個人が税理士に頼まずに起業する(した)場合の留意事項(2)給料や報酬を支払う場合

前回では、「赤字だから確定申告しなくていいや」というのがいかにもったいないかという点をコメントしました。

しかし、開業して何もしない場合に、よりリスクがあるのは、人を雇い給料を支払う場合です。

人を雇う場合

もし以前にサラリーマンであった場合、受け取った給料明細を見ると、いろいろなものが差し引かれていたと思います。

起業した場合、立場が逆になります。

つまり、人を雇った場合には、いろいろなものを差し引いて給料を支払うことになります。

給料を支払う場合には、所得税等を差し引かなければなりません。これを源泉徴収といいいます。

つまり、給料を支払う事業者は、源泉徴収をする義務があります(源泉徴収義務者)。

そして、源泉徴収して預かった所得税等の額は、支払った翌月の10日までに納税しなければなりません。

支払う給料や報酬などから、一定の所得税等を徴収して、納税する・・・これが源泉徴収義務者の仕事です。

失念するとイタい源泉徴収事務

前回申し上げたとおり、本来ならば、事業開始届出書は、事業を開始した日から1か月以内に提出しなければならないことになっています。遅くともこの事業を開始した年分の確定申告書の提出のときに一緒に提出することになります。

事業開始届出書の出し忘れではペナルティ(罰金等の負担)はありません。

開業したのに何の手続きもしない場合の最大のリスク、それは源泉徴収モレのリスクです。

開業して、給料の支払いをしたにもかかわらず、給料の源泉徴収も行わずにいると、源泉徴収モレ、すなわち、給料等を支払った翌月の10日(納期限)までに適切な額を納めなかったということで、本来納期限に納めるべき税額に加えて不納付加算税などのペナルティも余計に負担することになります。

どうバレるのか

開業した年の翌年に所得税の確定申告を行います。青色申告決算書または収支内訳書の必要経費の給料の欄に、前年中に支払った給料金額を記載することになります。

すると、この給料に係る源泉所得税の納付があるかどうかを当局は確認します。

それがない場合、源泉徴収もれではないかと疑われ、調査が行われるのです。

源泉徴収せずに全額を支払ってしまった場合や源泉徴収の額が不足していた場合

給料等の支払いを行う際、一定の所得税等の額を差し引き、差し引いた所得税等の額を翌月10日までに納税するのが通常のルールです。しかし、源泉徴収をし忘れて全額を支払ってしまったような場合には、本来差し引くべきだった所得税等の額を納税し、その額を次回の給与等の支払いの際の源泉徴収で調整するのが実務的です。

さまざまな誤解

「源泉徴収しなくても本人が所得税の確定申告すればいいんじゃないの?」

そうではありません。支払ったときに適切に源泉徴収を行い、源泉徴収した額を翌月10日までに納付する・・・それがルールなのです。

「ある月は15万円のときもあるけど、ゼロに近い月もあって、結局年間103万円以下に抑えるパートさんだから所得税はゼロになるから源泉徴収しなくていいんじゃないか?」

それも間違いです。支払ったときに適切に源泉徴収を行い、源泉徴収した額を翌月10日までに納付する・・・それがルールなのです。 月給88,000円を超える給料を支払う場合(扶養家族なし)には所得税を差し引かなければなりません。最終的に年末調整の結果として所得税等の年税額がゼロになったら、すでに源泉徴収されていた税額は本人に還付することになります。

行うべき事務

「給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書」の提出

給与の支払いを行った事業者、給与の支払いをこれから行おうとする事業者は、「給与等の支払事務を取り扱う事務所等」を開設した(する)ことになります。その際に届け出る手続です。

給与支払事務所等の開設の事実があった日から1か月以内に提出します。

基本的には、「個人事業の開業・廃業等届出書」と同じタイミングで提出するのが一般的です。もっとも、開業当初は人を雇わないつもりだったものの、その後で従業員等を雇うことになった場合などは、給料を支払う直前までに届出書を提出してよいでしょう。

「源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書」の提出の可否の検討と提出

先ほど申し上げたとおり、源泉所得税は、原則として徴収した日の翌月10日が納期限となっています。

毎月給料を支払ったら、毎月10日までに納付することになります。

しかし、給与の支給人員が常時10人未満である場合には、半年に1回、つまり、年2回にすることが可能です。

1月から6月までに支払った給料等から源泉徴収をした所得税等は7月10日まで、7月から12月までに支払った給料等から源泉徴収をした所得税等は翌年1月20日までに納付すればよいのです。

このために提出するのが「源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書」です。

開業の段階で従業員等が常時10人未満であることが明らかな場合には、「給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書」と同じタイミングで「源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書」を提出するとよいでしょう。

一般的には、事業を開始したときに、「個人事業の開業・廃業等届出書」「給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書」「源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書」がセットで提出します。

「青色事業専従者給与に関する届出・変更届」の提出の可否の検討と提出

個人事業主の場合、家族も一緒に事業を手伝うことが少なくありません。この場合、家族を青色事業専従者として家族に給料を支払い、この給料を必要経費にすることができます。

これを「青色事業専従者給与」といいます。家族に給料を支払い、これが必要経費になるわけですから非常においしい制度です。

ただし、これが認められるためには、まず事業を手伝う親族が青色事業専従者の要件を満たさなければなりません。 青色事業専従者となる親族は、青色申告者と生計を一にする配偶者その他であること、その年12月31日現在で年齢が15歳以上であることなどです。 青色事業専従者の要件を満たした場合には「青色事業専従者給与に関する届出・変更届」を提出します。

そして、届出書の提出時期が問題となります。届出の提出期限は、青色事業専従者給与額を必要経費に算入しようとする年の3月15日までです。ただし、その年の1月16日以後に開業した場合は、開業の日から2か月以内となります。

これは、「所得税の青色申告の承認申請申請書」とまったく同じです。重要なのは、「青色事業専従者給与」なわけですから、その前提といて青色申告が承認されていなければならないのです。

青色申告の承認申請書の提出をし忘れて、青色事業専従者給与の届出書を提出するのは滑稽なことです。

よって、「所得税の青色申告の承認申請申請書」「青色事業専従者給与に関する届出・変更届」はセットで提出することが一般的です。

つまり、開業してから2か月が経過してしまうとその年分の確定申告を青色申告ですることはできません。青色申告ができないということは青色事業専従者給与も認められないということになり、非常にもったいないことになります。

納付書の入手

書類の提出と同時に、源泉所得税の納付書を入手しましょう。納付書が入手できないと納付もできません。

さて、この「源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書」を提出し、「ノートク(納特)」となった場合、源泉所得税の納付書もタイプが異なります。税務署では、「ノートクの源泉の納付書ください」などと依頼しましょう。

ちなみに、納付書には税務署番号があらかじめプリントされていますが、頼めば他の税務署の納付書も作ってくれます。

なお、「個人事業の開業・廃業等届出書」「給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書」を提出すると、しばらくすると、税務署からハガキが来ます。整理番号の通知です。

納付書には整理番号を書くのですが、最初の納付のときはまだ整理番号がわからないため、空欄のままにしておきます。

その他の知識

雑談的な知識をいくつか・・・

「給与所得者の扶養控除等の(異動)申告書」

給料の支払を受ける人から、「給与所得者の扶養控除等の(異動)申告書」を入手しましょう。これは、年末調整のときにおなじみのものですが、これは扶養控除を受けるためのものというより、給料から差し引く源泉所得税の額を決めるうえで非常に重要です。

「給与所得者の扶養控除等の(異動)申告書」は、税務署に提出するものではなく、事業所で保管するものですが、この申告書の提出を受けている従業員等の給与から差し引く所得税等の額は、「源泉徴収税額表」の甲欄を適用します。

そして、「給与所得者の扶養控除等の(異動)申告書」の提出を受けていない従業員等の給与から差し引く所得税等の額は、「源泉徴収税額表」の乙欄を適用します。乙欄のほうが源泉徴収する税額が大きいです。

税務調査で、「給与所得者の扶養控除等の(異動)申告書」の提出がない従業員等に甲欄で源泉徴収していると、たちまち源泉徴収モレを指摘され、税額とペナルティを科せられます。反論や理論闘争の余地のないものなので注意しましょう。

ところで、「給与所得者の扶養控除等の(異動)申告書」は1か所しか提出できません。つまり、給与の支払を受ける人の立場からすると、複数の事業所で掛け持ちで給料をもらっている場合、どれか1か所を「主たる給与の支払者」にしてそこに「給与所得者の扶養控除等の(異動)申告書」を提出します。ほかは従たる給与の支払者ということになります。どれを主にしてどれを従にするかは自由に決めることができ、支給額の多寡ではありません。

いっぽう、給与の支払いをする事業者からすると、「給与所得者の扶養控除等の(異動)申告書」を受けていないということは、その人は他から給料をもらっているということになります。

個人事業主に対する報酬・料金の支払いの場合の源泉徴収

個人事業主に対する支払いのうち、一定の性質の報酬・料金に該当する場合には、所得税等を源泉徴収しなければなりません。

先方の請求書が源泉徴収税額を考慮したものであればよいのですが、そうなっていない請求書の場合もあります。先方が源泉徴収についてまったく知識がない場合もありますし、いろいろ調べた結果源泉徴収を要しない報酬・料金であると判断したための場合もあります。

「先方の請求書どおりに(源泉徴収せず)支払った」といっても、税務調査で源泉徴収モレを指摘されるリスクがありますので、先方とコミュニケーションをとるなりして調整しましょう。

ノートクの場合の注意点

「源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書」を提出すると、「ノートク」となり半年に1回の納付で済みますが、毎月納付しても3か月ごとに納付してもかまいません。半年分もあると預かっている所得税の額も多額になることがあり、納付日にうっかり納付を忘れるとそのペナルティの額も大きくなることから、そのリスクを回避している事業所もあります。

「ノートク」の対象となるのは、給料や賞与、退職金、弁護士や税理士や司法書士に支払う報酬です。原稿料などは「ノートク」の対象ではありません。原則どおり、支払った月の翌月10日までに納付しなければなりません。納付書も異なります。

年末調整と法定調書提出

給料を支払う立場になるため、年末には従業員等に年末調整をすることが原則です。

もろもろの事情でそれができない場合でも、必ず源泉徴収票を作成して、従業員本人に渡しましょう。源泉徴収票がないと、従業員等は確定申告すらできません。

そして、1月末までに、従業員等の住所のある市区町村に、給与支払報告書(内容は源泉徴収票とほぼ同じ)を提出すると同時に、税務署に「法定調書合計表」を提出しなければなりません(一定の源泉徴収票や支払調書も添付します)。

(つづく)