( 1 )高精度な労務費原価計算をするメリット

原価計算というと、「財務会計用や税務調査用にしかたなくそれなりに計算した」「前の会計監査や税務調査でも問題なかったから」という後ろ向き、消極的な場合が大半ではないでしょうか。とくに、労務費つまり人件費についてはどうしても大雑把になりがちです。

そこで、従業員ごとの労務費を算定し、それぞれの作業ごとに配分し、これを集計する労務費原価計算をすることで、会計上の処理金額について会計監査や税務調査で説得力が高まります。

また、会計目的だけではなく、会計理論を排除したところでの経営管理目的(業績評価や人事考課)にも応用することが可能です。

そもそも労務費原価計算とは

小難しい議論は抜きにして、けっきょく労務費原価計算は、労務費(給料や賞与など)を、実際に行った業務ごとに区分けする営みです。

給料等はほぼ一定でも、1ヶ月間ひたすら同じ業務だけを行っているわけではありません。いろいろな業務を掛け持ちで行っていることが多いものです。給料等の金額を、集計対象となる業務ごとに区分しようというのが労務費原価計算です。

労務費原価計算の重要性

労働集約的な非製造業では、その費用構造は、内製にせよ外注にせよ労務費の比率が(極めて)高くなります。その意味で、労務費は、会計を超えて、経営活動の根幹であり生命線ともいえます。

会計の点でいえば、とくに(目に見えない)ソフトウェア開発業では、理論構成によっては損益をどうにでもすることができます。

その反面、より説得的な計算結果が重要なのです。

高精度な労務費原価計算とは

高精度の労務費原価計算とは、労務費の各要素(給料、賞与、社会保険料など)を部門等の合計額ではなく従業員等一人一人で収集し、労務費の業務への区分も、従業員等一人一人で行うものです。

従業員単位の原価計算結果を集計して、全社的な金額を把握するのです。

では、高精度の労務費原価計算によって何が得られるのでしょうか。

理論的なメリット

理論的なメリットは、「原価計算を通じて損益の額がより適切になる」ことです。

ある月に、Xというプロジェクトに要した労務費を算定するとします。

労務費が120万円の従業員Aが勤務時間250時間のうちXというプロジェクトに50時間従事したとします。労務費が60万円の従業員Bが勤務時間250時間のうちXに200時間従事したとします。

ここで、プロジェクトの原価を算定するための労務費の配賦基準は、勤務時間とします。

まず、AとBを合計して計算するものとします。労務費は180万円(=120万円+60万円)、労働時間は500時間(=250時間+250時間)、Xプロジェクトに従事した時間は250時間(=50時間+200時間)です。よって、この月のXプロジェクトの原価は90万円(=180万円×(250時間/500時間))となります。

ここで、AとBで別々に計算します。まず、Aのこの月のXプロジェクトの原価は、24万円(=120万円×(50時間/250時間))となります。つぎに、BのXプロジェクトの原価は、48万円(=60万円×(200時間/250時間))となります。よって、この月のXプロジェクトの減価は72万円(=24万円+48万円)となります。

どちらがより原価をリアルに捉えているかという視点でみれば、AとBとの合計額ではなく、AとBでそれぞれ計算して合計したほうがより合理的な金額となります。

また、原価計算上で取り込むべき共通コストがある場合、各プロジェクトの金額を配賦基準にすることがあります。

上記の例では、AとBとの合計額をもって計算した場合のXプロジェクトの原価は90万円、AとBを別々に計算・集計した場合のXプロジェクトの減価は72万円なので、前者のほうがより大きい金額が配賦されることになります。その差は増幅されることになります。

さらに、法定福利費(労働保険料、健康保険料、厚生年金保険料など)については、そもそも各従業員の賃金や標準報酬から算定された保険料を集計したものです。

通常の原価計算では、部門の給料総額などの基準で配賦されてしまいがちですが、一人別労務費原価計算では、これがすべて従業員ごとにブレイクダウンしてから再集計されるため、結果はより精緻化することになります。

しかし、より重要と考えられるのは、裁量労働制が導入されている従業員、労働基準法上の管理監督者は、給料等の発生額と労働時間との対応関係は相対的に弱く、さらに近未来的に高度プロフェッショナル制度が導入されれば、ますますそれが顕著になりえます。それなのに、部門全体の労働時間などによって原価計算をしていたら、ますます実態との歪みが生じるといえます。

実務的なメリット

実務的には「思い切った処理を説得力をもってできる」メリットです。

とくに労働集約的な非製造業の場合、労務費の計算いかんによって損益はどうにでもなってしまうところがあります。

この場合、特に利害対立する外部の人間に対して、どうしてこの金額が算出されたのか淡々と説明できることが重要です。

会計監査の場合には「利益はもっと少ないはず」、税務調査の場合には「所得はもっと大きいはず」という職業的懐疑心をもって担当者は臨んできます。

つまることろ心証勝負になりがちですが、会計監査人や国税当局と戦うことそれ自体が目的でないならば、どちらがクレバーなのかは明らかです。

大胆な額を資産計上しても、損失処理しても、説得力があれば相手はイチャモンをつけたくてもつけられないのです。

経営管理への応用

「この商品やサービスでもうけは出たの?」「研究開発も含めて、この商品やサービスのどのくらい(時間、おカネ)がかかったの?」「いくら稼げば元が取れるの?」・・・これらは経営の重要な関心事です。

このうち、「この商品やサービスでもうけは出たの?」については、財務会計が一定の答えを出してくれます。 なぜなら、(財務)会計の主な目的が、一定の期間に、どれだけ売上があり、どれだけの費用が発生し、その差額としてどれだけの利益が出たかを算定することだからです。

ところが、「研究開発も含めて、この商品やサービスのどのくらい(時間、おカネ)がかかったの?」「いくら稼げば元が取れるの?」というシンプルな経営上の関心事に対する答えになると、会計データだけでは説明が難しくなります。

なぜ会計データだけでは難しいのでしょうか。

まず、期間です。一定期間の経営成績を算定するのが財務会計の目的であるため、逆に数期間にわたって捉えることはなかなか難しいものがあります。

また、各期間の損益計算を重んじるがゆえに、潜在的に発生している賞与の額や退職給付の額を見積計上することが求められます。つまり、7月に支払う賞与についてその支給対象期間が1月から6月の業務に対応するのであれば、1月から6月まで各月ごとに見積額を計上せよということです。 これは会計特有の発想であり、経営管理という点でも有効かどうかは目的に応じてあらためて別途検討する必要があります。

次に、会計特有のルールです。

財務会計の情報は、会計ルールを基礎にして作られています。市場販売目的のソフトウェアを開発・製造する場合のコストは次のようになります。

  • 研究開発から最初に製品化された製品マスターの完成までのコスト・・・費用処理(研究開発費)
  • 製品マスターの完成からソフトウェア完成直前までのコスト・・・資産処理(ソフトウェア仮勘定)
  • ソフトウェア完成後・・・本勘定振替と減価償却(ソフトウェア、減価償却費)
  • その後の機能維持のコスト・・・費用処理

「研究開発も含めて、この商品やサービスのどのくらい(時間、おカネ)がかかったの?」「いくら稼げば元が取れるの?」そんなシンプルな問題なのに、会計ルールを理解しなければならないというのも妙な話です。

このため、経営管理のための情報は、会計データから取り出すばかりではなく、会計期間(事業年度など)や会計理論に捉われないより単純でわかりやすい情報を作るべきです。

業績評価、人事考課などへの応用

従業員ごとの給料の額や勤務時間の把握は容易ですが、法定福利費(健康保険料、厚生年金保険料、雇用保険料などの法人負担分)などはなかなか一人ずつにブレイクダウンできないところです。

会計情報だけでは、給料や賞与の金額だけが問題となりますが、経営管理や人事管理上はそれだけでは足りません。

たとえば、給料が同じ社員でも、負担している通勤費が異なると、法定福利費(健康保険料や厚生年金保険料など)の負担額が異なる場合があります。

会計情報では「給料」「旅費交通費」「法定福利費」としてバラバラになってしまい、また、通勤費は所得税法上は基本的に非課税であることからそのままスルーされがちですが、会社としていくら負担しているのかという点で考えると抜け落ちてしまうのです。

高精度の労務費原価計算をしようとすれば、従業員等ごとの法定福利費も把握することができます。

コンプライアンスや働き方改革が求められている時代、サービス残業や長時間労働がNGとなると、従業員はむしろより高い生産性を問われることになります。

従業員ごとにどれだけのコストがかかっているのかを正確に算定することは、業績評価や人事考課でも一定の役割を果たすことが期待できます。

高精度な労務費原価計算では、さまざまな業務単位で労務費を金額ベースで把握できるため、複数の業務を同時並行で担当する従業員等について、そのパフォーマンスの適正化するための有用なデータを得ることができます。

たとえば、会計上は原価計算の対象とならない営業部門の従業員について、何の営業活動をしていたのかも把握することが可能なため、そのパフォーマンスを定量情報(金額)で把握することもできます。

高精度な労務費原価計算では、従業員の勤務時間を把握するため、労務管理のための基礎データとなりえます。また、金額ベースで捉えるため、裁量労働制や高度プロフェッショナル制度の対象となる従業員等について実際に支給した給与等支払額と、これらの制度のために支払わなかった(支払わなくて済んだ)額のデータを得ることができます。

まとめ(発想の転換)

財務会計の情報を経営管理にも転用することは一般的に行われています。

しかし、財務会計から得られる情報は会計的なルールが混入しているため、経理以外の現場の認識とズレが出がちです(売上高の計上基準など)。

原価計算についても、「財務会計用や税務調査用にしかたなくそれなりに計算した」「前の会計監査や税務調査でも問題なかったから」という消極的なものも少なくないと思われます。

見方を変えれば、財務会計の原価計算などしょせんその程度のクオリティであり、そこから情報を転用してあれこれ経営を論じたところで、まともな判断ができるのかといえなくもありません。

経営と会計は方向性は同じでも目的は異なります。ただ、扱う素材(日々の活動)は同じです。

経営活動はさまざまですが、このうち経理に反映される情報はその一部です。

とすれば、財務会計の情報を経営管理に転用するより、むしろ逆に、日常的な経営活動に必要なデータを収集し、その一部を財務会計用に利用するという発想の転換が必要と思われます。

( つづく )