相続税本位の遺産分割を排す
民法上の相続財産と相続税の申告での遺産(相続税のかかる財産)は異なることを理解し、相続税の申告は別物という相対的な考え方で遺産分割や相続対策に臨むべきと考えます。
( 1 )なぜ相続税本位の遺産分割になってしまうのか
相続や遺贈によって被相続人から財産を取得した者は、たとえ遺産分割が終わっていなくても、相続税の申告期限(被相続人の死亡の日から10ヶ月)までに相続税の申告と税額の納付をしなければなりません。とくに、配偶者の税額軽減の特例や小規模宅地等の特例は申告期限までに分割が行われないと原則として適用を受けられません。
このため、遺産分割は相続税の申告に強い影響を受け、相続税が課される財産について相続税のルールによる価額の算定結果に基づいて遺産分割を行うという、相続税本位の遺産分割が行われていることが少なくありません。
しかし、民法の相続財産(の価額)および法定相続分と、相続税が課される財産(の価額)には違いがあります。
「遺産分割」と「相続税の申告(相続税額の負担)」は別物という発想が必要です。
( 2 )民法上の相続分とは
今回は、民法の相続分についての知識を確認します。とりわけ、特別受益と持戻し計算は重要です。
被相続人が生前贈与をしていた場合には、被相続人が相続開始の時において有した財産に生前贈与の価額を相続財産とみなして加算したところで相続分を計算します(持戻し計算)。しかし、持戻しされる生前贈与の時期に制限はなく(遺留分は近時の民法改正で10年に制限)、しかも持戻しの価額は相続開始時の時価とされます。
いっぽう、相続税の申告でも生前贈与の額は相続税が課される財産に含めますが、その期間は制限され、生前贈与の額も贈与時の時価となります。税金の計算とはずいぶん違うよねということです。
( 3 )生前贈与と相続税対策の関係
「生前贈与をしておくと税金が有利だ」と言われます。ただし、生前贈与をした場合にも贈与税がかかります。
贈与税は相続税の補完としての役割があります。このため、相続税対策を行うためには、贈与税についての知識が必須となります。
贈与税と相続税の関係で重要なのは、生前贈与(と納付した贈与税額)が相続税の申告に影響を及ぼすかどうか、すなわち、生前贈与した財産が相続税が課税される財産になるか(相続税の課税金額に算入されるのか)どうかという視点です。
( 4 )相続税本位の遺産分割を排す
遺産分割協議をリードしたい相続人にとって、相続税の申告書(案)に記載された相続税の課税価格は非常に説得力のあるものです。
相続税の課税価格をベースにして民法の相続分を算定することが全面的に間違いではありません。それは、遺産分割が民法の法定相続分どおりでなければならないわけではないのと同じです。
各相続人が同意して遺産分割協議書に実印を押せばそれはそれで有効なのです。
ただし、各相続人が同意をする根拠が、相続税の申告書(案)に記載された相続税の課税価格であった場合、相続税の課税金額には相続税特有のもの(財産の範囲や財産の評価など)があります。
ここではその違いを明らかにすることで、実印を押す前に検討すべき点を明らかにします。