譲渡制限株式の譲渡における当事者双方の思惑と葛藤
譲渡制限株式の譲渡というと、手続(法律のお話)や時価(税金のお話)が大展開される論点ですが、それよりも、当事者としては、まずはいかに思惑通りの展開にできるかどうかのほうがよっぽど重要なのではないでしょうか。
相手の状況を把握し、相手の意図と行動を読むことが極めて重要になります。
いずれかの側に立ってアドバイスをする立場としては、単に手続や時価の話を説いても十分ではなく、お客様の立場で考えるのは当たり前ですが、お客様の利害対立する相手方の立場も考えなければならないということになります。
株式を資金化したい株主の野望
株主には、理性的といいましょうか、経済合理的な動機があります。
「保有する意味がない」「譲渡して資金化したい」「どうせ売るなら高く売りたい」
いっぽうで、大株主や経営陣に対して(積もり積もった)怨念があり、ギャフンと言わせたいという感情的な動機もあります。
これが経済合理的な判断を誤らせるのが世の常でございます。
しかし、次のような悩ましい問題があります。
売ろうにも相手がいない
株式を上場していないだけに相手がいません しかも、勝手に売ることはできず、譲渡に際しては会社の承認を得なければなりません (会社の承認を得なくても譲渡そのものは有効です。しかし、譲受人は会社の承認を得なければ株主になれないため、株主になれないのにおカネを出して株式を買ってくれるような人を探すのは困難です)。
会社側にもちかけても不利?
まず、会社にもちかけても会社が買い取る義務はありません。
また、(会社側の意向を受けた大株主や従業員なども含めて)買い取りに応じたとしても、価格決定のための情報が少ないため足元見られて買いたたかれる可能性があります。
さらに、「このあと譲渡承認請求があるだろう」と、準備する時間的な余裕を会社側に与えることになります。
もっとも、これによって会社側のバックについている専門家のレベルを探ることができます。
譲渡承認請求に係る株主側の事情
矛盾
株式を売りたい株主としては、自分の保有する株式を買ってくれそうな人(知り合いであることが多いです。)を譲受人として、会社に対して株式の譲渡承認を請求し、あわせて、承認をしない場合には会社または指定買取人が買い取ることを請求することになります。
譲受人の心理としては、お願いされたから受けたわけで、積極的にその会社の株式を買う動機はないことが通常です。このため、譲渡承認請求をする株主(以下「請求株主」といいます。)としては、承認されると譲受人におカネを負担してもらわなければならないため、迷惑をかけかねません。
ここに、「譲渡承認を請求しているはずなのに、実は承認されないことを願っている」状況となります。
よって請求株主にとっては「どうすれば譲渡を承認されないようにするか」そして「会社か指定買取人に買い取らせるか」が最大のポイントとなります。
専門家を前面に立てるべきか
また、一連の譲渡承認請求の手続にあたって、いきなり専門家を代理人として前面に立ててやるか(戦闘モード全開)、専門家はバックにつけて請求株主自身が手続を行い、「素人なんで詳しいことわかりません。思いつきでやってます。」というフリをして油断させるのとどちらがよいのかという問題もあります。
不意打ちの請求のほうがよいか
会社は譲渡承認請求を受けたら2週間以内に譲渡を承認するかしないかを決定して請求株主に通知する必要があります。
なんの前兆もなく、いきなり譲渡承認請求を出す「電撃戦」を展開することで、会社側をあわてさせ、譲渡承認を拒否させるという作戦もあります。
ところが、会社があわてすぎて、あるいは、手続的なことを知らずに2週間が過ぎてしまうと、譲渡が承認したものとみなされてしまうためかえって請求株主にとって望まない結果となりえます。
逆に、正式な譲渡承認請求の前に、会社側と下交渉をしたほうがよいのかという考え方もあります。しかし、これでは、会社側に防禦の時間的な余裕を与えてしまうため、請求株主側の意図を悟られてしまい、やはり望まない結果となりえます。
もっとも、先ほど申し上げたとおり専門家を前面に出さずに請求株主自身が油断したとみせていろいろ会社側に質問すると、会社側のバックについている専門家のレベルを探ることができます。
譲受人の人選
請求株主としては、承認されると譲受人におカネを負担してもらわなければならないため、迷惑をかけかねません。 このため、「譲渡承認を請求しているのに、実は承認されないことを願っている」状況となります。
だとすると、譲受人には、会社側が「株主になったらイヤだな」と考える人にお願いすることになります。
請求株式が少ないと、経営に対するインパクトがあまりないために請求が承認されてしまうこともありますが、それを超えて会社にとってイヤな人だと、譲渡承認が拒否されやすくなります。
請求株式数
譲渡承認の請求をしたところで、株数が少ないと経営権に影響が出ないため請求が承認されてしまう可能性があります。
そこで、他の株主も巻き込むなどして請求株数を多くすると経営権に影響が出てくるため請求は不承認になる可能性が高まります。
しかし、それはそれで悩ましい問題にぶつかります。
会社としては、譲渡承認はしたくないが承認を拒否すると、会社が買い取る場合には1株当たり純資産額×請求株数の額の供託をしなくてはなりません。場合によっては、指定買取人が買い取る場合も、会社が資金も立替で準備しなければならないこともあります。
このため、請求株数を多くすれば、譲渡承認が拒否される可能性は高まりますが、会社側に資金がないためかえって譲渡が承認されてしまうことになります。
譲受人にとっても、譲渡が承認されてしまうと、株数が多ければ多いほどそれなりの資金を負担しなければなりません。請求株主としても、お願いして譲受人になってもらっている関係で、迷惑をかけられません。
みなし譲渡承認のリスク
会社から譲渡を承認しない通知を受けても、指定買取人が10日以内に、または、会社が40日以内に株式を買い取る旨を通知し、「1株当たり純資産額×請求株数」の額の供託した証明を交付しないと、法令上は譲渡が承認されたものとみなされます。
請求株主にとって「どうすれば譲渡を承認されないようにするか」が真のねらいだとすると、会社または指定買取人からの通知等が来るか来ないかはまさに相手しだいであり、ジリジリした日々を過ごすことになります。
法令上、株式譲渡が承認されたものとみなされても、当事者間で合意による別段の定めをしたときは、みなし譲渡承認とはなりません。
会社側から合意による別段の定めを持ちかけられると、売買価格で一定の譲歩をせざるをえないこともあります。
譲渡承認請求に係る会社側の事情
会社側で、とくに分散している株式をなんとか集約しようとしているときに、株主側から譲渡承認請求があることは「渡りに船」でむしろ歓迎すべき状況になります。 この場合には、いくらで売買しますかという交渉しだいとなります。
ところが、そういう意図がない場合には、株主からの譲渡承認請求に対して対応に苦慮することになります。
譲渡を承認してもいいという判断
譲渡承認を請求してきた株主にとっては、会社が譲渡を承認するのが実はイタいです。 会社側も、株主のそういった思惑はとうぜん見抜いているところです。
しかし、閉鎖的な非上場会社の創業者一族や大株主や現経営陣にとっては、異質な者が譲受人として請求され、譲渡を承認することで本当に株主になってしまうのは困ります。
それでも、譲渡承認請求されている株式数(議決権数)が少なければ、経営への影響は少ないため、承認するのもやむなしという判断もあります。
逆に、譲渡承認請求される株式数が多くなると、さすがに承認することができなくなります(これが請求株主のネラいでもあります)。
請求株主をヌカ喜びさせる
また、そういう合理的な判断とは別に、請求株主に対する憎しみから、株式譲渡を承認することもあります。譲渡承認を請求していながら実は承認を拒否してほしい請求株主からするとこれはイタいです。
しかも、単純に株式譲渡を承認するのではなく、請求株主に対していったん不承認の通知をしながら、そのあとで何もしないことでみなし譲渡承認となるようにしたりします。
請求株主をいったんヌカ喜びさせる嫌がらせです。
譲渡承認したくないが承認せざるをえないとき(財源規制の問題と買取人の指定)
断固として譲渡は拒否したいのに、会社が買い取ろうとしても十分な分配可能額がないため、買取人を指定して買い取ってもらうしかない場合があります。しかし、買取人が買い取った後の株主構成に不満を持つ既存株主もいることも考えられます。また、 会社が買取資金を会社が立て替えたとしても、買取人候補者からの承諾を得られないこともあります。
こうなりますと、譲渡は拒否したいところですが、譲渡を承認せざるをえません。 奇妙なことに、請求株主も譲渡は拒否してほしいため、双方にとってよくない結果となります。
譲渡承認したくないが承認せざるをえないとき(資金的な問題)
同様に、断固として譲渡は拒否したいものの、会社としては、譲渡承認はしたくないが承認を拒否すると、会社が買い取る場合には「1株当たり純資産額×請求株数」の額の供託をしなくてはなりません。場合によっては、指定買取人が買い取る場合も、会社が資金も立替えて準備しなければならないこともあります。
この場合も、やはり譲渡を承認せざるをえません。
みなし譲渡承認への対応
会社側としては、本来ならば株式譲渡を積極的に承認したくないところですが、意図せざる状況(ケアレスミス)で譲渡が承認されたとみなされることがあります。これは、請求株主にとってもイタいことですが、会社側にとっても意図せざる承認は同じです。
とはいえ、法令上、株式譲渡が承認されたものとみなされても、当事者間で合意による別段の定めをしたときは、みなし譲渡承認とはなりません。会社としては、なんとかみなし譲渡だけは避けたいという請求株主側の思惑を逆に利用して、売買価格での交渉を有利に進めようと考えます。
売買価格の交渉
株式譲渡が不承認となり、会社または指定買取人が買い取ることになり、1株当たり純資産額×請求株式数を供託した場合、請求株主との売買価格の交渉となります。
協議が調わないと、供託した1株当たり純資産額×請求株式数が売買価格となります。
請求株主にとってこれでは安いと判断すれば、あるいは、会社または指定買取人にとってこれでは高いと判断されれば、交渉を一切することなく裁判所に売買価格決定の申立てを行います。
(おわり)