( 4 )「月次棚卸」省略の弊害

月次棚卸を省略すると、いや、月次棚卸の結果を会計上反映しなくても、会計ソフトからは立派な月次決算書は作られます。 しかし、期中の月次決算の数値は、売上高と製造費用(仕入高)との単純な差額によって売上総利益が計算されるという、ほとんど意味のないといっていい内容となってしまいます。それを前提にして月次報告あるいは経営分析や経営判断も、なんともいえないものとなります。

原価率や粗利益率と見えたものは、売上高と売上原価や売上総利益との比率ではなく、期間中の売上高と製造費用との比率であり、販売活動と生産活動の比率という関連性がやや薄いものなのです。

月次棚卸を省略した月次決算

おそらく月次決算の信頼性がもっとも低下するものは、月次棚卸だと思われます。

なぜなら、売上高と売上原価の相関関係がまったくとれず、月次損益は、仕入高や製造費用の発生で左右されるからです。

たとえば、3月決算の会社で次のような月次損益があったとします。

4月月次

4月の売上高10,000に対して、製造費用が8,000だとします。月初と月末の在庫を考慮しないと、8,000がそのまま売上原価となります。

売上高(10,000)−売上原価(8,000)=売上総利益(2,000)

原価率80%、粗利益率20%

5月月次

5月の売上高12,000に対して、製造費用が10,000だとします。月初と月末の在庫を考慮しないと、10,000がそのまま売上原価となります。

売上高(12,000)−売上原価(10,000)=売上総利益(2,000)

原価率83.3%、粗利益率16.7%

4月5月累計

4月と5月の通期(累計額)ベースとなりますと、次のとおりとなります。

売上高= 10,000(4月)+ 12,000(5月)= 22,000

売上原価= 8,000(4月)+ 10,000(5月)= 18,000

売上高(22,000)−売上原価(18,000)=売上総利益(4,000)

原価率81.8%、粗利益率18.2%

分析

この結果だけを見て、前月との比較を行うとします。

まずは、売上高は前月と比べて上昇しているので、「よかったね」ということになります。本来的には、売上製品の数量ベースや単価ベースでの販売状況などを分析・検討すべきなのですが、財務諸表のみからの分析では、「売上高」という金額ベースでの総体的な比較となるため、せいぜい、製品別、部門別、得意先別の「売上高」などの売上高を出すにとどまり、少なくとも「さらに絞り込むための素材」を提供しているにすぎません。

売上高で特段の異常点がないと判断した場合、5月は売上高が増加しているにもかかわらず売上総利益は4月と同額すなわち粗利益率が落ちたので「製造コストのムダがあったのかもしれない」「いや、円安で材料費が上がったんじゃないかな」ということになります。

たしかに、この会社の経営形態が在庫を持たないとすると、そういった経営分析もありかもしれません。

月次棚卸を反映した月次決算

4月月次

前期(3月末)の決算で在庫として計上した額(すなわち、期首の在庫金額)が2,000で、4月末の在庫金額が4,000だとすると、本当の4月の月次決算は次のとおりとなります。

売上原価= 2,000(3月末)+ 8,000 − 4,000(4月末)= 6,000

売上高(10,000)−売上原価(6,000)=売上総利益(4,000)

原価率60.0%、粗利益率40.0%

5月月次

5月末の在庫金額が7,000だとすると、本当の5月の月次決算は次のとおりとなります。4月末の在庫金額4,000が期首(月初)の在庫金額となります。

売上原価= 4,000(4月末)+ 10,000 − 7,000(5月末)= 7,000

売上高(12,000)−売上原価(7,000)=売上総利益(5,000)

原価率58.3%、粗利益率41.7%

月次棚卸を省略した場合の売上総利益は2,000でしたが、本来は4,000だったということになります。

4月5月累計

売上原価= 2,000(3月末)+ 18,000 − 7,000(5月末)= 13,000

売上高(22,000)−売上原価(13,000)=売上総利益(9,000)

原価率59.1%、粗利益率40.9%

分析

在庫金額を無視した場合、と申しますか月次棚卸を省略した場合の4月の売上総利益は2,000でしたが、本来は4,000だったということになります。

この例では、月次棚卸を省略していると売上総利益は半額となっています。売上総利益段階までしか示してませんが、販売費及び一般管理費を含めた営業損益ベース、さらには営業外収益と営業外収益を含めた経常損益ベースでは赤字となっているかもしれません。

同様に、月次棚卸を省略した場合の5月の売上総利益も2,000でしたが、本来は5,000だったということになります。

月次棚卸を省略した場合には、粗利益率が4月から減少しているため5月はコスト増という分析となりましたが、月次棚卸を反映した場合には、粗利益率は4月の40%から41.7%にむしろ上昇していることになります。

4月と5月の累計となると、粗利益は4,000ではなく9,000と倍以上の額となっています。

月次棚卸ができない(しない)理由

さて、棚卸高すなわち在庫金額は次のように算定します。

棚卸高(在庫金額)=在庫の数量×在庫の単価

簿記の学習のレベルでは、棚卸の在庫の単価を算定することがポピュラーです。なぜなら、期首や期中あるいは期末の数量については、すでに問題文で示されているからです。

実務のレベルでは、単価の算定それ以前に、まずは数量の把握が重要です。ところが、マンパワーが不足しているなどの事情からとても毎月末に棚卸して数量を数えている余裕がないことも少なくありません。

まして、数量自体を十分把握できないところに、多品種を取り扱っているということになれば、単価の算定はより煩雑となり、在庫金額の算定には程遠いということになります。

月次棚卸省略の弊害

月次棚卸を省略すると、いや、月次棚卸の結果を会計上反映しないと、決算時にはじめて棚卸高を算定し、前期末の棚卸高と合わせて年間ベースでの売上原価が判明するわけです。

ということは、期中の月次決算の数値は、売上高と製造費用(仕入高)との単純な差額によって売上総利益が計算されるという、ほとんど意味のないといっていい内容となってしまいます。

月次棚卸をしていなくても、会計ソフトからは立派な月次決算書は作られます。しかし、それを前提にして月次報告あるいは経営分析や経営判断も、なんともいえないものとなります。

上記の例で明らかなとおり、月次棚卸を省略した場合に原価率や粗利益率と見えたものは、売上高と売上原価や売上総利益との比率ではなく、期間中の売上高と製造費用(仕入高)との比率であり、販売活動と生産活動(購買活動)の比率という関連性が薄いものなのです。よって、販売活動(売上高)が減少しても生産活動(購買活動)がより減少すれば「粗利益率」が上昇し、逆に、販売活動(売上高)が増加しても生産活動(購買活動)をより増加させると「粗利益率」が悪化することになります。

このことは、在庫金額を調整すればいくらでも粉飾することができるという、まさに粉飾決算の定番を意味しています。

さらに、月次棚卸を省略していると、この例では粗利益(のような額)や粗利益率(のような額)が過少に出てきましたが、実際の粗利益は大きな額でした。しかし、在庫金額が3月末の2,000から5月末は7,000に急激に上昇しています。

在庫金額の上昇は、一般的に、おカネを払って仕入れたものが売上げによっておカネとして回収していないことになり、資金繰りを圧迫しています。仕入れが手形決済などで支払サイトが長ければ別ですが、その分、売掛金の回収もサイトが長くなっていることが通常です。

月次棚卸を省略すると、少なくとも会計上で在庫金額が表に出てこないために、経理的な損益ばかりでなく、購買や生産や資金繰りの正確な評価や予測ができにくくなります。

なお、諸般の事由で会計上は仕訳を入れていないとしても、売上と原価の対応関係や在庫金額をそれなりに把握していれば、月次決算の数値を一定額修正することである程度精度の高い内容にすることはできないでもありません。 もっとも、「会計処理はしていなくても、在庫の状況は常に把握している」というのであれば、なんで会計処理できないの?という批判もありえます。ただし、これに対しては社内事情等から精度の高くない情報を利用するとそれが独り歩きしかねないなどの反論が考えられます。

ただ、この場合でも危険なのは、「月次棚卸をしていないので月次損益の精度は著しく低い」のを十分に認識しつつ、「期末決算ではイメージした数値になるだろう」と思っていたら、決算で実際に棚卸をし在庫金額を出したところ想定外の結果となってしまい、やむをえず粉飾せざるをえないという流れです。

月次棚卸をしても生じる問題(原価率の不安定)

月次決算をそれなりに重視するという前提で、月次棚卸を行わないと、月次損益の信頼性や有効性は著しく低下し、とくにそれを無視した経営分析や経営判断は有用でないばかりか有害となる可能性もあります。

そこで、年1回しかやらない棚卸を毎月末に行って、月末の在庫の価額を算定し、これを月次決算に取り込むとします。

さて、一般的な損益計算書の売上原価の様式によれば・・・

売上原価=期首棚卸高+当期発生費用(製造費用や仕入高)−期末棚卸高

この場合の売上原価は、まさに上記の足し算と引き算の結果となります。

棚卸における在庫の数量、乗じる単価の算定も間違いがないのに、原価率が月々によってバラつくことがあります。

この原因としては、以下のことがイメージできます。

  • 値引きして販売した売上が多かった(少なかった)
  • 製造費用が上昇した(低下した)、または、仕入値が上昇した(低下した)

それで終わってしまうことも少なくないと思われますが、もう一つの重要な理由があります。それは、サンプルや自社利用の状況です。

棚卸で数量を数える場合には、もちろん社内や委託倉庫等での在庫の数量についてカウントするわけですが、サンプルや試供品などとして提供したものについては、当然ですがそこには存在しません。

たとえば、前月末の在庫個数が100、当月の製造個数(仕入個数)が3,000、月末の在庫個数が50だったとします。売上原価の算定式によれば、売上原価の数量は、100+ 3,000− 50 = 3,050ということになります。ところが、売上の数量は2,800だったとすると、売上数量2,800に対して売上原価は3,050ということになります。つまり、250に対応する金額だけ売上原価は大きくなっているため、売上原価率が上昇する(粗利益率が低下する)のです。

サンプル品等の価額については、「他勘定振替」として売上原価から控除して、販売費及び一般管理費に振り替える必要があります

さて、この場合、販売費及び一般管理費も含めた営業損益ベースですと、サンプル品等の価額を売上原価で表示しようが販売費及び一般管理費で表示しようが同じ結果となります。

「会計理論上はそうなんだろうけど別に当期純利益が同じなんだからあんまり意味がない」「しょせん税金のためだけの帳簿なんで」というのであればまさにそのとおりなのですが、税務調査などでは、月次ベースの売上高と売上原価と売上総利益の変化を見て、売上原価が大きい月にネライをつけるものです。もちろん結果的に問題がなければそれにこしたことはないのですが、物事はイメージと印象が大切です。あらぬ誤解を受けない、「ちゃんとやってます」というイメージ作りも重要なのです。

そんなことよりも、より重要なのは、棚卸による「原価率の上昇」の原因をうまくつきとめられない、あるいは、それを突き止めることなく、会計ソフトからなりゆきで出てくる財務比率の数値でそのまま経営分析や経営判断をすると、的外れなことになりかねないのです。

モノをつくらない企業(サービス業)の「在庫」

ここまでの話は、基本的にモノを取り扱っている企業をイメージしておりました。それでは、モノを作らないサービス業にとってはまったく無縁の話なのでしょうか。

たしかに、棚卸高は、「棚卸し」というコトバがあるように、まだ売れていないモノ・・・まさに「在庫」というニュアンスが非常に強いです。

しかし、棚卸高は、(年次、月次などの)決算日における目に見えるリアルな現物という意味だけではありません。

理論的には、「費用は発生しているが、これに対応する売上を当期計上できないため、この部分を費用とせずに、売上が計上できるときに費用とする(売上が計上できるまで費用としない)」というニュアンスなのです。

だとすると、棚卸資産には、いわゆる建設業の未成工事支出金など、注文生産や請負作業についての仕掛中のものも含まれることになります。

たとえば、ある役務の提供のために当期中に費用(卸売業などでいえば仕入高、製造業でいえば製造費用)が発生したとします。 この役務の提供に係る売上高の計上は翌期だとします。

このような場合、当期に発生した当該費用は当期の費用として処理するのは妥当ではなく、当該費用に係る売上が計上される翌期の費用となるべきです(収益費用対応の原則)。 だとすると、当該費用を当期の費用として処理すると、当期は売上のない原価の計上、翌期は原価のない売上の計上ということになってしまいます。

そこで、当該費用を翌期の売上高と対応させるために、当期分の費用を棚卸資産として計上するのです。

( つづく )