( 2 )民法上の相続分とは

遺産分割は相続税の申告に強い影響を受け、相続税が課される財産について相続税のルールによる価額の算定結果に基づいて遺産分割を行うという、相続税本位の遺産分割が行われていることが少なくありません。

今回は、民法の相続分についての知識を確認します。とりわけ、特別受益と持戻し計算は重要です。

被相続人が生前贈与をしていた場合には、被相続人が相続開始の時において有した財産に生前贈与の価額を相続財産とみなして加算したところで相続分を計算します(持戻し計算)。しかし、持戻しされる生前贈与の時期に制限はなく(遺留分は近時の民法改正で10年に制限)、しかも持戻しの価額は相続開始時の時価とされます。

いっぽう、相続税の申告でも生前贈与の額は相続税が課される財産に含めますが、その期間は制限され、生前贈与の額も贈与時の時価となります。税金の計算とはずいぶん違うよねということです。

民法の規定

いろいろ検討する前に、民法の条文を確認しておきましょう。

解説は手っ取り早くていいですが、原典をチェックすることも重要です。

民法では「第五編 相続」のなかに、「第一章 総則」「第二章 相続人」「第三章 相続の効力」「第四章 相続の承認及び放棄」「第五章 財産分離」「第六章 相続人の不存在」「第七章 遺言」「第八章 配偶者の居住の権利」「第九章 遺留分」「第十章 特別の寄与」があり、1,050条にもおよぶ民法の最後に位置づけられます。

相続財産や遺産分割についての条文は、「第三章 相続の効力」にあり、「第一節 総則」「第二節 相続分」「第三節 遺産の分割」からなります。

重要な部分のみ確認しましょう。

まず、相続の一般的効力として、相続人は、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継すると定められています(896条)。いつから承継するかというと、相続開始の時からです。ただし、一切の権利義務を承継するといっても、被相続人の一身に専属したもの(被相続人の資格など)は、承継されないとしています(同条ただし書)。

そして、相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属します(898条)。そして、各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継します(899条)。つまり、相続が開始すると、被相続人の財産はいったん各共同相続人の共有になるということです(その後、遺産分割が行われると相続の開始の時にさかのぼって効力が発生します。)。

相続人については、少し前の「第二章 相続人」(886条から895条)に規定があります。胎児に相続権があること(896条1項)や、被相続人の子が被相続人の死亡前に死亡していたときは、その被相続人の子の子等(直系卑属)が相続人となること(代襲相続、897条)、直系尊属や兄弟姉妹の相続権(898条)、配偶者が常に相続人となること(890条)、相続人となれない者(相続人の欠格事由、891条)、遺言による推定相続人の廃除(893条)などが規定されています。

相続分の計算

いわゆる法定相続分についての条文が900条にあります。あまりにもおなじみなのであえて割愛します。その後に、代襲相続人の相続分(901条)、被相続人が遺言で法定相続分と異なる相続分を指定できること(相続分の指定、902条)が規定されています。

たとえば、被相続人Aが相続開始の時において有した財産の価額が1億円、相続人は配偶者Bと子2人(CとD)とします。

各共同相続人の相続分(ここでは法定相続分とします。)は、配偶者Bの相続分は1/2、子の相続分は1/2となり、子Cと子Dで1/4ずつとなります(1/4+1/4=1/2)。

各共同相続人の相続分は、配偶者Bが5,000万円(=1億円×1/2)、子Cが2,500万円(=1億円×1/4)、子Dが2,500万円(=1億円×1/4)となります。

そして、重要なのが903条(特別受益者の相続分)です。

特別受益者とは、被相続人からの遺贈、婚姻もしくは養子縁組のための(生前)贈与、または生計の資本としての(生前)贈与のいずれか一つ以上を受けた相続人をいいます。

特別受益者とは、被相続人からの遺贈、婚姻もしくは養子縁組のための(生前)贈与、または生計の資本としての(生前)贈与のいずれか一つ以上を受けた相続人をいいます。

「婚姻もしくは養子縁組のための贈与」は、一般的には持参金や嫁入り道具の価額は該当し、結納金や挙式費用などは該当しないとされています。

「生計の資本としての贈与」は、親族に対する開業資金の供与や不動産の贈与が該当するとされます。

ところで、被相続人から生前に贈与を受けた者には、その財産について原則として贈与税が課されますが、扶養義務者相互間において生活費または教育費に充てるためにした贈与により取得した財産のうち通常必要と認められるものについては、贈与税は課税されません(相続税法21条の3第1項2号)。つまり、民法903条1項の「生計の資本としての贈与」は、おおむね贈与税が課税される財産ということになります。

遺贈を受けた相続人の相続分

遺贈とは、被相続人が相続開始の時において有した財産について、被相続人が遺言で取得する者を指定することです。このため、遺贈により取得者が確定している財産は遺産分割の対象からは外れることになり、遺贈されてない残りの財産について相続分を算定することになります。すなわち、相続開始の時において有した財産(遺贈の財産も含みます)について相続分をいったん算出したのち、遺贈を受けた相続人の相続分は遺贈された財産の額を差し引いた額となります。

上記の例で、被相続人Aが相続開始の時において有した財産の価額が1億円で、このうち遺言で3,000万円は配偶者Bが取得するとあったとします。

まず、単純に計算すると、各共同相続人の相続分は、配偶者Bが5,000万円(=1億円×1/2)、子Cが2,500万円(=1億円×1/4)、子Dが2,500万円(=1億円×1/4)となりますが、配偶者Bはすでに遺贈で3,000万円を取得していることから、配偶者Bの相続分は2,000万円(=5,000万円-3,000万円)となります。

すなわち、1億円のうち、3,000万円は遺言で配偶者Bが取得することが確定しているため、残り7,000万円が遺産分割の対象となり、相続分は、配偶者Bが2,000万円、子Cが2,500万円、子Dが2,500万円の合計7,000万円となります。

生前贈与があった場合の相続分と持戻し計算

次に、生前贈与を受けた特別受益者の相続分です。被相続人が生前贈与を行った財産は、すでに被相続人が相続開始の時において有した財産ではありません。しかし、このまま相続分を算定すると、生前贈与を受けた相続人が得してしまいます。

そこで、被相続人が生前贈与をしていた場合には、被相続人が相続開始の時において有した財産に生前贈与の価額を相続財産とみなして加算したところで相続分を計算します。

  • 相続財産の額=被相続人が相続開始の時において有した財産の価額+生前贈与の価額

そして、生前贈与を受けた特別受益者の相続分は、生前贈与された価額を差し引いた額となります。

ここで、被相続人Aが相続開始の時において有した財産の価額が1億円で、このほか生前に子Cに2,000万円の生計の資本としての贈与をしていたとします。この場合、生前贈与2,000万円を相続財産に加えます(持戻し計算)。よって、相続財産は、1億2,000万円(=1億円+2,000万円)となります。

次に、単純に計算すると、各共同相続人の相続分は、配偶者Bが6,000万円(=1億2,000万円×1/2)、子Cが3,000万円(=1億2,000万円×1/4)、子Dが3,000万円(=1億2,000万円×1/4)となりますが、子Cは生前贈与ですでに2,000万円を取得していますから、子Cの相続分は1,000万円(=3,000万円-2,000万円)となります。

すなわち、被相続人が相続の開始の時に有していた1億円は、配偶者Bが6,000万円、子Cが1,000万円、子Dが3,000万円の相続分となります。

遺贈や生前贈与の額が大きい場合

なお、遺贈や生前贈与の額が大きいと、特別受益者になる相続人の相続分がマイナスになってしまうこともあります。この場合はその特別受益者は遺産分割によって取得しうる相続分はゼロとなります(903条2項)。

ここで、被相続人Aが相続開始の時において有した財産の価額が1億円で、このほか生前に子Cに5,000万円の生計の資本としての贈与をしていたとします。この場合、生前贈与5,000万円を相続財産に加えます(持戻し計算)。よって、相続財産は、1億5,000万円(=1億円+5,000万円)となります。

次に、単純に計算すると、各共同相続人の相続分は、配偶者Bが7,500万円(=1億5,000万円×1/2)、子Cが3,750万円(=1億5,000万円×1/4)、子Dが3,750万円(=1億5,000万円×1/4)となりますが、子Cは生前贈与ですでに5,000万円を取得していますから、子Cの相続分はゼロ(3,750万円-5,000万円=▲1,250万円)となります。

相続開始の時において有した財産の価額の1億円について、子Cの相続分はゼロですが、配偶者Bと子Dでどう分けるのかが問題となります。法律上の定めはありませんが、ここでは、上記の配偶者B(7,500万円)と子C(3,750万円)の比率で分けるのが理論的といえます。

この場合、配偶者Bの相続分は6,666.7万円(=1億円×7,500万円/(7,500万円+3,500万円))、子Dの相続分は3,333.3万円(=1億円×3,500万円/(7,500万円+3,500万円))となります。

どんな過去の生前贈与であっても持戻しの対象

このように、特別受益、とりわけ生前贈与があった場合には、生前贈与の額を加算したところで相続分を計算することになります(持戻し計算)。

重要なのは、持戻しの対象となる生前贈与については、民法上は期間制限がありません。すなわち、数十年前の生前贈与についても持戻しの対象となります。

このため、相続争いになると、被相続人が所有していた不動産について贈与の事実がないか調べたり、被相続人の預金口座の履歴を金融機関に照会して、数十年前のマイクロフィルムのデータを入手して生前贈与の有無を徹底的に検証したりします。生前贈与が判明すれば、生前贈与を受けていない相続人にとってはそれだけ相続財産の額が大きくなり、自らの相続分の額が増えるからです。

すると、相続財産をめぐって際限なく過去の掘り起こしが起こることもあります。

ちなみに、遺留分では、相続人に対する生前贈与は相続開始前10年間に制限されています。

持ち戻される生前贈与の価額の評価時点

もうひとつ、悩ましい問題があります。生前贈与があった場合の相続分の計算にあたっては、生前贈与された財産の価額を加算(持戻し)するのは理解できるとしても、生前贈与された財産の価額の評価時点はいつなのか、すなわち、生前贈与の時点での時価なのか、それとも、相続開始時の時価なのか、遺産分割時の時価なのかということです。

この点については、生前贈与の財産の持戻し計算をするときの時価は、相続開始時というのが通説です。

とすると、例えば数十年前に不動産の生前贈与を受けた場合、相続開始時の時価で評価すると大きく異なる可能性があります。贈与当時の時価よりも、相続開始時の時価のほうが高いと、相続分の算定の基礎となる相続財産に加算される額が大きくなるため他の相続人の相続分が増加し、生前贈与を受けた相続人の相続分は減少してしまいます。

持戻し計算の排除

生前贈与の額を持ち戻すのは相続人間の公平をはかるものです。そのため、被相続人が特段の意思表示をしなかった場合は、持戻し計算が行われます。逆に、被相続人が、生前に特別受益の持戻し計算を排除する意思表示をしていたときは相続人はこれに従うことになります(903条3項)。

この生前贈与が持戻されると厳しいのは、夫婦の間で居住用の不動産を贈与したときの配偶者控除(相続税法21条の6)によって不動産や不動産取得資金を生前贈与した場合です。

すなわち、婚姻期間が20年以上の夫婦の間で、居住用不動産または居住用不動産を取得するための金銭の贈与が行われた場合、基礎控除110万円のほかに最高2,000万円まで控除(配偶者控除)できるという特例です。しかも、この贈与の価額は、相続税の申告でも加算されないため(相続開始前3年間の生前贈与は相続税が課される財産として加算されます)、相続税対策としては非常にポピュラーなものです。

しかし、税金面で得になるからといって、民法の規定はまた別物です。

不動産が贈与された後に不動産の時価が上昇した場合、時価が低いときに贈与したため税金的にはラッキーですが、相続分の計算となると、相続時の時価により持戻し計算が行われるため、贈与を受けた配偶者の相続分が少なくなってしまいます。

このため、近年の改正民法では、婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物またはその敷地について遺贈または贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈または贈与について、持戻しの対象としない旨の意思を表示したものと推定されることになりました(903条4項)。

つまり、通常の生前贈与については、被相続人が持戻しから除外する旨の意思表示をしないかぎり持戻し計算の対象になりますが、903条4項の不動産の贈与については、逆に被相続人が持戻しの対象とする旨の意思表示をしない限り持戻しの対象とはならないことになりました。

なお、相続税法上は、居住用不動産を取得するための金銭の贈与も配偶者控除の特例を受けられますが、民法上は、この金銭の贈与について被相続人が積極的に持戻しから除外する旨の意思表示をしないかぎり持戻し計算の対象となってしまいます。

この点からしても、相続税本位の遺産分割ではゆがみが生じることがわかります。

( つづく )