( 5 )抗告審での株価算定

素材は、東京高裁平成24(ネ)第2826号損害賠償請求抗告事件(平成25年1月30日判決)です。

この事件は、取締役の責任を追及する株主代表訴訟であり、自己株式処分または新株発行時の価額が不公正に低い価額の場合に取締役に対する損害賠償が発生するかが最終的な争いですが、この争点については割愛し、その前提としての株価(そしてその算定方法)の妥当性について分析・検討をするものです。

抗告審の概要

抗告審の概要は次のとおりです。

  • 第1審原告株主は、Bによる再算定(自己株式1株25,940円、新株発行1株36,211円)を依頼し、あらためて損害賠償請求
  • 第1審被告Xらは、新株発行につき第一審判決の評価方法で減額修正し(0円)、また、Eの算定結果(1株1,102円)も主張
  • 裁判所は、両者の請求を棄却し、結論として第1審判決を維持

目次

( 1 )東京高裁による判決の概要

自己株式処分

非上場会社の株式の場合には、市場価格がないため、その価値を算定する必要があるところ、その算定方法としては、配当還元方式、収益還元方式、類似会社比準方式、取引先例価格方式、純資産価額方式、国税庁方式、これらを加重平均して併用する方式等、様々なものがあり、いずれの方式によるかによって結果が大きく異なり得るため、その算定は容易ではない。

非上場会社の自己株式が処分された場合の公正な価額の算定に当たっては、自己株式の処分に関する規制の趣旨、目的を踏まえつつ、自己株式処分が行われた経緯や目的、数量、会社の財務状況等、諸般の事情を考慮して、事案に相応しい方法によって判断するのが相当である。

本件自己株式処分が行われた当時、AN社の株式は譲渡制限株式であり、役員や幹部従業員、社員持株会と旧販売会社の社長によって保有されてきたが、AN社は、業績の悪化等を受けて、平成13年頃から役職員の退職が相次ぎその保有する株式の買取りを求められたため、Xを中心とする役員や社員持株会が1株1,500円で買取りに応じてきた。

このため、Xらの持株比率が高まり法人税法上の同族会社の認定を受けて税法上のメリットがなくなる可能性が生じてきたことから、平成14年に、Xから33,217株を取得することで(自己株式取得)で回避しようとした。しかし、結局、同族会社の認定を受けることになったため、Xに対して自己株式を処分することとした。

よって、自己株式処分の対象株式33,217株は、Xから取得した株式であり、その譲渡価格(1株1,500円)も取得価格と同一であって、本件自己株式処分は、実質的には同被告による買戻しに当たるものであった。

AN社は、自己株式の取得および自己株式処分を行うにあたり、Aに株価算定を依頼し、Aから配当還元方式により1株1,500円と評価する旨の算定結果を得ていた。

AN社の株式は、関係者との間で1株1,500円で取引され、本件自己株式処分は、実質的にはXの株式の買戻しであり自己株式取得から処分まで1年程度しか経過していないことに照らすと、本件自己株式処分における公正な価格としては、過去の類似取引における取引価格である1株当たり1,500円とするのが相当である。

新株発行

第三者割当の方法による新株発行において、旧株式の持分価値よりも低い価額で発行が行われると、既存株主が有していた持分価値の一部が新株に移転し既存株主の経済的利益が害されることになる。

そこで、旧商法は、公正な発行価額の判断が容易ではないことや、資金調達の確実性確保の観点から、新株の消化可能性に配慮して発行価額を設定する実務上の要請があることを踏まえた上で、株主以外の第三者に対して特に有利な発行価額で新株を発行するには、その理由を開示した上で株主総会の特別決議による承認を得なければならない旨を定め(旧商法280条の2第2項)、さらに、取締役と通じて「著しく不公正な発行価額」で新株を引き受けた者は、会社に対して公正な価額との差額に相当する金額を支払う義務を負う旨を定めている(280条の11)。

このような第三者割当の方法による新株発行に関する規制の趣旨、目的に照らすと、第三者割当の方法による新株発行における公正な価額の判断に当たっては、新株発行時における旧株式の客観的な交換価値を基準とするのが相当であり、これに比して発行価額の不公正の程度が著しい場合には、同条にいう「著しく不公正な発行価額」に該当するものというべきである。

非上場会社の株式価値の算定は容易ではないことから、非上場会社において行われた新株発行の公正な価額の算定に当たっては、新株発行当時の会社の資産や収益の状況等、諸般の事情を考慮して、事案に相応しい方法によって判断するのが相当というべきである。

AN社は、平成12年5月、監査法人が類似業種比準方式、純資産方式および配当還元方式を基礎に算定した株式価値の算定結果に基づき、行使価格を1株10,000円とする新株引受権付社債を発行したことから、AN社の株式は、少なくとも、平成12年5月時点では1株10,000円程度の株式価値を有していた。

AN社の財務状況は、平成13年3月期以降悪化し、平成14年3月期を底として平成15年3月期にはやや上向き、平成16年3月期以降、順調に改善していくという経過をたどったものであり、平成16年3月期に入ると、新商品の投入や店舗の改装・移転統合等が積極的に行われ、平成16年3月期決算では、増収増益となり前年度に比べて相当な改善が図られたのであるから、本件新株発行が行われた平成16年3月当時の株式価値は、平成12年5月時点の株式価値を大きく下回ることはない。

本件新株発行が行われた平成16年3月当時、AN社は、約3年間にわたる業績不振から抜け出したばかりで、依然として多額の含み損を抱える未だ不安定な状況にあったものの、業績回復の道筋をつけつつあったというべきであるから、本件新株発行における公正な価格の算定に当たっては、このようなAN社の状況を的確に反映させるため、将来の収益獲得能力に着目したインカム・アプローチに加えて、静態的価値に着目したネットアセット・アプローチによる評価結果等も考慮しながら総合的に判断するのが相当というべきである。そして、評価基準を平成16年3月とすべきである。

インカム・アプローチについては、平成16年3月を基準として、DCF法により評価する。予測期間(平成16年3月期から平成20年3月期)におけるフリー・キャッシュ・フローの合計額および残余価値(平成20年3月期のEBITDAに類似会社の倍率を乗じた額)を加重平均資本コスト5.602%で割り引いた事業価値12,066百万円に、平成15年3月31日時点の余剰資金6,975百万円と平成15年3月31日時点の遊休資産について平成21年1月までの売却価額の合計535百万円を加算し、平成16年3月31日の有利子負債16,417百万円を控除した株式価値は3,159百万円、1株当たり7,897円となる。または、遊休資産の価値を約221百万円としても株式価値は約2,845百万円、1株当たり7,113円となる。

ネットアセット・アプローチについては、すべての証拠によっても平成16年3月31日時点の時価純資産額を確定できない。ただし、AN社は、株式上場後の平成18年3月に、時価純資産額を基礎として発行価額および行使価格を1株当たり900円(株式分割前の平成16年3月での9,000円相当)とする新株およ新株予約権を発行したから、平成18年3月時点では1株当たり9,000円程度の株式価値を有し、平成18年3月の新株発行直前の発行済株式数4.4百万株で時価純資産は3,960百万円であるといえる。

これらを踏まえると、1株当たり7,000円は下らないというべきであり、これを公正な価額とするのが相当である。

( 2 )Bの再算定(自己株式処分時の株価)と批判

第1審原告の株主は、Bに再び株価算定を依頼しています。

抗告審にあたっては、自己株式処分時と新株発行時に分けて株価を算定しています。まずは、自己株式処分時の株価算定です。

第1審判決に対する批判

AN社は、平成13年3月期には不動産の含み損約17,400百万円強を抱えていたが、平成15年6月ころには、不動産の含み損16,300百万円強を抱えていたものの、事業内容が好転し、同年9月時点では、通期の営業利益は3,500百万円以上と見込まれ、不動産の含み損は約15,700百万円に減少し、数年で解消することが十分見込まれた。さらにAN社は、平成16年3月時点では年間4,000百万円以上の営業利益が見込まれた。

本件自己株式処分について、譲渡時までに株価が変動する要因があれば、資本充実の要請上、それを考慮した上で株価を決定する必要がある。AN社が本件自己株式処分意思を確定させたのは平成15年11月6日の臨時株主総会開催時点であるところ、同日の時点では、AN社は経営改善後で健全な事業内容の時期であったから、自己株式の株式価値はこのような経営状況を反映した株価とすべきであり、1株1,500円というのでは当時の経営状況を反映していない。

インカム・アプローチによる評価

DCF法による算定

予想期間の事業価値、残存期間の事業価値及び非事業資産の価値(余剰現金預金と遊休資産売却価格)の合計30,024百万円

有利子負債17,725百万円および自己株式取得価額50百万円を控除すると12,249百万円

非流通性ディスカウント30%をすると8,575百万円(株式価値)

発行済株式総数から自己株式数を控除した366,783株で除すると1株23,378円

収益還元法による評価

予想期間の現在価値、平成17年3月期以降の営業外損益の年額および残存期間の事業価値の合計14,985百万円

自己株式取得価額50百万円を控除すると14,935百万円

非流通性ディスカウント30%をすると10,455百万円(株式価値)

発行済株式総数から自己株式数を控除した366,783株で除すると1株28,503円

両方法の算定結果の折衷

中間値をとると25,940円となり、本件自己株式処分における適正は評価額なこの額を下回らない。

東京高裁による批判

AN社の株式は、従前から役員や社員持株会等の関係者の間で1株1,500円で取引されており、本件自己株式処分は、AN社にとってXから取得した株式の買戻しで、しかも、その取得から処分まで1年程度しか経過していない。 本件自己株式処分における公正な価格は、自己取得時にける取得価格と同額の1株1,500円とするのが相当である。

よって、AN社の将来の収益力に着目して株式価値を算定するインカム・アプローチの手法であるDCF法や収益還元法は相当でない。

( 3 )Bの再算定(新株発行時の株価)と批判

第1審原告の株主は、Bに再び株価算定を依頼しています。

抗告審にあたっては、自己株式処分時と新株発行時に分けて株価を算定しています。次に、新株発行時の株価算定です。

再算定では、本件新株発行について、AN社がこれを承認した平成16年3月8日の臨時株主総会開催時点における判断資料に基づいて株価を算定するべきとしています。

評価方法の選択

第1審被告Xらは、AN社が平成16年3月期において実質的債務超過状態にあったと主張するが、AN社は、設立以来、平成19年2月に上場するまで、赤字になったことや債務超過になったことは一度もないし、清算の可能性もなかった。

よって、株価の算定に際して、静態的価値に着目したネットアセット・アプローチを適用することは誤りであり、将来の収益獲得能力に着目したインカム・アプローチを基本的に適用すべきである。

インカム・アプローチによる評価

DCF法による算定

予想期間の事業価値、残存期間の事業価値及び非事業資産の価値(余剰現金預金と遊休資産売却価格)の合計35,400百万円

有利子負債16,418百万円および新株発行価額60百万円を控除すると18,922百万円

非流通性ディスカウント30%をすると13,246百万円

発行済株式総数400,000株で除すると1株33,114円

収益還元法による評価

予想期間の現在価値、平成17年3月期以降の営業外損益の年額および残存期間の事業価値の合計14,985百万円

新株発行価額60百万円を控除すると22,462百万円

非流通性ディスカウント30%をすると15,724百万円(株式価値)

発行済株式総数400,000株で除すると39,309円

両方法の算定結果の折衷

中間値をとると36,211円となり、本件新株発行時における適正は評価額はこの額を下回らない。

東京高裁による批判

Bの再算定は、AN社の財務状況や業績の推移等に関する前提事実の認識に誤りがあり、信頼性に問題がある。 また、Bの再意見の収益還元法については、Bの第1審での意見について判決が説示するのと同様の問題点がある。さらに、Bの再意見におけるDCF法では、上記前提事実の認識の誤りによって事業価値を非常に高くみているとの問題点がある。

そして、Bの再意見の株式価値の結論は、DCF法によるものも含め、平成21年度のAN社の市場価格の水準を上回ることになり、非上場会社の株価としては不自然である。

したがって、Bの再意見の信頼性には問題があるから、これを援用する第1審原告の主張を採用することはできない。

( 4 )被告による第1審判決の批判

第1審の被告Xらは、原告の主張が一部認められ損害賠償を認定されました。

そこで抗告審では、第1審判決について批判を行っています。

業績予測について

AN社の営業利益は、平成14年3月期に簡易連結ベースで約1,300百万円、平成15年3月期に約1,400百万円に過ぎず、同年9月時点において営業利益が年間3,500百万円以上見込まれたということはないし、それ以降安定的に営業利益が出るとは予想できなかった。

平成16年3月期に約3,700百万円の営業利益を確保することができたが、これは経費削減の緊急対策を通年行ったため、一時的な効果が出たためであり、売上高は激減していた平成15年3月期の約23,000百万円からほとんど伸びていなかった。

本件新株発行価額に関し、AN社の売上高は、平成13年3月期から平成15年3月期にかけて激減し、平成16年3月期も前期とほぼ同様であって、その後上昇に転じるのか、更に下降するのかわからない状態であった。AN社の新商品が爆発的に売れ出したのは、平成16年7月以降であった。

第1審判決のDCF法のみによる評価について

原判決が採用したDCF法のみによる株式価値の算定は妥当でない。

平成12年のワラント債の価値との平成16年3月の株価との関連性について

第1審判決によれば、AN社は、平成12年5月に行使価格を1株10,000円とするワラント債を発行したことから、AN社の株式は、少なくとも、平成12年5月時点では1株10,000円程度の株式価値を有し、その後のAN社の財務状況は、平成13年3月期以降悪化し、平成14年3月期を底として平成15年3月期にはやや上向き、平成16年3月期以降、順調に改善していくという経過をたどったものであり、平成16年3月期に入ると、新商品の投入や店舗の改装・移転統合等が積極的に行われ、平成16年3月期決算では、増収増益となり前年度に比べて相当な改善が図られたのであるから、本件新株発行が行われた平成16年3月当時の株式価値は、平成12年5月時点の株式価値(10,000円)を大きく下回ることはないとした。

AN社は、平成12年5月のワラント債発行当時平成15年中の上場を目指しており、その価格算定に使用したのは簿価純資産だった。 AN社が時価純資産に基づいて算定していれば、不動産含み損が反映され、その価格は大幅に低いものとなったはずだった。

また、ワラント債の10,000円という行使価格は、平成14年8月頃ころには現実性のないものとなり、平成15年6月26日開催の定時株主総会で1株1,500円に変更されたが誰もこれを行使せず、同年11月6日開催の臨時株主総会で行使期間が同月21日までに変更された。

すなわち、AN社の株式は、平成15年10月まで1株1,500円を下回る評価しか得られていなかった。

東京高裁による批判

業績予測について

第1審判決が説示するとおり、平成16年3月当時、AN社は、業績不振から抜け出したばかりで未だ不安定な状況にあったものの、業績回復の道筋をつけつつあったというべきである。

第1審判決のDCF法のみによる評価について

平成5年11月に策定された株式等鑑定評価マニュアル(日本公認会計士協会経営研究調査会)によれば、収益方式としてDCF法も取上げられていることが認められ、DCF法は相当以前から用いられている一般的な評価方法であり、どの評価方法を採用するかについては事案に応じて判断されるべきものである。

そして、第1審判決は、本件においてDCF法による株式価値の算定結果のみによって株式価額を決定したわけではなく、その算定結果を含め原判決が認定、説示する諸事情を総合考慮して株式価額を決定したのであるから、第1審被告らの批判は失当である。

平成12年のワラント債の価値との平成16年3月の株価との関連性について

平成12年当時、AN社が簿価純資産を使用したものであることを認めるに足りる的確な証拠はない。

また、AN社の「臨時株主総会想定問答集」において、「株価1万円はどのように決定したのか。」との想定質問に対し、「類似業種比準方式、純資産方式、配当還元方式をベースに監査法人が算定したものであり、妥当な水準であると考えている。」との回答が用意されていたことに照らせば、平成12年当時の算定価格が高すぎるとの第1審被告らの主張を採用することができない。

( 5 )被告による第1審の評価額の減額修正

第1審の被告Xらは、第1審判決の算定方法に従い、評価額を減額修正(1株0円)しました。

第1審判決による評価額

第1審判決は、CのDCF法による算定方法を修正して評価した。

予測期間(平成16年3月期から平成20年3月期)におけるフリー・キャッシュ・フローの合計額および残余価値(平成20年3月期のEBITDAに類似会社の倍率を乗じた額)を加重平均資本コスト5.602%で割り引いた事業価値12,066百万円を算出する。

事業価値12,066百万円に、平成15年3月31日時点の余剰資金6,975百万円と平成15年3月31日時点の遊休資産につき平成21年1月までの売却価額の合計535百万円を加算する。

ここから、平成16年3月31日の有利子負債16,417百万円を控除し、株式価値は3,159百万円、1株当たり7,897円と算定した。

余剰資金の修正

平成16年3月期において、AN社には約17,300百万円の不動産含み損が存在し、簿価純資産は約10,400百万円であったから、約6,900百万円の実質的債務超過状態にあった。

Cは、売上高の2%程度の余剰資金を必要資金とみなすのが一般的であるとの考え方から、AN社の余剰資金は約6,975百万円であるとみて株価を算定したが、AN社においては受注した契約が解除されたときは契約時の入金を返金しなければならないところ、平成15年3月期における前受金約11,000百万円に相当する事業資産(現金、預金、在庫等)が確保されていなければならないのに流動資産の総額は約9,100百万円にすぎなかった。よって余剰資金は0円とすべきである。

すると、第1審判決の採用したDCF法による株式価値計算に余剰資金の減額修正を行った結果、株式価値は▲3,816百万円となり、0円となる。

東京地裁らによる批判

東京高裁による批判

AN社は、平成19年2月に上場するまで、赤字になったことや債務超過になったことはなく、AN社において多数の顧客から解約を求められることは通常想定されず、前受金全額を常に確保しておく必要があるものではないことが認められる。

また、米国のマッキンゼー・アンド・カンパニーは、事業に必要な資金の水準を予測するため、売上高の2%を上回る現金はすべて余剰資金とみなすこともあり得るが、この比率は明確に決まっているわけではなく、それは業界によって必要な現金の規模が異なるからであると説明していることが認められるところ、AN社が第1審において提出したCの意見においても、この方式により余剰資金が算出され、6,975百万円とされているのである。

したがって、余剰資金を0円とする各意見は採用することができない。

第1審原告株主による批判

第1審被告らは、AN社の貸借対照表上の前受金は約11,100百万円であり、これに相当する事業財産(現金、預金、在庫等)が確保されていなければならないと主張する。

しかし、この見解はAN社の顧客全員から契約解除される場合を前提としたものであるが、AN社の顧客はすべてエンドユーザーで一般消費者であり、8万人以上にもなること、契約内容等からすると顧客が契約解除できる場合は限られていることに照らすと、このような事態を想定するのは不合理である。

( 6 )Eの算定とその批判

第1審の被告Xらは、Eに株価の算定を依頼し、新株発行時の株価は、第1審の1株1,500円を下回ると主張しました。

算定方法の選択

DCF法と時価純資産法を折衷する。

時価純資産法による評価

AN社は平成16年3月期において実質的債務超過状態にあることから、時価純資産はマイナスとなる。

DCF法による評価

AN社の平成15年3月期の経常利益(実績値)と平成16年3月期の経常利益(合理的予測値)の平均値を、経常利益の将来予測値の基礎とし、営業外収益に計上されたレバレッジドリース投資利益を控除した上で、余剰資金を0円とし、遊休資産を加算し、非流動性ディスカウントを30%として株式価値を算定したところ、約1,652百万円となり、1株4,132円となる。

なお、AN社においては受注した契約が解除されたときは契約時の入金を返金しなければならないところ、平成15年3月期における前受金約11,000百万円に相当する事業資産(現金、預金、在庫等)が確保されていなければならないのに流動資産の総額は約9,100百万円にすぎなかった。よって余剰資金は0円とした。

時価純資産法による評価とDCF法による評価との折衷

時価純資産法による評価額(マイナスではなく0円とする)とDCF法による評価額の折衷割合を4:1から2:1とすると、826円(下限)から1,377円(上限)となる。

そして、その中間値は1,102円である。

東京地裁らによる批判

東京高裁による批判

AN社は、平成19年2月に上場するまで、赤字になったことや債務超過になったことはなく、AN社において多数の顧客から解約を求められることは通常想定されず、前受金全額を常に確保しておく必要があるものではないことが認められる。

また、米国のマッキンゼー・アンド・カンパニーは、事業に必要な資金の水準を予測するため、売上高の2%を上回る現金はすべて余剰資金とみなすこともあり得るが、この比率は明確に決まっているわけではなく、それは業界によって必要な現金の規模が異なるからであると説明していることが認められるところ、AN社が第1審において提出したCの意見においても、この方式により余剰資金が算出され、6,975百万円とされているのである。

したがって、余剰資金を0円とする各意見は採用することができない。

第1審原告株主による批判

第1審被告らは、AN社の貸借対照表上の前受金は約11,100百万円であり、これに相当する事業財産(現金、預金、在庫等)が確保されていなければならないと主張する。

しかし、この見解はAN社の顧客全員から契約解除される場合を前提としたものであるが、AN社の顧客はすべてエンドユーザーで一般消費者であり、8万人以上にもなること、契約内容等からすると顧客が契約解除できる場合は限られていることに照らすと、このような事態を想定するのは不合理である。

( つづく )