈与税の申告をきちんとしているか」「相続税の申告でも過去に贈与された貸付金債権の一部または全部を相続税が課税される財産として申告しているか」ということになります。
しかも、税金だけのことを考えていると、さらに痛い目にあうおそれがあります。
社長(被相続人)から生前に貸付金債権を無償で(つまり贈与で)取得していた場合、それは生前贈与ということになり、遺産分割または遺留分の処理においてすべて持ち戻されなければならないおそれがあります。
他の相続人等から「社長(被相続人)の相続開始時に存在する財産は100でしたが、生前に相続人に贈与した貸付金債権200は遺産に加算するから300になりますよね。よって、遺産分割や遺留分算定の基礎となる遺産の額は100ではなくて300ですよね。そのうちあなたは200を社長(被相続人)の生前にすでに取得していますよね。ですから、それを考慮して遺産分割や遺留分を決めないと不公平ですよね」と主張されることになります。
しかも、その貸付金債権200といっても会社から返済される見込みはまったくないとすると、「自分の知らないところで勝手に名義変更とかされて、しかも貸付金といたって会社の状況からすると全額戻ってくるはずがない。いったい何なんだ!!」
結局、その怒りや損害賠償の追及は会社の顧問税理士などに向かうのかもしれません。
( おわり )