( 9 )管理監督者や裁量労働制での問題点
従業員(合計)の一定の期間に発生したおける労務費(合計)を、各業務等に要した時間(合計)の比率で割り振ります。
とりわけソフトウェア開発業では、会計上の目的から業務内容を細かく分け、それが会計上の損益に著しく影響を及ぼすことから、労働時間の正確性の担保が重要になります。
また、ソフトウェア開発業では、労働法上の管理監督者や裁量労働制が適用される従業員では、労働時間と労務費との関連性が薄くなるため、月によって「賃率(時給)」が変動するという問題が出てきます。
ソフトウェア開発業の労務費原価計算のジレンマ
一般的な労務費原価計算は、従業員(合計)の一定の期間に発生したおける労務費(合計)を、各業務等に要した時間(合計)の比率で割り振ります。
つまり、月間労務費を月間労働時間で除し(つまり賃率)、各業務等の労働時間を乗じることになります。
ここで、とりわけソフトウェア開発業では悩ましい問題がふたつ存在します。
まず、会計上の目的から業務内容を細かく分けなければならないこと、それが会計上の損益に著しく影響を及ぼすことです。 つまり、業務内容とその労働時間の測定をいかに正確に行うかという問題です。
そして、労働基準法上の管理監督者や裁量労働制の適用を受けている従業員については、労働時間が大きく変動しても発生する労務費はさほど変化しないことです。つまり、「時給変動問題」です。
労働時間の適切な把握
原価計算の目的は、最終的には経営管理ですが、いっぽうで、財務会計や税務申告のための基礎情報を作る目的もあります。そこで、計算にあたっては会計基準や税法を念頭に置く必要があります。
あらかじめ、どんな区分が求められており、どうすれば把握・集計できるのかを、具体的作業に即して検討しなければなりません。
たとえば、市場販売目的のソフトウェアを制作する場合、会計基準では次の作業ごとにコストを把握・集計する必要があります。
- 既存ソフトの機能の著しい改良に要した作業
- 既存ソフトの機能の維持に要した作業
- 既存ソフトの機能の著しくない改良に要した作業
- 購入したソフトの導入やカスタマイズの作業
- 既存ソフトのマイナーバージョンアップの作業
- 既存ソフトのメジャーバージョンアップの作業
これらの作業は、さらに各プロジェクトなり各製品ごとに分かれることになるため、区分はより細分化することになります。
これらの区分で集計された原価(金額)が、会計上、費用になったりならなかったりするわけです。
細分化されていればされているほど、「この業務(製品)に係る労務費は、製品の販売を開始したので減価償却を開始する」「この業務(プロジェクト)に係る労務費は、まだプロトタイプすらできていないため減価償却すらできない」「この(プロジェクト)に係る労務費は、開発計画を中止する決定がなされたので、すべて損失として処理する」ということを極めて説得的に処理できることになります。
とはいえ、作業内容の区分にはキリがありません。細かくしようと思えばとことん細かくできます。たんに原価計算だけでなく、いわゆる勤怠管理や人事考課の目的にも利用しようとすれば果てしなくなります。
しかし、あまりにも細かい情報を収集したところで、その細かい情報をうまく評価・活用できなければ意味がありません。しかも、経営管理のために従業員等に情報を求めすぎると、モラル(士気)の低下を招くことになり、本来の業務に支障をきたす本末転倒なことになってしまいます。コストとベネフィットのバランスを取ることが重要といえます。
「賃率変動問題」
ズバリ、人件費(労務費)の原価計算で最大のジレンマが、管理監督者や裁量労働制の従業員等の人件費に係る原価計算です。
従業員単位で労務費原価計算を行おうとすると、その問題点が明確に露呈します。
一般的な労務費原価計算の場合、一定の期間における従業員の総労働時間における労務費(給料等)を、各作業等に要した時間の比率で割り振ります。
しかし、労働時間そのものが大きく増加(減少)しても、管理監督者や裁量労働制の適用を受ける従業員の場合は、労務費(給料等)はそれほど変わらないことになります。
この場合、労務費(分子)はあまり増えずに総労働時間(分母)が大きく増える(減る)ことから、計算上「労働時間が多かった月は時給が安い」「労働時間が少なかった月は時給が高い」ことになり、個々の業務等に配分される労務費が小さく(大きく)なります。
本来ならば時給が一定の従業員が行っている作業も、その月の総労働時間によって時給(賃率)が変動してしまうのです。
この「賃率変動問題」とこれへの対応がもっとも悩ましい問題といえます。
労働法上のコンプライアンス
ところで、現実問題として、作業内容について各従業員の申告に委ねようとする場合、経営サイドにとって躊躇することがままあります。
それは、労働基準法上のコンプライアンスの問題です。
もろもろの事情により、本来ならば支払義務が生じる時間外手当、深夜残業手当、休日手当などが支給されていない場合に、これらの時間管理を申告させるということは、あるべき論はともかく悩ましい問題です。
裁量労働制
ところで、ソフトウェア開発にかかわる従業員には、専門業務型裁量労働制(労働基準法38条の3)が適用されると考えられます。
しかし、専門業務型裁量労働制に係る労使協定を結んでいても、協定内容に違反していたり、深夜残業手当や休日手当が支給されていない場合もありえます。
裁量労働制が適用される従業員に対しては、労使協定で、対象業務を遂行する手段、時間配分の決定等に関して具体的な指示をしない旨を締結することが必要です。
このため、「裁量労働制なのに、なんで時間管理をされないといけないのか」という従業員からの疑問や誤解も生じやすいところです。
しかし、労使協定で、使用者(企業)が行う労働者(従業員)の労働時間の状況に応じた健康・福祉を確保するための措置と、従業員からの苦情を処理するための措置を講じることとなっており、それを担保する意味もあり、対象従業員の労働時間の状況を記録することを取り決めています。
そのため、業務を遂行する手段や時間配分については事前に従業員に指示することはできませんが、従業員から事後的に業務の内容を申告してもらうよう依頼することになります。
管理監督者
さらに、もっと重要なのは、いわゆる「名ばかりの管理職」、すなわち、職制上または名刺上は管理職とはなっていても、労働基準法上の管理監督者(労働基準法41条)に当てはまらない場合です。
管理監督者の場合、労働基準法で定められた労働時間、休憩、休日の制限は受けません(ただし、深夜労働に対する割増賃金は発生します)。
このため、管理監督者に該当しないのに管理職ということで、残業代などを発生させない例があります。
また、管理監督者だからといってまったく労働時間管理をする必要がないわけではなく、「健康確保の観点」から、使用者に適正な労働時間管理が求められています。
さて、原価計算との関連でいえば、従業員等に実際に支給された給料が、どの業務またはどの作業に割り当てるべきかが問題です。勤怠そのものよりも、何を何時間やったかが重要です。
ただ、裁量労働制や管理監督者に該当する者の場合、給料等の発生額と実際の作業時間との牽連性が相対的に弱まることになります。だからこそ、個々の従業員単位での原価の把握が必要になるといえます。
「サービス残業」「サービス出勤」の問題
さらに、コンプライアンス上避けられないのは、本来ならば時間外手当や休日手当等が発生するはずなのに、実際の支給がない「サービス残業」「サービス出勤」の問題です。
これらは、ルールに反しているという点と、実際に支給がされないという点で、上記の「賃率変動問題」とは別の悩ましい問題です。
( つづく )