( 1 )売主にとってのポイント

不動産所得の基因となる資産を売却した所得は譲渡所得となります。

譲渡所得の収入金額に家屋の対価に係る仮受消費税等を含めるかどうかは、不動産所得の計算上での消費税等の経理処理によります。

譲渡の日の属する年分の消費税の申告が免除されたり(免税事業者)、簡易課税制度による場合にはメリットがあります。一方で、当該年分に多額の消費税等の支出がある場合には、免税事業者や簡易課税制度に該当するとかえってデメリットとなります。

所得の区分はどうなるか

所得税法は、所得を10種類に分けて所得税を課しています。

個人が不動産の賃貸を行っている場合の所得(収入金額から必要経費を控除した額)は、所得税法上、不動産所得となります。不動産所得は、他の所得(給与所得や雑所得など)と合算して所得税等が課されます(総合課税)。この場合の所得税等の税率は、所得の金額に応じた累進税率です。

いっぽう、土地や家屋を譲渡した場合には、譲渡所得として他の所得とは別に所得税等が課せられます(分離課税)。この場合の所得税等の税率は総合課税の場合の累進税率ではなく、譲渡の態様・目的や譲渡した資産の取得期間などに基づいた独自の税率です。

不動産所得の基因となる事業用の土地や家屋を譲渡した場合も、これらの所得は不動産所得とはならず譲渡所得となるのが原則です。もっとも、譲渡した資産がいわゆる棚卸資産またはこれに準ずる資産(転売目的の不動産の譲渡など)の場合には雑所得となります(総合課税)。

譲渡所得は、収入金額(売却価格)から取得費と譲渡費用を控除した額となります。

収入金額とは通常の取引の場合は買主から受け取る金額です。取得費とは譲渡した資産の取得に要した額で、家屋等の減価償却資産の場合は取得した年分から譲渡時までの減価償却費の累計額を差し引いた額です。譲渡費用とは譲渡に直接要した費用で、売主が負担した印紙税の額や売買の仲介手数料などです。

譲渡所得の収入金額に消費税を含めるか含めないか

土地と家屋を売却した場合、消費税法上、土地の売却には消費税はかかりませんが(非課税取引)、家屋の売却には消費税がかかります(課税取引)。このため、家屋の対価にあたる額には当事者間で消費税等の受け払いがあります。仮に当事者間で明示的に消費税等の受け払いをしていなくとも、家屋の対価にあたる額には消費税等の額が含まれている(内税)ものとされます。

ここで、家屋の売却にあたり買主から受け取る消費税等の額を収入金額に含めるかどうかが問題となります。

この点については、不動産所得の経理にあたり消費税等の額をどう処理しているかによって異なります。

不動産所得の計算上、消費税等の経理処理を税込経理方式によるか税抜経理方式によるかは任意ですが、売主にとって、売却日の属する年分が消費税の納税義務が免除されている(免税事業者)場合には、税込経理方式で処理しなければなりません。

不動産所得の消費税等の経理処理を税込経理方式で行っている場合には譲渡所得の収入金額も税込金額となり、税抜経理方式で行っている場合には譲渡所得の収入金額も税抜金額(本体価格)となります。 このため、税込経理方式の場合には、買主から預かる消費税等の額(仮受消費税等)を不動産所得の計算上収入金額に含めるため、譲渡所得の収入金額も大きくなり、結果として譲渡所得の額が大きくなります。

さて、譲渡所得の収入金額に家屋の譲渡に係る仮受消費税等の額を含めた場合、売主の当該年分の不動産所得に課される税率(総合課税)よりも譲渡所得に課される税率(分離課税)のほうが低いときは、売主にとって有利となります。

とくに、譲渡した日の属する年分の消費税の申告が免除される(免税事業者)場合には、当該仮受消費税等を納税しなくて済み、他方、税込経理方式により当該仮受消費税等は譲渡所得の収入金額に含まれるため譲渡所得は増えますが譲渡所得の低い税率により所得税等の負担も少なくなります。

このように、収入金額だけの切り口からみれば、譲渡した日の属する年分が消費税の免税事業者に該当する場合には有利なようにみえますが、もし当該年分に設備投資等により多額の消費税等を支払った場合には、免税事業者では支払った消費税を納税額の減少や税額の還付として早期に回収できないため非常に不利となります。

よって、売主としては、譲渡をする日の属する年分の消費税の申告がどうなるのかを事前に確認しておくことが重要です。

有利な消費税の申告とは

消費税法上、個人事業者(個人事業主)はすべて消費税の納税義務があります。よって、消費税の申告を行って、当年中に取引によって預かった消費税等から支払った消費税等を差し引いて納税しなければなりません。

家屋の譲渡にあたって買主から受け取った消費税等の額も、基本的に消費税の申告により納税することになります。

売主としては、この消費税等を納税しなくてすむのなら理想的です。

それを実現するのは、当該年分の消費税の納税義務がないか(免税事業者)、あるいは、当該年分の消費税の申告が簡易課税制度になるかです。

ただ、注意したいのは、もし当該年分に設備投資等により多額の消費税等を支払った場合には、免税事業者や簡易課税制度となると支払った消費税を納税額の減少や税額の還付として早期に回収できないため極めて不利となります。収入面だけでなく設備投資等の状況など支出面も総合的に勘案して適切な判断をしなければなりません。

納税義務が免除される場合

家屋を譲渡した年分について、消費税の納税義務が免除されていれば、家屋の譲渡に際して預かった消費税等を納税しなくて済みます(もっとも、これに所得税等は課されます。)。

2年前(基準期間)の消費税が課税される売上高(課税売上高)が1,000万円以下で、かつ、前年の1月1日から6月30日まで(特定期間)の課税売上高と給与等支払額がともに1,000万円以下の場合は、当年分の消費税の納税義務は免除されます。

このため、基準期間(前々年)の課税売上高と特定期間(前年の上半期)の課税売上高をチェックすれば当年分の消費税の申告が免除されるかが判断できます。

ただ、注意しなければならない点があります。過去に「消費税課税事業者選択届出書」している場合です。過去にこの届出書を提出していると、上記の要件を満たしていても消費税の納税義務は免除されません。 これを回避するためには、前年の末日までに「消費税課税事業者選択不適用届出書」が提出されていなければなりませんが、この不適用届出書の提出にも一定の制限があり(いったん課税事業者の選択をしたら2年間は提出不可など)、これらをクリアしないと提出が有効となりません。

もちろん、「消費税課税事業者選択不適用届出書」の提出が有効であっても、基準期間の課税売上高が1,000万円を超えていたり、特定期間の課税売上高と給与等の支払額がともに1,000万円を超えている場合には、原則通り消費税の納税義務は免除されません。

簡易課税制度が適用される場合

家屋を譲渡した年分について、消費税の申告義務が免除されない場合には、家屋の譲渡に際して預かった消費税等を納税しなければなりません。ただし、当年分の消費税の申告が簡易課税制度の適用を受けられる場合には、家屋の譲渡に際して預かった消費税等の全額を納税しなくて済みます。

簡易課税制度とは、消費税の申告にあたり仮受消費税等から差し引く仮払消費税等について、実際に支払った額ではなく、課税売上高を5つの事業に分け、事業ごとに定められた一定割合(みなし仕入率)によって算定した額を差し引く制度です。

家屋等の譲渡などの不動産取引については第六種事業としてみなし仕入率が40%です。すなわち、家屋の譲渡による仮受消費税等の40%相当額が当該取引によって生じた仮払消費税等の額とみなされます。 みなし仕入率による算定額のほうが実際に支払った仮払消費税等の額よりも大きい場合、それだけ消費税の納付額が減ることになります。もっとも、この納付しなくて済んだ部分については所得税等が課されます。

簡易課税制度は、2年前(基準期間)の課税売上高が5,000万円以下で、前年の末日までに「消費税簡易課税制度選択届出書」をしている場合に適用されます。

「消費税簡易課税制度選択届出書」を提出していても、2年前(基準期間)の課税売上高が5,000万円を超えるときは、簡易課税制度は適用されません。

( つづく )