( 6 )譲渡制限株式の譲渡手続における留意事項 Part3
譲渡手続における留意点をまとめております。
今回は、裁判所への価格決定の申立てや財源規制と関係者の責任等についてです。
参照文献
主として以下の文献を軸に構成いたしました(順不同)。
- 「株式会社法第5版」江頭憲次郎著 有斐閣 2014年7月(以下「株式会社法」)
- 「論点体系 会社法 1」江頭憲次郎、中村直人編著 第一法規 2012年1月(以下「論点体系」)
- 「会社法実務解説」宍戸善一監修、岩倉正和、佐藤丈文編著 有斐閣 2011年12月(以下「実務解説」)
- 「アドバンス新会社法第3版」長島・大野・常松法律事務所編 商事法務 2010年9月(以下「アドバンス新会社法」)
- 「類型別会社非訟」東京地方裁判所商事研究会編 判例タイムズ社 2009年7月(以下「類型別会社非訟」)
- 「逐条解説会社法第2巻株式1」坂巻俊雄、瀧田節編集代表 中央経済社 2008年7月(以下「逐条解説」)
- 「会社法体系第2巻」江頭憲次郎、門口正人編集代表 青林書院 2008年6月(以下「会社法体系」)
会計帳簿の閲覧等の請求
売買価格の協議にあたって、または、それ以前の株式を譲渡しようとする段階で、会社の株価はどの程度なのかということは、株主には情報が不足しています。そこで、株式の譲渡ということではなく、株主の権利としての会計帳簿の閲覧等の請求ができます。
譲渡人(指定買取人)の会計帳簿等の閲覧請求
次に該当する株主は、株式会社の営業時間内は、いつでも、会計帳簿またはこれに関する書面の閲覧または謄写の請求(電磁的記録をもって作成されているときは、当該電磁的記録に記録された事項を法務省令で定める方法により表示したものの閲覧または謄写の請求)をすることができます(会社法433条1項)。
- 総株主(株主総会において決議をすることができる事項の全部につき議決権を行使することができない株主を除きます。)の議決権の3%以上(定款で3%を下回る割合を定めた場合はその割合)の議決権を有する株主
- 発行済株式(自己株式を除きます。)の3%以上(同上)の数の株式を有する株主
閲覧請求にあたっては、会社に対して請求の理由を明らかにしなければなりません。
請求の内容は具体的でなければなりませんが、請求の理由を基礎づける事実が客観的に存在することについて立証する必要はありません(最判平成16.7.1)。
上記に該当する株主からの請求を受けた会社は、当該株主が以下に該当すると認められる場合を除いて、閲覧請求を拒むことができません(会社法433条2項)。
- 自身の権利の確保または行使に関する調査以外の目的で請求を行ったとき
- 会社の業務の遂行を妨げ、株主の共同の利益を害する目的で請求を行ったとき
- 会社の業務と実質的に競争関係にある事業を営み、またはこれに従事するものであるとき
- 閲覧または謄写によって知り得た事実を利益を得て第三者に通報するため請求したとき
- 過去2年以内に、閲覧または謄写によって知り得た事実を利益を得て第三者に通報したことがあるとき
会計帳簿の範囲
少なくとも会社法施行前の判例では、法人税確定申告書控については、閲覧対象にならないと解されています(東京地判平成元.6.22、大阪地判平成11.3.24)。
会社の株価はいくらかという点からすると、課税の公平を実現するために画一的な処理方法から算出される税務上の時価は、それがゆえに理論的なものとはいえない点もあります。
しかし、課税リスクを避けるというより、利害が対立する当事者間だからこそ、かえって有用なものといえる側面もないとはいえません。
そして、税務上の時価を算定するのに不可欠なものが(数年分の)法人税申告書(の控え)です。その意味では、税務申告書の控えを閲覧できないとすればイタいです。
裁判所の売買価格決定の流れ
裁判所への売買価格の申立ては、売買価格の決定を裁判所に申立てができるのは、譲渡等承認請求者、会社または指定買取人のいずれもすることができます(会社法144条2項、7項)。
どちらか一方が裁判所に申立てをしたときは、裁判所は申立書の写しをもう一方に送付します(会社法870条の2第1項)。そして、裁判所は、審問の期日を開いて、申立人以外の陳述を聴きます(会社法870条2項3号)。
裁判所は、申立てから相当の猶予期間を置いて、審理を終結する日を定め、譲渡等請求承認請求者および会社または指定買取人の双方に告知します(会社法870条の2第5項)。あらかじめ終結日が示されるため、その期間内に資料等の準備を進めることになります。ただし、双方が立ち会うことができる期日においては、ただちに審理を終結する旨を宣言することができます(同但書)。
そして、裁判所は、審理を終結したときは売買価格を決定をする日を定め、双方の当事者に告知します(会社法870条の2第6項)。
当事者間で和解が成立した場合、和解が調書に記載されると、その記載は確定した終局決定と同一の効力を有することになります(非訟事件手続法65条2項)。当該調書に基づいて強制執行を行うことも可能です。
裁判所への申立て
譲渡等承認請求者、会社あるいは指定買取人は協議をせずに裁判所に申立てができるか
「株式会社又は譲渡等承認請求者は、第百四十一条第一項の規定による通知があった日から二十日以内に、裁判所に対し、売買価格の決定の申立てをすることができる」との会社法144条の文言から、譲渡等承認請求者と会社または指定買取人との間で協議を先行させる必要はなく、ただちに裁判所に申し立てができると解されています(実務解説P164、逐条解説P323、論点体系P478、類型別会社非訟P76)。
申立て
申立ての要件は次のとおりです(類型別会社非訟P78)。
- 譲渡等承認請求者が申立てに係る株式数の議決権制限株式を有していること
- 裁判所への売買価格の申立ての前に必要な手続が所定の期間内に行われていること
- 裁判所への売買価格申立てが申立期間内に行われていること
申立ては書面によらなければなりません(会社法876条、会社非訟規則1条)
印紙額は1,000円です。 申立人が複数の場合、または、相手方が複数の場合には、1,000円に人数分を乗じた金額です。
株価の鑑定を行う場合には、鑑定人を選任する前に、鑑定人の報酬および鑑定額の予定額の予納を行う必要があります。 予納金額については、会社の規模、資産内容、とくに不動産の鑑定を要するかによって大きく異なります。 譲渡等承認申請者と会社または指定買取人の双方から鑑定申請がされている場合には、通常は双方から予納が行われます(類型別会社非訟P79)。
申立ての際の添付資料は次のとおりです(会社法876条、会社非訟事件等手続規則3条)。
- 会社の登記事項証明書
- 定款
- 譲渡等承認請求書
- 株式の譲渡を承認しない旨の通知書
- 会社法140条1項の規定による「指定買取人」の指定がない場合は、会社による譲渡等承認請求者への買取りの通知書
- 会社法140条1項の規定による「指定買取人」の指定がある場合は、指定買取人による譲渡等承認請求者への買取りの通知書
- 会社・指定買取人の代金供託を証する書面
- 株式会社の最終の貸借対照表
- 私的株価鑑定書
議決権制限株式かどうかは登記事項ですが、定款を添付するのは議決権制限株式の規定があることを確認するためです。
株券発行会社の株主が会社または指定買取人の代金供託に対応して行う株券供託証明書は価格決定の申立ての要件ではないため、申立書の添付書類ではありません。ただし、会社または指定買取人が譲渡等承認請求者が株券の供託をしていない理由で売買契約の解除を主張した場合(会社法141条4項、142条4項)に譲渡等承認請求者が株券の供託をしたと主張したときは、株券供託証明書の提出が求められます。
私的株価鑑定書は、当事者が申立て後に私的鑑定を行った場合にはただちに提出するよう求められます。特に、株価の鑑定をする場合には、必ず鑑定前に提出するよう求められます。
裁判所における審理
譲渡対象となる株式数について争いがある場合
譲渡制限株式の保有株式数に争いがある場合には、申立人がその保有について疎明しなければなりません。
譲渡等承認請求者の主張する保有株式数を会社が全部否認するような場合には、申し立てを取り下げて、株主権の確認訴訟を先行するよう促されます(類型別会社非訟P80、論点体系P490)。
株価の鑑定
裁判所が売買価格の決定の根幹となる株価の鑑定をする場合には、まず当事者が事前に独自に株価の算定(私的鑑定)をしている場合は書証として提出を求められます。当事者が今後私的鑑定をする予定がある場合には、まず私的鑑定を優先して、その内容を踏まえたうえで鑑定を行います(類型別会社非訟P87)。
鑑定に先立って、評価の基礎となる数値の確定が行われます。
会社資産の時価評価を行う場合には時価評価する資産の種類、DCF法や収益還元法などについては基礎資料と算定方法について事前に打ち合わせが行われます。
鑑定前に必要な資料が揃った段階で、当事者が鑑定人の報酬および鑑定額の予定額を予納します。予納金額については、会社の規模、資産内容、とくに不動産の鑑定を要するかによって大きく異なります。 譲渡等承認申請者と会社または指定買取人の双方から鑑定申請がされている場合には、通常は双方から予納が行われます。
予納が行われた後で、その後に利害関係のない鑑定人の選任が行われます。
和解
売買価格決定申立事件の多くは和解で解決されています。
和解のタイミングとしては、株価の鑑定前と鑑定後があります。一般的には、鑑定前の場合には、当事者双方が主張と書証(私的鑑定書を含む)をすべて提出したうえで和解が行われます。鑑定後の場合には、鑑定結果に基づいた価格をベースに行われることになります。 当事者間で和解が成立した場合、和解が調書に記載されると、その記載は確定した終局決定と同一の効力を有することになります(非訟事件手続法65条2項)。当該調書に基づいて強制執行を行うことも可能です。
売買価格と財源規制と責任
請求者(株主(譲渡人)または株式取得者(譲受人))は、会社に対する株式の譲渡等の請求にあたって、会社が承認をしない旨の決定をする場合には当該会社または指定買取人が譲渡制限株式を買い取るよう請求できます(会社法138条1号ハ、2号ハ)。
会社が譲渡制限株式の譲渡等を承認せずに対象株式の全部または一部を買い取ることを選択した場合、会社にとっては自己株式の取得にあたります(会社法155条2号)。自己株式の取得は、会社財産の払い戻しです。会社が譲渡制限株式を買い取る場合は1株当たり純資産額を供託することから(会社法141条2項、142条2項)、まさに金銭が流出することになります。
会社法は、株式会社の株主が有限責任であることから、会社の債権者がその債権回収の引当てとする資本(純資産)が現実に会社に払い込まれ(資本充実の原則)、その後も維持される(資本維持の原則)ことを要求し、配当等によって会社財産が流出しすぎないように規制をかけています。
もともと会社の純資産額が300万円を下回る場合には剰余金の配当はできませんが(会社法158条)、会社が譲渡制限株式を取得するのと引き換えに交付する金銭等の総額(売買価格)は、売買の効力が生じる日における分配可能額を超えてはなりません(会社法461条1項1号)。
効力が生じる日とは
「売買の効力が生じる日」(会社法461条1項1号)とは、いつなのでしょうか。譲渡制限株式の買取りにおける株式の移転は売買代金の支払時に効力を生じると解されているため、売買の効力が生じる日とは、売買代金の支払時と解されています。
分配可能額とは
「分配可能額」(会社法461条2項)とは何かについて、会計関係の専門家はここぞとばかり大展開するのですが、要は、剰余金の額(会社法446条、会社計算規則149条、150条)に一定の調整を加えた額(会社法461条2項)です。
財源規制に違反して会社が株式を買い取った場合の責任
関係者と責任の内容
分配可能額を超えて会社が譲渡制限株式を買い取った場合に責任が及ぶ関係者は次のとおりです(会社法462条1項)。
- 当該買い取りに関する職務を行った業務執行者(業務執行取締役(委員会設置会社にあっては執行 役)
- 株式の買取りによる金銭等の交付に関する職務を行った取締役・執行役(会社計算規則159条1項イ)
- 会社が株式を買い取ることを決議する株主総会において株式の買取りに関する事項について説明をした取締役・執行役(同項ロ)
- 分配可能額の計算に関する報告を監査役もしくは監査委員会または会計監査人が請求したときに当該請求に応じて報告をした取締役・執行役(同項ハ)
- 金銭等の交付を受けた譲渡人たる株主
これら関係者は、連帯して、会社に対して、買い取りにより譲渡人(株主)が交付を受けた金銭等の帳簿価額に相当する金銭を支払う義務を負います(会社法462条1項)。
業務執行者等の会社側の関係者の義務は、譲渡制限株式の買い取りの時における分配可能額を限度として当該義務を免除することについて総株主の同意がある場合を除いて免除することができません(会社法462条3項)。
いっぽう、会社による買い取りで金銭等の交付を受けた株主は、当該金銭等が分配可能額を超えることを知らなかった(善意)場合は、会社に対して金銭を支払った連帯責任者である業務執行者等からの求償の請求に応ずる義務を負いません(会社法463条1項)。 この場合、会社の債権者は、株主に対して、その交付を受けた金銭等の帳簿価額(この額が当該債権者の株式会社に対して有する債権額を超える場合にあっては、当該債権額)に相当する金銭を支払わせることができます(同2項)。
欠損が生じる場合の責任
会社が譲渡制限株式の買い取りをした事業年度の末日に係る計算書類(決算書)において、欠損が生じるときは、上記の業務執行者は、その職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明しないかぎり、会社に対し、連帯して、欠損の額と買い取りにより譲渡人(株主)に対して交付した金銭等の帳簿価額の総額とのいずれか少ない額を支払う義務を負います(会社法465条1項1号)。この義務は、総株主の同意がないかぎり免除されません(会社法465条2項)。
裁判所の決定が財源規制を超過する場合
株式売買価格決定手続において、対象株式の評価の総額が取得財源の規制に違反する売買価格となることが見込まれる場合に、売買価格をどのように決定すべきかが問題となります。
この点、財源規制は資本充実の観点から設けられたものであり、客観的事情に基づいて算定した売買価格が財源規制枠を超過するからといって、その枠内におさまる額の売買価格を決定することは許されないと解されていたところであり、会社法の解釈としても同様と考えられています(類型別会社非訟P85)。
もっとも、会社は、裁判所の決定に基づく売買価格だとしても財源規制に反するわけにはいかないため、結局、財源規制違反となることが見込まれる売買価格であれば、履行不能による債務不履行となり、譲渡等承認請求者から売買契約を解除されることになり、結局、当初の譲渡承認請求が承認されたものとみなされます(会社法145条3号、会社法施行規則26条3項)
( おわり )