( 7 )もうひとつの裁判
アートネイチャー株主代表訴訟は、平成15年11月の自己株式処分と平成16年3月の新株発行についてのものだけではなく、平成18年3月の新株発行についても別の裁判で争われました。
この裁判については、抗告審まで終了し(平成26年11月26日判決)、第1審、抗告審いずれも原告敗訴(特に有利な発行価額ではない)となっています。結論的には、平成16年2月の新株発行についての最高裁判決(平成27年2月19日)とほぼ同じです。
すなわち、非上場会社における新株発行の公正な価額の算定については、当該新株発行の発行価額の算定が専門家による株式価値算定書に基づいていた場合、その算定の方法および結果に不合理な点がないときは、当該株式価値算定書に記載された株式価値の金額が公正な価額となるというものです。
このもうひとつの裁判(東京地裁平成24年(ワ)第36441号(平成26年6月26日判決)および東京高裁平成26年(ネ)第4044号 (平成26年11月26日判決))についても検討してみたいと思います。
第1審の概要
第1審の概要は次のとおりです。
- 原告株主は、Gによる算定結果(1株4,544円)に基づいて損害賠償請求
- 被告らは、新株発行の際の基礎としたFの算定結果(1株900円)を提出
- 裁判所は、原告の請求を棄却
目次
( 1 )事案の経過
- 平成18年2月1日
- Fは、AN社に対し、同日付で株式価値算定書を提出(1株9,000円、株式分割後は1株900円相当)
- 平成18年2月16日
- 取締役会で以下の事項を決定
- 1株を10株に分割する株式分割を行う旨
- 第三者割当により新株発行を行う旨(割当は代表取締役ほか計4名、普通株式220,000株、1株900円(株式分割後、株式分割前は1株9,000円相当))
- 「取締役および従業員の業績向上へのインセンティブを高めることを狙いとしてストック・オプションの目的で新株予約権を無償で発行する必要があること」を理由として、特に有利な条件をもって245名に対して新株予約権(行使価格1個(100株)当たり90,000円(1株900円))1,110個を無償で発行する旨
- 平成18年3月9日
-
臨時株主総会で、株式分割、新株発行およびストック・オプションに係る議案をいずれも承認可決
- 平成18年3月27日
- 新株引受人の払込み完了
- 平成19年1月25日
- 上場認可を受け、取締役会で、証券会社が算出した理論価格を基礎資料として平成18年3月基準での発行価額(会社法上の払込金額)を1株5,525円と決定
- 平成19年2月14日
- ジャスダック上場(公募価格は1株7,000円(株式分割後、株式分割前は70,000円相当) 終値は1株6,780円(株式分割後、株式分割前は67,800円相当)
- 平成19年4月25日(その後、平成24年3月30日、平成24年6月2日)
- 原告株主らによる、本件新株発行は著しく不公正な価額により行われた旨その他について、旧商法266条及び280条の11等に基づく責任追及の訴えを提起するよう求める書面が監査役に到達
- 平成19年6月21日(その後、平成24年5月25日、平成24年7月27日)
- AN社監査役等は、本件自己株式処分と本件新株発行は著しく不公正な価額により行われたものとは認められないとして、提訴請求に係る訴えを提起しない旨通知
- 平成24年12月25日
- 原告、本件訴えを提起
( 2 )東京地裁による判決の概要(東京高裁も同旨)
新株発行における発行価額が特に有利な発行価額に当たるか否かは、新株発行当時の会社の株式の公正な価額と比べて特に低い価額か否かにより決すべきである。
非上場会社の株式は市場価格が存在しないため、市場価格によらずに公正な価額を算定する必要がある。しかしながら、非上場会社の株式価値算定方法には、配当還元法、収益還元法、類似会社比準法及び純資産価額法等(これらを加重平均して併用する方法を含む。)様々なものがあって、選択する方式によって算定結果が異なる可能性があり、株式価値の算定が容易ではない。
また、発行価額は払込期日よりも前に決定しなければならないため、取締役らは、特に有利な発行価額か否かについて、発行価額決定時点の事情を基礎として判断しなければならない。
非上場会社において行われた新株発行の公正な価額の算定は、当該新株発行の発行価額の算定が専門家による株式価値算定書に基づいていた場合、新株発行当時の会社の資産や収益の状況等を踏まえた上で、その算定の方法および結果に不合理な点があるか否かを検討し、不合理な点がないときは、当該株式価値算定書に記載された株式価値の金額が公正な価額であるというべきである。
( 3 )Fによる算定
AN社は(税制適格)ストック・オプションの発行に先立って、Fに株価算定を依頼しています。
税制適格ストック・オプションの税制適格要件のひとつに、「新株予約権の権利行使価額は、新株予約権に係る契約を締結した時の1株当たりの価額に相当する金額以上であること」が要求されます。 このため、税制適格要件を満たすためには、ストック・オプションの契約時の株価を把握しておく必要があったといえます。
算定の目的
AN社が、将来の株式公開に向けて、ストック・オプションを発行する際の判断における参考資料として株主価値を評価したものであり、他の目的に資するものではない。
評価時点
平成18年1月17日
評価における前提事項
平成17年3月31日時点の財務諸表及び固定資産の明細書の内容を基礎資料とした。
評価時点における会計、税務および法律を前提として株主価値の評価を行った。
提出されたすべての資料が株主価値の評価への利用上、有効かつ妥当であることを前提とした。
提出された資料の完全性、正確性、網羅性を何ら保証しない。
資料不足の場合、合理的な範囲での推定を行い、その旨を記載した。
評価方法の選択
時価純資産価額法により行う。
算定内容
平成17年3月期の決算書および法人税申告書を基礎資料として算定
資産評価
土地は、平成17年路線価を基礎として相続税評価額を算定し0.8で割り戻した金額
建物については、固定資産税評価額が不明のため帳簿価額
子会社株式については、平成18年1月17日時点の換算レートで換算した簿価純資産額
投資有価証券、会員権のうち取引相場が判明しているものは、平成18年1月17日時点の価格
器具備品は償却超過額(一括償却資産)を加算した価額を評価額
電話加入権は実質上価値がないものとして評価
長期貸付金は平成17年3月期の法人税申告書における個別評価金銭債権を除いた価額
財産評価基本通達による営業権の評価
算定結果
資産26,819百万円、負債23,262百万円、差引純資産価額3,556百万円
発行済株式総数440,000株で除すると1株8,084円
( 4 )Gによる算定
原告株主は、裁判にあたって、Gによる算定結果を基に損害賠償請求を行いました。
算定方法の選択
AN社は、企業として継続性に問題がなく、超過収益力がある優良な会社であり、本件第三者割当ての翌年度に株式上場を計画していたから、その株式価値は、将来獲得すると期待されるキャッシュ・フローや利益を基礎として評価することが適切である。
そこで、AN社の株式価値は、含み損を考慮した上で、インカム・アプローチの手法であるDCF法と収益還元法を用いて評価を行い、両者の欠陥を補完させるため両評価方法を按分することにより算定すべきである。
算定内容
DCF法による評価
予想期間における現在価値7,262百万円、残存期間の現在価値21,658百万円、非事業資産の時価8,069百万円を合計した企業価値の合計は36,989百万円
企業価値から有利子負債7,804百万円および本件新株発行の対価198百万円を控除し、さらに、非上場企業を理由とするディスカウント(非流動性ディスカウントと思われます。)30%を行うと、株式価値は20,291百万円
これを4,399,710株で除すると1株4,612円
収益還元法による評価
予測期間の現在価値が8,135百万円
残存期間の現在価値が20,198百万円
本件新株発行の対価198百万円を控除し、4,399,710株で除すると1株4,612円
算定結果
DCF法による評価額と収益還元法による評価額の平均値4,544円を株式価値とする。
( 5 )裁判での算定方法の選択の妥当性について
原告株主の主張の要旨
AN社は、企業として継続性に問題がなく、超過収益力がある優良な会社であり、本件第三者割当ての翌年度に株式上場を計画していたから、その株式価値は、将来獲得すると期待されるキャッシュ・フローや利益を基礎として評価することが適切である。
被告取締役等の主張の要旨
旧商法280条ノ2第2項が、単に発行価額が引受人に特に有利である場合に限って株主総会の承認を要求する趣旨は、株式の公正な価額を一義的に明らかにすることが困難であるため、発行価額の決定について取締役に相当程度の裁量の余地を認める点にあると解される。
そこで、取締役が専門家の株価算定に基づいて発行価額を決めた場合、当該算定の方法及び結果が明らかに不合理であるなどの特段の事情がない限り、当該発行価額が引受人に特に有利であるということはできないというべきである。
本件算定書が採用した純資産価額法は、市場価格のない株式の価値算定の実務において広く使用されている一般的な評価方法であって、時価純資産価額法は税務において取引相場のない株式の評価のための原則的な手法である。
東京地裁の判決の要旨
DCF法や収益還元法は、将来の期待収益に依存するため不確実性が伴う点や割引率の客観的な見積りが容易でないことが認められる。
このようなことに鑑みれば、本件第三者割当てにおけるAN社の株式の公正な価額の算定について、必ずDCF法と収益還元法を用いなければならないとまでいうことはできない。
時価純資産価額法は、非上場会社の株式価値の算定において一般的に不合理な算定方法とはいえないことに鑑みれば、仮にAN社に超過収益力があったとしても、本件新株発行における株式価値算定に時価純資産価額法を用いることが、不合理であるとまではいえない。
また、本件算定書においては営業権が評価されており、超過収益力が全く評価されていないわけではない。
( 6 )ストック・オプション発行の目的での算定結果を新株発行にも利用することについて
原告株主の主張の要旨
本件株式価値算定書は税制適格ストック・オプションの付与の際の検討資料とすることを目的として作成され、本件新株発行の際の公正な価額の算定のために作成されたものではない。
本件新株発行の目的のために専門家による株式の評価は実施されなかった。
被告取締役等の主張の要旨
本件株式価値算定書による算定方法は、税務による取引相場のない株式の評価によっている。
税務における株式価値評価は納税額の確定を目的とするものであるが、税務においても担税力に応じた公平な課税のために、一定時点における株式の公正な時価または価額の評価が求められる点で、新株発行において株式の公正な価額の評価が求められるのと本質的な違いはない。よって、新株発行の発行価額の決定の際に、税務において用いられる評価方法と同じものを用いることは可能である。
本件算定書は、税制適格ストック・オプションの発行のための参考として株式の時価を評価したものであったが、算定の目的および対象は、あくまで評価時点での補助参加人の株式の時価であったから、本件算定書が算定した株式価値を本件新株発行の発行価額の決定のために使用することは可能である。
東京地裁の判決の要旨
税制適格ストック・オプションの付与の際に用いるために本件算定書が作成されたといっても、これによる株式価値算定の結果となる数値は、その算定方法自体に不合理な点がないのであれば、税制適格ストック・オプションの付与の際の検討資料以外に用いることができないとする理由はない。 また、本件新株発行の実施が決定された本件取締役会(平成18年2月16日)は、本件算定書の評価時点(平成18年1月17日)の約1ヶ月後であって、その間に補助参加人の株式価値に大きな変動が生じたという事情が存在することを認めるに足りる証拠はない。 よって、本件算定書は、本件新株発行の発行価額を定める際の資料となり得るというべきである。
また、本件新株発行の実施が決定された本件取締役会(平成18年2月16日)は、本件算定書の評価時点(平成18年1月17日)の約1ヶ月後であって、その間に補助参加人の株式価値に大きな変動が生じたという事情が存在することを認めるに足りる証拠はない。
よって、本件算定書は、本件新株発行の発行価額を定める際の資料となり得るというべきである。
( 7 )ストック・オプションの有利な発行価額との関連について
原告株主の主張の要旨
本件新株発行が決議された株主総会において、新株の発行価額と同じ1株900円(株式分割後、株式分割前1株9,000円相当)を権利行使価格とするストック・オプションに関する議案の決議がされたところ、これについては特に有利な条件によることが招集通知および参考書類に記載されていたのであり、被告取締役等も1株900円(株式分割後、株式分割前1株9,000円相当)は特に有利な発行価額であることを認めていた。よってストック・オプションに係る権利行使価格と同価値の新株発行も特に有利な発行価額のはずである。
被告取締役等の主張の要旨
本件ストック・オプションの発行価額は、本件新株発行の場合とは異なり無償であったため、「特ニ有利ナル条件」(旧商法280条の21)によることを前提とした決議がされたのであり、本件ストック・オプション発行に係る事情と本件新株発行に係る事情とは異なる。
よって、本件ストック・オプションの発行価額が「特ニ有利ナル条件」によるものであったとしても、本件発行価額が特に有利な発行価額であるとはいえない。
東京地裁の判決の要旨
本件株主総会の参考書類には、新株予約権を無償で発行することが「特に有利な条件をもって新株予約権を発行することを必要とする理由」とされていた。
「新株予約権行使時に払込をすべき金額」としての新株予約権1個(普通株式100株)当たり90,000円(1株900円)という権利行使価格そのものが特に有利なものであるとされていたわけではない。
( 8 )評価時点が平成18年1月にもかかわらず平成17年3月末の資産負債を基準としたことについて
原告株主の主張の要旨
平成18年3月31日の経営状況が平成17年3月31日と比較して大幅に改善されていたところ、平成18年1月17日を評価基準とする株式価値の算定については平成17年12月31日または少なくとも平成17年9月30日の財務諸表および固定資産の明細書を基に行われるべきであったため、本件算定書は著しく妥当性を欠くものである。
東京地裁の判決の要旨
平成17年9月30日または平成17年12月31日におけるAN社の経営状況について、監査法人の監査を受けた財務諸表等が存在していたことを認めるに足りる証拠はなく、平成17年3月31日時点の財務諸表及び固定資産の明細書を基礎資料とした本件算定書の算定方法および算定結果が不合理であるとはいえない。
( 9 )平成19年1月25日取締役会で決定した払込価額1株5,525円との関連について
原告株主の主張の要旨
AN社は、平成19年1月25日の取締役会において、証券会社が平成17年3月期と平成18年3月期の収益規模、成長性、資産内容等を基に算出した理論価格を基礎資料として、平成18年3月基準での発行価額(会社法上の払込金額)を1株5,525円と決定した。よって、新株発行の発行価額が1株900円(株式分割後、株式分割前1株9,000円)は低すぎる。
被告取締役等の主張の要旨
平成19年1月25日の取締役会において決定された会社法上の払込金額1株5,525円は、証券会社が機関投資家に対する会社内容の説明および妥当価格等のヒアリングを実施し、機関投資家の発行会社(補助参加人)に対する評価や株式購入意欲等を勘案して補助参加人に提案した仮条件(1株6,500円~7,000円)を基に、仮条件下限価格の85%を会社法上の払込金額とするのが一般的である旨の助言に従い決定されたものである。
仮条件は、会社が上場する際に初めて定めるものであるのに対し、本件新株発行はAN社が上場する1年近く前に実施されたものであって、本件新株発行の発行価額とAN社が上場した際の仮条件とは全く関係がない。 この払込金額は、本件第三者割当て当時のAN社の株式について理論価格を基礎資料とした公正価格を算定したものではない。
この払込金額は、本件新株発行当時のAN社の株式について理論価格を基礎資料とした公正価格を算定したものではない。
東京地裁の判決の要旨
平成19年1月25日の取締役会で定められた本件上場に係る会社法上の払込金額は、ブックビルディング方式に基づき決定された仮条件から算出されたものであり、その払込金額が本件第三者割当て当時の公正な価額を示すものとはいえない。
( 10 )株式上場時の公募価格1株7,000円との関連について
原告株主の主張の要旨
平成19年2月14日にジャスダックに上場した際の公募価格は1株7,000円であった。よって、新株発行の発行価額が1株900円(株式分割後、株式分割前1株9,000円)は低すぎる。
被告取締役等の主張の要旨
本件新株発行を決定した取締役会は平成18年2月19日であり、上場の日の約1年前である。
一般に、上場時の株式売出価格は、上場により株式に流動性が付与されることが反映されるため、上場前の株式価値よりも高くなるから、本件上場時の発行価額と本件発行価額との間に差が生じるのは当然である。
本件発行価額が、上場の際の株式売出価格を下回っていたとしても、本件発行価額が特に有利な発行価額であったとはいえない。
東京地裁の判決の要旨
本件上場(平成19年2月14日)は、本件新株発行が決議された本件株主総会(平成18年3月9日)の約11ヶ月後である。 いっぽう、本件発行価額の算定の資料となった本件算定書の評価時点(平成18年1月17日)の約1年1ヶ月後であって、上場と本件新株発行ではその時期が異なる。
本件上場における株式の公募価格はブックビルディング方式であり、本件算定書で用いられた時価純資産価額法による価格とは一致しない。 このような異なる算定方式により株式の価格が算定されているからといって、本件算定書における株式の算定が不合理であるとか、本件上場時の公開価格が本件算定書における算定価格と比べて本件新株発行における公正な価額とするに適しているということはできない。
本件上場(平成19年2月14日)は、本件新株発行が決議された本件株主総会(平成18年3月9日)の約11ヶ月後である。 いっぽう、本件発行価額の算定の資料となった本件算定書の評価時点(平成18年1月17日)の約1年1ヶ月後であって、上場と本件新株発行ではその時期が異なる。
本件新株発行の時期(平成18年3月8日)は、本件上場の時点(平成19年2月14日)よりも本件算定書の評価時点(平成18年1月17日)に近接しており、本件算定書による算定に基づき公正な価額を定めることが相当である。
( つづく )