( 4 )ワークシート作成とその注意点

精度の高い労務費原価計算を行うためには、従業員単位で原価を算定し、これを集計することになります。

原価計算はExcelのワークシートによって行いますが、ここでは、ワークシートの体系やワークシート作成の際の注意点などについてコメントいたします。

高精度の労務費原価計算とは

高精度の労務費原価計算とは、従業員単位での労務費を計算し、従業員単位での作業内容や作業時間によって従業員単位での原価計算を行い、これを集計することで全社的な労務費原価計算とするものです。

労務費の合計額をアバウトな基準で配分するのではなく、より厳密に計算することによって、原価計算結果の精度を高め、これをベースにすることで説得力の高い会計処理を行うことができます。

基本的なワークシートの体系

精度の高い労務費原価計算を行うには、従業員単位で原価計算を行って、これを全社的に集計することが有用です。

より精度の高い労務費原価計算のためのワークシートは基本的に次の3種類となります。

  • 従業員等別の月間労務費データ
  • 従業員等別の月間業務(作業)時間データ
  • 従業員等別の原価計算データ

従業員等別の月間労務費データと従業員等別の月間業務(作業)時間データのふたつが基本となり、このふたつから業務ごとの労務費を算出する原価計算データを作ることになります。

もっとも、3つのワークシートで完結することはありえません。

原価計算期間(月初日から月末日まで)における集計対象となる業務(作業)の時間を、従業員単位で正確に収集するためのワークシートが必要です。

その前提として、従業員単位での正確なタイムシートが必須です。求められている業務(作業)区分が適切か、作業時間は正確か、ひとつひとつ検証しなければなりません。

また、原価計算期間(月初日から月末日まで)の労務費を、種類別(給料、賞与、法定福利費など)に従業員単位で算定するためのワークシートが必要です。

このワークシートの数は、月次決算の精度をどの程度にするか(月次決算に原価計算結果を忠実に反映させるか)、月次決算のスケジュールはどうか(概算額の計上と戻入れを行うか)によって異なります。

ワークシートの作成で注意すべきこと(総論)

原価計算のプロセスは、データにして検証可能にしておくわけですが、とりわけ次のポイントを高いレベルでバランスさせることが大切です。

  • 事後的な状況変化に対する修正が容易なこと(フレキシブル)
  • 集計ミスや計算ミスが発見しやすいこと(シンプル)
  • 第三者(会計監査や税務調査)に耐えられる精度、わかりやすさ

変更や修正が容易なこと

事業それ自体や経営方針の変更、従業員数の増減などによって、ワークシートは大きく変わることになります。フォーマットそのものを変えたほうが作業効率がよくなることは少なくありません。

また、やましい動機とは関係なく、いろいろな事情で作業内容に事後的に変更が加わる(追加や分割や併合)こともあります。 「やっぱりこの作業はふたつに区分して把握すべきだった」など後になってから思うこともあります。

このため、ワークシートはガチガチに組むのではなくフレキシブルに調整しやすくすることが大切です。

あまり最初からカタくやろうとすると、始める前から不毛な議論の堂々巡り(これこそ反対派の思うつぼ)で前に進まず、いざ始めると「これだけ予算をかけて作ったから今更変更できないからこのフォーマットでやるしかない」となってしまいます。

集計ミスや計算ミスが発見しやすいこと(シンプル)

ワークシートは担当者しかわからない複雑な計算の入ったブラックボックスにしてはなりません。検証可能性のあるシンプルなシートにすべきです。他人が検証しやすいワークシートを作ることを意識することで、シンプルでミスの少ないものになると思われます。

第三者(会計監査や税務調査)に耐えられる精度、わかりやすさ

データをシンプルにすれば、おのずと第三者も検証しやすくなります。

とはいえ、社内ではなく外部の第三者が検証する場合には、会計基準や税法への準拠性に対する説明ができなければなりません。つまり、数値に対する理論的な根拠です。

とくに、労務費の場合、作業内容の解釈については、会計的(税務的に)な判断しにくいところがあります。恣意性はまったくなくても、年度初め(期首)あたりの判断と決算前(期末)あたりの判断が異なりえます。

と申しますのも、そもそも作業の内容が専門的なものであることに加え、誰がどんな作業をしたかということは、完全に内部的なもので、外部からはうかがうことが相当難しいものです。つまり、うがった目でみればいかようにでもできるのです。 たとえば、「利益出すぎそうだから研究開発費ってことにしちゃおうか」「赤字になりそうだから新製品の制作ってことにしちゃおうかということです。

よって、データの作成にあたっては、批判的にチェックする側(監査や税務調査)を念頭に、いかにデータの信頼性を高めるかが重要です。

ただし、たとえば社内メールや開発計画や業務指示書などの非財務データとの間に矛盾があると、チェックする側は一気に色めき立ち、データに対する信頼性すべてに疑問を感じることになります。チェックする側も感情を持った人間ですから。このあたりの整合性をキチンと取っておくことが大切です。

逆に、「このメールの日付と一致してますよね」「このプレスリリースと一致してますよね」ということを積極的にアピールすることで、よい心証を持ってもらえる確率も高まるでしょう。

いっぽうで、「見解の相違」に対応できる粘り腰のあるデータ取りも求められると考えられます。

「見解の相違」が生じるポイントはあらかじめ予測することができます。未然に誤解を生じないような対応は必要ですが、立場の違いから生じる「見解の相違」が避けられないことがあります。それは、基準や法令の解釈そのものというよりも、事実の当てはめにあると思われます。

たとえば、研究開発費とは認められない作業内容として見解の相違があると想定される場合を想定して、ソフトウェア仮勘定にいつでも組み込んで再計算できる準備をしておくことが望ましいと考えられます。作業内容の集計をまた最初からやり直すということのロスは避けなければなりません。

ワークシートの作成で注意すべきこと(各論)

一人別原価計算を行う場合には、ともすれば膨大な大きさのワークシートが大量に必要になります。

ワークシート作成の各論的なポイントをまとめました。

数字の手入力はしない

労務費の基礎データのソースは賃金台帳等であり、作業内容・作業時間の基礎データのソースはタイムシート等となります。そこから情報を取り出して基礎データを作ることになります。

このとき「手入力」は基本的にNGです。

具体的には、賃金台帳のデータはCSVやテキストファイルで切り出し、それをExcelに読み込んだり変換します。 手入力はミスが起こりやすく、数値が合わない場合のチェック作業にムダな時間を費やすことになります。

金額は1円未満の端数処理をていねいに

Excelシートのセルで見えるキレイな数字も、実は小数点以下の数値が無限にひろがっていることが少なくありません。

原価計算では按分計算を行うため、必然的に小数点以下の数値が出てきます。しかし、按分計算の前にすでに小数点以下の数値があるようでは、最終的に合計額が1円以上合わないことは計算前の段階で明らかです。

基礎データの段階での金額は小数点以下の額はなくしましょう。具体的にはROUNDDOWN関数で対処します。

その時点で最新・完全・正確に

基礎データは、その時点で完全に正確な情報にしておくことです。

基礎データは時間の経過によって、過去の誤りが判明したり、または、暫定で処理していたものが確定になるものです(賞与など)。 その場合には、その都度基礎データを正確な情報に修正します。

データの修正は過去の月に遡って行います。

また、原価計算の過程で基礎データの誤りに気付くこともよくあります。このとき注意しなければならないのは、「必ず基礎データを修正して、そのうえで改めて(修正後の)基礎データを取り出して再計算する」というプロセスを経ることです。

実務上ありがちなこととして、基礎データを修正してからまた取り出すと時間がかかるため、時間の関係上、とりあえず末端の計算シートで数値を変更して作業を続けることがあります。しかし、その場合であっても、あとで速やかに基礎データを修正しなければなりません。

修正前のデータを残す

基礎データは、常にその時点で完全・正確にしておく必要があるため、適宜追加や過去の修正がなされます。

ただ、データをした場合には、過去情報を更新する「上書き保存」ではなく、「名前を付けて保存」にして、修正前のデータを(一定期間)残しましょう。

とりわけ、内部統制上のルールで、月次決算が終了した後は仕訳の変更ができないこともあります。この場合には、仕訳を作った時点でのデータを「名前を付けて保存」で必ず残しておき、修正仕訳のときは、その仕訳の基礎となる変更データをキチンと作りこんでおく必要があります。

この仕訳の根拠としたデータを必ずその段階その段階で残すという手間を惜しんでしまうと、あとあと不毛でムダな時間を浪費することになります。

( つづく )