( 3 )労務費原価計算の概要
高精度の労務費原価計算の前提として、一般的な労務費の原価計算の全体像と留意点について、ソフトウェア開発業を前提にコメントいたします。
労務費原価計算に必要なもの
小難しい議論は抜きにして、けっきょく労務費原価計算は、ともすれば毎月一定になってしまいそうな人件費を、実際に行った業務ごとに区分けする営みです。
給料等はほぼ一定でも、1ヶ月間同じ業務だけをひたすら行っているわけではありません。いろいろな業務を掛け持ちで行っていることが多いものです。集計対象となる業務を設定し、給料等を業務ごとに分けて再集計しようというのが原価計算です。
労務費原価計算にあたって重要なのは次の点です。
- 期間中の作業とその時間を正しく収集する
- 期間中の労務費を正しく収集する
- 原価計算の対象となる業務とその時間を特定する
- 会計処理や税務を意識してデータを作る
期間中の作業時間の収集
原価計算は、各月に発生した各従業員の給料等の金額を、作業時間を基準に各月における作業内容ごとに配賦する作業です。
そのためには、まず、各従業員が行った作業内容ごとの月間の作業時間合計を集計します。
従業員の作業時間の把握は、基本的には日報(タイムシート)をベースにして月単位で集計したものを利用することになると考えられます
個々の日報(タイムシート)の内容は、少なくとも会計上の目的では、どういう作業を何時間やっていたかで足りると考えられます。
「どういう作業」というのは、先ほど申し上げた特定された集計対象です。基本的には会計基準をベースに区分していきます。
そのためには、会計基準でどんな区分が求められているのかを検討し、各従業員に周知させる必要があります。
たとえば、市場販売目的のソフトウェアを制作する場合、会計基準では次の作業ごとにコストを把握・集計する必要があります。
- 既存ソフトの機能の著しい改良に要した作業
- 既存ソフトの機能の維持に要した作業
- 既存ソフトの機能の著しくない改良に要した作業
- 購入したソフトの導入やカスタマイズの作業
- 既存ソフトのマイナーバージョンアップの作業
- 既存ソフトのメジャーバージョンアップの作業
実際は、さらに製品やプロジェクトによって分かれるため、区分はより細分化することになります。
とはいえ、作業内容の区分にはキリがありません。細かくしようと思えばとことん細かくできます。たんに原価計算だけでなく、いわゆる勤怠管理や人事考課の目的にも利用しようとすれば果てしなくなります。
しかし、あまりにも細かい情報を収集したところで、その細かい情報をうまく評価・活用できなければ意味がありません。コストとベネフィットのバランスを取ることが重要といえます。
期間中の労務費の収集
労務費の把握・集計で重要なのは、期間的な整合性を取ることです。すなわち、一定期間における労務費を過不足なく把握・集計することです。
給料
原価計算の算定期間の終了日が月末であれば、末日までの期間での労務費を集計しなければなりません。そこで、給料の締めが20日締めである場合には、給料そのものは前月21日から当月20日ですが、原価計算の場合には当月1日から当月末日までの情報を得ることになります。
給料が20日締めの場合には、前月21日から当月20日までの給料支給確定額のうち、前月21日から前月末日までの分を区分、除外するだけでなく、当月21日から当月末日までの情報を収集しなければなりません。
ベースアップや昇給(あるいはその逆)については、給料の締め日の前後で行うことが多いと思われます。この場合、給料の締日が毎月20日の場合、ベースアップは21日以後からの給料となります。よって、当月1日から当月20日までは旧体系、当月21日から当月末日は新体系となります。
また、残業代は、いろいろな方法があります。給料の締め日に合わせて前月21日から当月20日までの残業代を精算したり、月初日から月末日までの残業代を翌月の給料で精算したりなどです。ただ、これらは支払いの話であり、原価計算のための情報は、あくまで月初日から月末日までの残業代となります。
法定福利費
労務費については、一定期間中(主として月間)に発生したものをもれなく集計しなければなりませんが、それは給料や賞与にとどまりません。これに付随する法定福利費も計上しなければなりません。
法定福利費には、健康保険料、厚生年金保険料、労働保険料(労災保険料や雇用保険料など)などがあります。
高精度の労務費原価計算を行うためには、給料や賞与と同様に従業員単位での法定福利費を計算することになります。
労働保険料については各月に実際に発生した給料によって算定しますが、健康保険料や厚生年金保険料については標準報酬月額により決まる一方、定時改定や随時改定があるため、社会保険についての知見を持っていなければなりません。
賞与
ある月(7月とします。)に賞与が支給されたとします。そして、この賞与の支給対象期間は1月から6月までの期間だったとします。
この場合、この賞与の額は1月から6月までの期間に配分しなければなりません。そうでなければ、賞与支給月の労務費だけ異常に高いことになってしまいます。
そこで、確定した賞与の額について、支給対象期間の各月にそれぞれ割り振ります。そうしますと、最終的にはその期間の労務費の額は給料に加えて、確定賞与額の月割額が集計されることになります。
なお、賞与にも法定福利費はかかるため、この額も集計し原価計算の対象としなければなりません。
そして、会計上で月次決算に求める精度によりますが、賞与額が確定するまでは各月の原価計算は概算額(賞与および法定福利費)によって行い、確定時に洗い替えを行います。
原価計算の対象となる業務の特定とその作業時間の集計
実際の原価計算を行う前に、計算対象となる業務の範囲と、そのタイミングを特定します。
先ほどのソフトウェア開発の場合、「研究開発費等に係る会計基準」の場合、次の時点までの作業時間を把握する必要があります。
- 最初に完成した製品マスターの完成時点(市場販売目的ソフトウェアの場合)
- 製品マスターや購入ソフトウェアの著しい改良の終了時点
- 収益獲得または費用削減が確実になった時点
- ソフトウェア制作の完了時点
従業員単位のタイムシートを集計したあとで、上記のタイミングで計算対象となる時間をあらためて区分するのです。
タイムシート上では同じ作業であったとしても、月中のなかで会計上の処理が異なるため、集計対象が別になるからです。
たとえば、ある日までは研究開発費(費用処理)として集計・計上される作業が、ある日からソフトウェア仮勘定(資産処理)で集計・計上されることもあります。
たとえば、ある月の15日に製品マスターが完成した場合には、その月の1日から15日までのその作業に係る労務費と作業時間が会計上は費用(研究開発費)となり、16日以降の労務費と作業時間は資産(ソフトウェア仮勘定)となるのです。
そこで、タイムシートをあらためてチェックして、その日の前後の作業内容や割増賃金などについて、どちらに集計するかを確認します。
会計処理や税務を意識してデータを作る
月次決算の精度やスケジュールによる
労務費原価計算にはさまざまな目的がありますが、会計上の目的はその大きな比重を占めるため、会計処理に必要な情報を収集しておく必要があります。
重要なのは、原価計算は、(月次)決算の精度をどれだけ高めたいか、あるいは、(月次)決算のスケジュールに依存します。
と申しますのも、原価計算の結果は毎月毎月常に月次決算に反映させなければならないわけではありません。
つまり、会計は会計、原価計算は原価計算で別個に行い、月次は月次でそれなりの精度で仕訳を計上しておき、決算時に正確な原価計算の結果を会計に反映させるという方法もあります。
この方法の方が計算経済性という点で好ましいといえます。
いっぽう、月次決算上で原価計算の結果を忠実に反映しようとし、しかも、月次決算のスケジュールがタイトな場合には、労務費や作業時間の概算値によって原価計算をしなければならないため、そのためのワークシートや、会計ソフト上も勘定科目体系や補助科目体系の整備が必要となります。
とはいえ、もっとも重要なのは、原価計算がキチンとなされているのかどうかであり、月次計算の煩雑さでバタバタして信頼性が低い計算結果となっては本末転倒です。
税務に対する理解も重要
また、税務にも留意する必要があります。
原価計算結果を適切に会計処理に反映するということは、原価計算の前提となる事業年度中に発生したものをすべて計上することになります。
とくに、タイトな決算スケジュールになると、概算額なども計上することになります。
合理的な概算額を計上することはより適正な期間損益を算定することにつながりますが、確定額と概算額をキチンと区分できるかどうかは、会計上のみならず税務(法人税法)でも重要です。なぜなら、法人税法上は損金として認められないことがあるからです。
原則として売上原価(製造費用)に係るコストについては概算額も損金算入できますが、(販売費及び)一般管理費になると概算額では損金算入できません。
その他、ミニマムな論点として、労働保険料や社会保険料の損金算入時期などもあり、原価計算とその会計上への反映は税務に対する留意が欠かせず、また、そのためのワークシートが必要なこともあります。
( つづく )