個人が税理士に頼まずに起業する(した)場合の留意事項(4)現金勘定使いますか?事業主借勘定の使い方

現金商売でないのに、ムリして現金勘定を使う必要はありません。

個人事業主ならではの勘定科目である事業主借勘定を使いましょう。

会社立ち上げでの起業と個人事業主での起業の違い

会社で起業の場合

自分の会社を創って起業する場合、たとえその会社の株主(出資者)が自分だけで社長は自分という「所有と経営が一致」していても、会社(法人)と自分(自然人・個人)は別です。会社で売り上げて受け取ったおカネは会社のものであって自分のものではありません。

会社からおカネを受け取るには、会社から給料をもらったり、会社の利益から配当を受け取ることになるか、あるいは会社からおカネを借りるということになります。

個人事業主で起業の場合

一方、個人事業主として起業する場合は、同一人物のなかに事業者としての自分とそれ以外の自分が共存しています。

そこで、個人事業(ビジネス)のおサイフとプライベートのおサイフは別にしないといけないよねというアドバイスがされるわけです。たとえば、通帳のうちのどれかをビジネス専用とするなどです。

実は、税務調査でもっともチェックされるのが、「収入を除外して所得を低くして所得税を少なく申告していないか」とか「事業と関係ない支出を必要経費にして所得を低くして所得税を少なく申告していないか」です。

これは会社の税務調査でも同じなのですが、会社(法人)と個人は完全に別人格ですが、個人事業主の場合には同一の人格なので特に狙われます。

今のところ税務調査は私たちと同じ人間が行っています。ビジネスとプライベートがごちゃ混ぜになっていると、そういう偏見・・・とまではいかなくとも一定の疑念なり先入観を持つのは自然ですしそれがお仕事なのですからやむを得ないところです。 調査官とバチバチ争うよりも、そういった先入観を持たれないようにするほうが賢いと思われます。

現金勘定を使う意味ありますか?

ところで、近年のキャッシュレス時代にあって、会計ソフトの仕訳モデルでは「現金で消耗品を購入した」というようなものがあります。

(借) 消耗品費 XXXX (貸) 現金 XXXX

飲食店など、ビジネスモデル(とりわけ売上)が現金によって行われる場合には、勘定科目(以下「a/c」とします。)として現金a/cは必要です。

また、いわゆる小口現金として、ビジネス用だけに利用する少額の現金を用意していて、その出納(支払いや補給)をキチンと管理している場合は現金a/cは必要です。

ところが、下記の場合には現金a/cは要るでしょうか。

  • 現金売上はない
  • 小口現金みたいなこともやっていない
  • 現金を使うのは、ビジネスで利用するモノなどを買うときくらい
  • 要はビジネス用とプライベート用がごちゃ混ぜ

こんな状況なのに、現金a/cを使う意味がありません。

現金a/cを使わない方法

個人事業主でなく法人の場合でも現金a/cを使わずに済ませる方法もあります。

たとえば、現金売上による入金はすみやかに預金口座に同額の入金処理をしたり、いったんビジネス用や会社の費用をプライベートのポケットマネーから支払っても、すみやかに預金口座から同額の出金処理をするのです。

この方法は比較的ポピュラーであり、とくに現金売上の場合には後日改ざん不能な預金口座に跡を残せるという点でも推奨されます。

この方法であれば、現金a/cは使わなくても、預金a/cを使うことになります。

しかし、現金売上の場合はともかく、支払いも頻繁に銀行に行って現金を引き出す時間や手間は果たして有益なのか、そのエネルギーはほかに使えないのかと思われます。

クレジットカード決済で矛盾露呈

現金a/cを使って矛盾が生じる顕著な例がクレジットカード決済です。

言わずもがなの知識ですが、クレジットカード決済は、カードの締め日までの一定期間の購入額を翌月等に口座振替で行われます。

つまり、カード利用した時点ではおカネを支払ったわけではありません。後日に支払います。後日に支払いが猶予されていることがまさにクレジット(信用)なのです。

ところが、購入や飲食など具体的にカードを利用した日付で会計処理を行うときに現金a/cで処理すると、実際には支払ってもいないのに支払っているようなことになります。

個人事業主ならではの便利な勘定科目

そんな場合、個人事業主にとって都合のいい勘定科目があります。

事業主借a/cと事業主貸a/cです。

事業主借a/c

「事業主借」というのは、同じひとりの人間だけれども、事業主である自分がプライベートの自分からおカネを「借」りているというニュアンスです。

ただし、借入金ではありません。なぜなら借主と貸主が同じひとりの人間だからです。

具体的には、プライベートで使うためのポケットマネーを事業に使ったというイメージです。

ビジネスに必要な支払いについて、その都度ビジネス用の預金口座から引き出しではなく、いつものプライベートのお財布から事業に必要なモノを購入したり支払ったりすることはあります。クレジットカード決済となるとなおさらです。

事業主貸a/c

事業主借a/cに対して事業主貸a/cというのもあります。

「事業主貸」というのは、同じひとりの人間だけれども、事業主である自分がプライベートの自分におカネを「貸」しているというニュアンスです。

ただし、貸付金ではありません。なぜなら貸主と借主が同じひとりの人間だからです。

具体的には、事業用のおカネをプライベートに使ったというイメージです。

個人事業一本で生活している場合には、事業で得たおカネを当然生活費に当てているたけですから、事業主貸は当然あります。

事業主借a/cの仕訳例

もともとビジネス用の現金を厳格に分離していないのに、わざわざ現金a/cを使う必要はありません。キャッシュで払ったか、キャッシュレスで払ったかにかかわらず事業主借のみでいきます。

テキトーでいい場合

テキトー・・・というか、ざっくりでいいやという場合には、何でもかんでも事業主借a/cを使います。

消耗品を現金で買った。

(借) 消耗品費 XXXX (貸) 事業主借 XXXX

消耗品をクレジットカードで買った。

(借) 消耗品費 XXXX (貸) 事業主借 XXXX

ちょっとマトモにやりたい場合

ただ、クレジットカード決済であることを前面に出したい場合には、次のような処理もあります。

すなわち、カード利用のタイミングと、カード決済(口座振替による出金)のタイミングを分けるのです。

消耗品をクレジットカードで買った(カード利用時)。

(借) 消耗品費 XXXX (貸) 未払金(〇〇カード) XXXX

続いて実際の出金時(利用料金の口座振替)です。より厳密には、振り返られる口座がビジネス用の口座かプライベート用の口座かによって異なります。

カード利用代金が(ビジネス用の預金口座から)引き落とされた。

(借) 未払金(〇〇カード) XXXX (貸) 預金 XXXX

カード利用代金が(プライベートの預金口座から)引き落とされた。

(借) 未払金(〇〇カード) XXXX (貸) 事業主借 XXXX

(参考1)事業主貸の仕訳例

事業主貸a/cが使われる典型例は、ビジネス用の預金口座からプライベート用におカネを引き出すときです。

(借) 事業主貸 XXXX (貸) 預金 XXXX

また、支払いのうち一部のみをビジネスの必要経費とする場合です。

いろいろな仕訳例がありますが、基本的にはまずプライベート分も含めた総額で仕訳し、そこからプライベート分を事業主貸でマイナスする方法をオススメします。

たとえば、家賃が100とした場合、そのうちビジネス部分が20だとします。

まず総額100を計上します。相手科目は事業主借とします。

(借) 地代家賃 100 (貸) 事業主借 100

このままではプライベート分も含めて必要経費(地代家賃)が100となってしまうので、次の仕訳を入れます。

(借) 事業主貸 80 (貸) 地代家賃 80

これで、必要経費は20(=100-80)となります。

これに対して、「最初から地代家賃20、事業主貸80で処理すればいいじゃないか」という意見もあるでしょう。

ただ、帳簿で重要なのは「検証可能性」すなわち「作成者ではなく第三者が帳簿をチェックしてもわかりやすいかどうか」です。このケースでは地代家賃の全体額が100が、そこから必要経費とはならない80をマイナスしたということが帳簿(地代家賃a/cの総勘定元帳)ですぐにわかります。

また、提出する青色申告決算書のひな型でも、修繕費や減価償却費や支払報酬などについて支出した費用の全体を記載し、そこから「うち必要経費とした額」を記載する形式になっています。

引当金の処理や修正仕訳の方法でもそうですが、差額補充方式よりも総額で行う洗替方式をオススメします。

(参考2)事業主貸a/cと事業主a/cの顛末

ところで、事業主貸a/cの残高と事業主借a/cの残高はどうなっていくのでしょうか。

事業主貸の残高や事業主借の残高は、損益計算書(1月1日から12月31日までの期間の所得を算定)ではなく、貸借対照表(12月31日時点の財産状況)に表されます。

「貸借対照」だけに、「貸」すなわち資産の合計額(表記的には左サイド)と「借」すなわち負債と純資産の合計額(表記的には右サイド)が対照すなわち同額で一致するのです。

「事業主貸」は資産の額に含まれ、いっぽう「事業主借」は純資産の額に含まれます。

これが12月31日の翌日すなわち新年1月1日(翌年の期首)となると、「事業主貸」から「事業主借」を差し引いた額が「元入金」となります。

たとえば、12月31日の事業主貸の残高が50、事業主借の残高が20だとします。さらに、元入金が100だとします。この場合、翌日1月1日となると、事業主貸の残高50と事業主借の残高20は相殺され元入金130(=100+(50-20))となります。

(つづく)