( 2 )残念な労務費原価計算

もともと原価計算は、もっぱら経理の目的、税金の計算のために後ろ向き、消極的にやっていることが少なくありません。

しかし、後ろ向きや消極的なのはいいとして、そもそも原価計算の体をなしていないこともあります。

労務費原価計算の実態

小難しい議論は抜きにして、けっきょく労務費原価計算は、ともすれば毎月一定になってしまいそうな人件費を、実際に行った業務ごとに区分けする営みです。

給料等はほぼ一定でも、1ヶ月間同じ業務だけをひたすら行っているわけではありません。いろいろな業務を掛け持ちで行っていることが多いものです。集計対象となる業務を設定し、給料等を業務ごとに分けて再集計しようというのが労務費原価計算です。

ところが、原価計算は、その重要性にもかかわらず、もっぱら経理の目的、税金の計算のために消極的にやっていることが少なくありません。

原価計算を精緻化して経営の実態を把握しようという意識どころか、「財務会計用や税務調査用にしかたなくそれなりに計算しました」「前の会計監査や税務調査でもオッケーだったので」という消極的なものがむしろ多数派といえます。

以下、労務費原価計算で痛いところを指摘したいと思います。

原価計算の前提を欠いている

労務費原価計算にあたって重要なのは次の点です。

  • 期間中の作業とその時間を正しく収集する
  • 期間中の労務費を正しく収集する
  • 原価計算の対象となる業務とその時間を特定する
  • 会計処理や税務を意識してデータを作る

しかし、そもそも労務費原価計算の前提を欠いていることが少なくありません。

業務の特定がキチンとできていない

まず、原価計算によって結果を得たい業務を特定する必要があります。これは目的よってさまざまですが、少なくとも会計や税務を意識した区分が必要になります。この点についての知見や理解がないと、何のためにやっているのかがわからず、当然のことながら出てきた結果も使えないものとなり、原価計算事務それじたいがムダとなりかねません。

期間中のコストが正しく収集できていない

給料の締め日が20日締めだとします。ということは、給料の計算期間は前月の21日から当月の20日までとなります。いっぽう、会計の締日は末日です(レアに20日もあります)。

裁量労働、あるいは、サービス残業だらけで、給料はいつも一定だから関係ないという考え方もありますが、少なくとも事後的に当月21日から月末日までの給料等は確定するわけです。実際の支給(支払い)とコストの発生は別物なのです。

さて、給料等を支給する場合には、法定福利費がかかります。具体的には、労働保険料や健康保険料、厚生年金保険料などです。

給料になると一人一人について極めて細かく計算するのに、法定福利費となるとまったくザックリ集計・配賦しているアンバランスな事例が散見されます。

法定福利費では、その発生のタイミング(期間対応)にも留意しないといけないにもかかわらず、考慮すらされていないことも少なくありません。たとえば、社会保険料の納入告知書は月遅れです。(月次)決算を早期化している場合には間に合いませんし、税務との関連でいえば「損金算入時期」ともからみます。

給料だけ細かく把握しても片手落ちといえるでしょう。

また、賞与についても、支給対象期間に配分しなければなりません。

12月に賞与が支給されたとします。そして、この賞与の支給対象期間は7月から12月までの期間だったとします。 この場合、この賞与の額を、7月から12月までの期間に配分しなければなりません。そうでなければ、賞与支給月の労務費だけ異常に高いことになってしまいます。

もちろん、賞与だけではなく、賞与に係る法定福利費も配分しなければなりません。

なお、会計では、賞与の確定額が判明しない間は月次ベースで概算額を見積もり計上し、見積額ベースで原価計算を行い、確定額となった段階であらためて原価計算しなおすことになります。

期間中の時間を正しく収集できていない

期間中のコストを区分するのは業務(作業)時間ということになります。

よって、業務(作業)時間も、月初日から月末日までを捉えていなければなりません。

せっかく労務費は給料締日との差を調整して月初日から月末日までを収集したのに、労務費を区分する基準となる業務(作業)時間は20日締めのままだったのでは、労務費と時間とに齷齪が生じることになります。これではまともな原価計算はおぼつかないのです。

労務費の発生と現実の事業活動とが結びついていない

かつてデューデリで、3ヶ月ごとにエンジニア(部門)の労務費を集計してひとつのソフトウェアとして資産計上し、耐用年数3年(36ヶ月)で費用処理(償却)していたところがありました。

この耐用年数3年は、いわゆる法定耐用年数であり、減価償却資産の耐用年数等に関する省令別表第3「ソフトウェア」の「複写して販売するための原本」に基づくものです。

そもそもエンジニアの労務費が全額資産計上しなければならないのかどうか検討した形跡もありませんでした。

これでは、現実の事業活動との関連性がまったくなく、もっぱら税金的な問題、すなわち、エンジニア(部門)の人件費を全額費用(損金)では税務上のリスクがあると考え、「とりあえず一定の基準で全額を損金にしていません」とし、恣意性がないことをアピールするだけで、事実上原価計算を放棄しているとしか思えません。

その背景として、会計事務所も報酬にならない(余計な)作業はしたくないという面もあるでしょう。それはそれで理解できることです。

しかし、税務ベッタリの財務会計をしていたとしても、研究開発費に該当する金額は損金算入が認められますし、ソフトウェアを除却した場合も損金算入が認められます。

原価計算をキチンとやっていないと、研究開発費の額やソフトウェア除却損の額を算定できないため処理ができません。

そういう点で、ムダな法人税等を負担しているかもしれないのです。

結局はドンブリ勘定でデータが有効に使われていない

給料が異なる従業員等がそれぞれ異なる業務(研究開発、製品制作、バージョンアップ、顧客対応など)の作業をしていることが一般的です。一人でさまざまな作業を同時並行的に行っていることも少なくありません。

より正確な原価計算をするためには、作業ごとのコストを集計する必要があります。そこで、個々の従業員に業務内容を管理・報告させることが一般的です。

ところが、個々の従業員ごとに業務内容(業務時間)の把握したのに、原価計算では個々の従業員の労務費の額を合計し、個々の従業員の作業時間の合計から各業務の作業時間合計で配賦していることが少なくありません。

しかし、これでは、せっかく細かくキレイに小皿に取ったものを、最後はドンブリに入れてかきまぜてアバウトに盛り付けてしまうようなものです。

集計した情報をうまく使えていないのです。

個々の従業員の作業内容を細かく把握しても、少なくとも原価計算ではまったくといっていいほど有効に活用されていないことになります。

業務内容を把握する目的がもっぱら労務管理のためだったとしても、原価計算で有効に利用できるなら活用すべきなのです。

( つづく )