( 6 )本裁判についての私見

いわゆる法律系の雑誌等では、会社法の視点から取締役の責任論(とくに高裁判決)についての考察など、とかくアカデミックな分析・検討が目立ちます。しかし、ある意味でそれは当然なことです。

実際に株式価値等の算定にかかわる立場の人間としては、むしろ、各専門家が行った株価算定の方法やそれに対する批判を検討することが、他事案でのより妥当な評価に結びつくと考えられると考えた次第でございます。

後出しジャンケンなら簡単

裁判で争われたのは全体のごく一部であり、それ以外のオモテに出てきていない事情がたくさんあることはまちがいありません。

また、裁判で争われたものでも、判決文に出ていないことが多々あるはずです。

その点で、あくまでオモテに出ているもの(判決文)からのみであれこれ論ずるのは愚かなことだということは十分承知しております。

いろいろな制約のなかで、限られた時間でゼロの状態から成果物を創り上げる作業は、それを事後的にあれこれケチつける作業よりも、はるかに価値があると私は信じて疑いません。

現実の問題として、「もろもろの方向性に沿って」評価をせざるを得ないわけで、裁判で株価算定にあたった専門家の方々のご苦労は、行間から伝わってきます。

税務上の問題

本件でとくに重要だったのは、時価純資産ベースで(大幅な)マイナスであったことと思われます。

自己株式の処分や新株発行の場合、どうしても税務上の問題が出てくるからです。

おなじみの、財産評価基本通達(を若干修正した方法)による算定結果を意識しなければなりません。 たとえば、簿価純資産ベースでは債務超過なのに、たとえば、時価評価の段階でいわゆる自然発生借地権を認識すると高額な時価純資産額となることもあります。

本事例では、不動産等の巨額な含み損のために、税務上の時価純資産による純資産価額方式による評価額はゼロだったと考えられるため、税務上のリスクを考える必要はなかったと思われます。

評価時点について

最高裁の判決文でも「取締役会」とあるように、自己株式の処分価額や新株発行の発行価額の決定は取締役会(取締役会設置会社の場合)で行われ、これを(臨時)株主総会に諮るということになります。

たしかに、最終的な会社としての意思決定は株主総会の日ということになりますが、そもそもその株主総会の招集や議案を決めるのは取締役会であり、そこで「特に有利な金額」の場合には株主総会の招集通知に議決権行使に係る参考書類等としてその理由を説明しなければならないことからすると、やはり株価算定の評価時点は、遅くとも取締役会開催日ということになると思われます。

下級審において、臨時株主総会の日を基準として評価すべきであるという主張もありましたが、私は取締役会開催日の直前月末を基準とするのが実務上は現実的ではないかと思われます。

本件においては、自己株式処分について会社としての意思が確定したのは臨時株主総会の開催日である平成15年11月6日ですが、取締役会でこれを決議したのは平成15年10月16日です。よって、平成15年9月30日を基準日として評価を行うのが妥当と思われます。

また、同様に、新株発行について会社としての意思が確定したのは臨時株主総会の開催日である平成16年3月8日ですが、取締役会でこれを決議したのは平成16年2月19日です。よって、平成16年1月31日を基準日として評価を行うのが妥当と思われます。

この基準日は何を意味するかと申しますと、平成15年9月30日や平成16年1月31日での(月次)貸借対照表によって、時価純資産法による評価を行ったり、この時の資本構成から資本コストを算定したり、DCF法では、運転資本の額や余剰資金の額や有利子負債の額を用いるということになります。

そして、その時点で法人税等の税額計算を行うことで、潜在的な未払税金債務も計算できます。

この点、最高裁で破棄されましたが、高裁でも支持された「次善の方法」では、時点については次のようになっています。

  • 「16年3月」を基準としたとはいえ、株主総会決議日は平成16年3月8日なのに平成16年3月31日の有利子負債を使用している。
  • 「16年3月」を基準としたのに、遊休資産について平成16年3月31日時点の時価評価額ではなく、平成21年1月までの実際の売却額を用いている。
  • 「16年3月」を基準としたのに、事業価値そのものは平成15年3月期実績値をベースにした予測期間における予測フリー・キャッシュ・フローを基礎にしている。
  • 「16年3月」を基準としたのに、おそらく平成15年3月31日の資本構成やリスクフリーレートを基礎とした加重平均資本コストが用いられていたと思われる。

ちなみに、若干それますが、抗告審において、被告は第1審判決での算定方法から余剰資金はゼロだとして減額修正しましたが、原告も、第1審の算定方法を基礎にしたうえでもっと大きな算定結果になるはずだという主張をしなかったのはなぜなのかと思います(実際には主張されたかもしれませんが)。

時価評価

また、固定資産の時価評価について、各算定者は、会社作成のものをそのまま使用しているか、あるいは若干の修正を行っています。

ただし、自己株式処分が取締役会で決議された平成15年10月の段階では、すでに平成15年分の路線価は公表されているはずなのに、算定によっては平成14年分の路線価が用いられているなど若干疑問を感じました。 路線価はその年の1月1日時点のものなので、評価時点とは異なります。ただ、公示価格など他の指標や、過去数年間の路線価の推移を見ながら評価時点での合理的な価格を見るという方法もあると思われます。 なお、路線価は評価の安定をはかるため、実際の時価の80%となっているとされるため、路線価をそのまま用いるのは過小評価となるため、路線価評価額を0.8で除するのは基本といえるでしょう。

また、いわゆる減価償却資産についても、業績が悪い場合には、昔のように償却費をゼロとはしないまでも法人税法上の当期償却限度額よりも少ない金額を償却費として計上してきている場合も少なくありません(要するに過大な簿価)。 耐用年数の妥当性そのものの検討まではいかずとも、正しい簿価なのかどうかは検討する必要があると考えられます。

先ほども申し上げましたが、第1審判決で、「次善の方法」とはいえ、「16年3月」を基準としたにもかかわらず、遊休資産について平成16年3月31日時点での時価評価をすることなく、平成21年1月までの実際の売却額を用いたことは少なからず驚きました。

事業計画

本事案では、自己株式処分および新株発行の時点では、実現可能性のある事業計画が存在していなかったとされます。

いっぽう、裁判では、必然的に「後出しジャンケン」となってはいますが、すでにその実現可能性はゼロに近い計画をベースにインカム・アプローチによる株価算定が行われたり、または、自己株式処分および新株発行が行われたのが平成16年3月期であることから、確定した直前事業年度(平成15年3月期)の実績値をベースにして一定の仮定に基づいた予測期間における収益(またはキャッシュ・フロー)に基づいたインカム・アプローチによる株価算定が行われています。

最高裁で破棄されましたが、第1審と抗告審では、「慈善の方法」(東京地裁判決)とはいえ、平成15年3月期の実績値をベースにして予測期間を平成16年3月期から平成20年3月期とした予測フリー・キャッシュ・フローによるDCFが採用されています。

入手した事業計画の修正の可否

事業計画を入手しても、その1年目の実績値はすでに出ていることが少なくありません。 スタートでブレているようでは、その数年後のブレっぷりは半端なく、しかも最終事業年度の予測値がDCFの残余価値に大きな影響を与えることからすれば、とんでもない過大(過少)評価につながりかねません。

「会社が作ったものだから、その実現可能性はオレ(アタシ)は知ったこっちゃない」という悪く言えば事なかれ的な考え方もありますが、委嘱された業務の本質を踏まえると、そこで事業計画それ自体の信頼性が問われるため、より実現可能性のあるように修正を入れるべきかの検討が必要だという考え方もあると思われます。

回帰分析による予測

本事案で悩ましいのが、自己株式処分や新株発行の当時は「業績は最悪期を脱しつつある時期」であったことです。

このため、事業計画については、正直、作成者が楽天的か悲観的かで大きく異なることになります。 「後出しジャンケン」ならいくらでも言えますが、その時点で予測することは極めて難しいといえます。

さて、事業計画はなかったとはいえ、当時は単年度予算に基づいて利益管理をしていたというのですから、少なくとも当時において月次決算はそれなりの精度があったと考えられます。 そこで、近似曲線による回帰分析を用いて将来の予測を行うことが考えられます。Excelなどで容易に行うことができます。これならば、恣意性をほとんど排除した状態での予測を行うことができます。

たとえば、自己株式処分は平成15年10月に取締役会で決議されましたが、過去からのトレンドと平成16年3月期の月次決算のうち平成15年9月月次決算までのデータを用いて回帰分析を行って将来の予測値を出します。 また、新株発行は平成16年2月に取締役会で決議されましたが、同様に過去からのトレンドと平成16年3月期の月次決算のうち平成16年1月月次決算までのデータを用いて回帰分析を行い将来の予測値を出します。

売上高を製品別などで分ければさらに精度が上がります。

支払利息と減価償却費

さて、将来の損益予測等を行う場合、直前事業年度の実績値をベースにして行うことが少なくなく、この裁判でもそれが用いられています。これらは損益計算をベースにしていることが多いのですが、損益予測のうち、かなり正確な予測ができるものがあります。それは支払利息と減価償却費です。

借入金は返済予定表によって借入金利息も評価時点において将来の状況も正確に出すことができます。つまり、将来の時点での資本構成も正確に出すことができるのです。

将来の減価償却費は、定率法によっていれば毎期異なりますし、年々償却が終了する資産もあります。しかし、減価償却ソフトを回せば簡単に予測期間ごとの減価償却費の額を出すことができます。

これに、評価時点で予定されている新規の設備投資予測によって当該設備投資に係る予測減価償却費も織り込むのです。 もちろん、この設備投資をいつ行うか(期首か期央か期末)によって予測期間中の減価償却費と予想純利益に影響を与えます。

予測貸借対照表

DCF法によって評価を行う場合、運転資本の増減高はまさにフリー・キャッシュ・フローを構成するため、予測貸借対照表の作成が重要と思われます。予測損益計算書どおりに進むとある予測期間に資金がショートすることがあります。つまり、新たな資金調達をしなければ事業が継続しえないのですが、予測貸借対照表を作成しないとそれに気づかないことがあります。 資金がショートしそうな場合に、予測損益を変更するか、支払サイトの変更をするか、資金調達の手段やその額をいくらにするかを合理的に行う必要があります。

余剰資金の議論

なお、抗告審では、余剰資金はいくらなのかという議論がありました。

「継続企業を前提としているのに清算価値を算定するような手法はおかしい」という主張があったのかどうかについては不明ですが、その前に、前受金というか流動負債の中味もよく吟味する必要があると思われます。支払(返済)義務のあるものなのか、それとも前受収益のようにもっぱら期間損益計算上のものなのかということです。

余剰資金については、たしかに売上高の2%とすることがお約束のようになっていることもありますが、過去の実際の資金繰りを分析して余剰預金を算定する方法もそれなりの説得力があると考えられます。

まとめ

「結論はあんま変わらないから(やらない)」のか、「結論はあんま変わらないけれどもとにかくイチャモンの芽をことごとくつぶしたいから(やる)」のかは、算定者のスタンスによると思われます。

そして、後者を選択する場合には、相応の作業スピード、労働生産性が求められると思われます。

( つづく )