消費税申告が簡易課税制度のために控除できなくなった仮払消費税等の回収 Part1
設備投資をして、消費税の申告が一般課税制度ならば還付を受けられたところが、簡易課税制度のために還付どころか納税となった場合、仮払消費税等が払い損になってしまうことがあります。
不動産所得を税込経理方式で行うと、そもそも払い損があったのかすらわからない可能性もあります。
「簡易課税だからしかたないね」で終わるのか、「払い損となった仮払消費税等につき、所得税等を減少させることで回収しようとするか」、ここが分かれ道です。
設例
- A氏は長く不動産賃貸業を営んでおり、その間消費税の申告を簡易課税制度で行ってきた。
- 消費税課税事業者選択届出書は提出していない。
- 当年分の消費税の申告は簡易課税制度である。
- 当年に借入金で新たに事業用賃貸物件を中古で取得した。
- このため仮受消費税等の額よりも仮払消費税等の額のほうが大きい。
- 取得費用がかさみ、取得が年の後半で賃貸料収入も少なく、不動産所得は赤字になるおそれがある。
設例解説
設例から次のことが判明します。
A氏は「消費税簡易課税制度選択届出書」を提出している。
A氏は、長い間消費税の申告を簡易課税制度で行ってきたということは、「消費税簡易課税制度選択届出書」を提出していることを意味しています。
A氏の前々年の課税売上高は1,000万円あるいは前年の上半期の課税売上高が1,000万円超である。
すべての事業者は消費税の納税義務者ですが、前々年(基準期間)の課税売上高が1,000万円以下で、かつ、前年の上半期(特定期間、1月1日から6月30日まで)の課税売上高が1,000万円以下の場合は消費税の納税が免除されます(免税事業者)。ただし、「消費税課税事業者選択届出書」を提出している場合には、過去の課税売上高に関係なく届出書を提出した翌年から、本来なら免税事業者となっても納税義務は免除されなくなります。
A氏は「消費税課税事業者選択届出書」を提出していないことから、前々年の課税売上高が1,000万円以下で、かつ、前年の上半期の売上高が1,000万円以下であれば消費税の納税義務は免除されることになります
ところが、A氏の当年分の消費税の申告は簡易課税制度ということなので、納税義務は免除されていない、すなわち、前々年(基準期間)の課税売上高は1,000万円を超えていたか、あるいは、前年の上半期(特定期間)の課税売上高が1,000万円超だったことがわかります。
A氏の前々年の課税売上高は5,000万円以下である。
次に、「消費税簡易課税制度選択届出書」を提出していたとしても、前々年の課税売上高が5,000万円を超えていると、当年分の消費税の申告を簡易課税制度で行うことはできず、通常の一般課税制度で申告しなければなりません。
A氏の当年分の消費税の申告は簡易課税制度だということは、前々年(基準期間)の課税売上高は5,000万円以下だったということになります。
A氏は前年中に「消費税簡易課税制度選択不適用届出書」を提出していない。
前々年(基準期間)の課税売上高が5,000万円以下であっても、前年中に「消費税簡易課税制度選択不適用届出書」を提出していれば、当年分の消費税の申告は簡易課税制度でなく一般課税制度によって行います。
A氏の当年分の消費税の申告は簡易課税制度だということは、前年中に「消費税簡易課税制度選択不適用届出書」を提出していないことになります。
動かしようのないこと
A氏は、設備投資等のために当年分の仮払消費税等の額が仮受消費税等の額を上回るため、消費税の申告が一般課税制度であれば消費税が還付されたのに、A氏の当年分の消費税の申告は簡易課税制度であるために、還付どころか納付となってしまいます。
簡易課税制度
通常の消費税の申告(一般課税制度)が、売上に伴って預かる消費税等(仮受消費税等)の額から事業のため支払った消費税等(仮払消費税等)の額を差し引いた残額を納税しまたは還付を受けるのに対して、簡易課税制度は、仮受消費税等の額から差し引く仮払消費税等の額は実際に発生した仮払消費税等の額ではなく、事業の種類によって定められた率(みなし仕入率)を仮受消費税等に乗じた額となります。
簡易課税制度を選択するメリット
簡易課税制度は、取引には消費税等を支払う取引と支払わない取引があり、正確な経理処理が煩雑ということで中小事業者に対する特例として設けられている制度です。
ところが、現実には、記帳の簡便さというよりも、みなし仕入率により算定した仮払消費税等相当額が実際に支払った仮払消費税の額よりも多く、この結果、申告計算上は仮受消費税から差し引く仮払消費税等が大きくなるため、簡易課税制度のほうが一般課税制度よりも納税額が少なくて済むことから簡易課税制度を選択することになります。
不動産業のみなし仕入率は50%(第五種事業)ですが、個人事業者は原則として平成28年分の申告から不動産業のみなし仕入率が40%(第六種事業)に減少します。この改正は、みなし仕入率が減るため納税額は増える増税改正になりますが、みなし仕入率により算定した仮払消費税等相当額が実際に支払った仮払消費税の額よりも多い実態も背景にあるのかもしれません。
簡易課税制度を選択したことによるデメリット
一般的に、みなし仕入率により算定した仮払消費税等相当額が実際に支払った仮払消費税の額よりも多いため、仮受消費税等の額から差し引く仮払消費税等が大きくなるため、簡易課税制度のほうが一般課税制度よりも納税額が少なくて済むため簡易課税制度を選択することになります。
さて、「みなし」だけに、たとえ実際の仮払消費税等の額のほうがみなし仕入率により算定した仮払消費税等相当額よりも大きい場合であっても、みなし仕入率により算定した仮払消費税相当額で申告しなければならないことになります。つまり、簡易課税制度によって消費税の納税額がかえって増えてしまいます。
A氏の場合には、実際の仮払消費税等の額がみなし仕入率により算定した仮払消費税等相当額よりも大きいどころか、仮受消費税等の額よりも大きいため、一般課税制度よりも納付額が増えるどころか、一般課税制度ならば消費税の還付だったのに納付になってしまいます。
税込経理方式のキケンな側面
さて、不動産所得の申告にあたっては会計帳簿が必要となりますが、消費税の経理処理の方法として、税込経理方式と税込経理方式があります。
消費税の経理方式については税込経理方式と税抜経理方式があります。
税込経理方式とは、消費税等の額を損益(必要経費や収入金額)に含める方式です。 仮受消費税等の額は売上高等の収入金額に含まれ、仮払消費税等の額は必要経費に含まれ、消費税の納税額(還付額)も必要経費(収入金額)となります。
いっぽう、税抜経理方式とは、基本的に消費税を損益に反映させない方式です。期中では仮受消費税等は負債科目、仮払消費税等は資産科目として処理され、期末に相殺された後の額も負債科目(納税額)や資産科目(還付額)となるため、消費税の納税額(還付額)は損益となりません。もっとも、期末に相殺された後の額と、消費税の実際の申告納付額(還付額)との差額は収入金額または必要経費となります。
ここで、混乱のないように確認させてください。税込経理方式と税抜経理方式とは、不動産所得の経理をどう行いますかという所得税の論点です。税込経理方式か税抜経理方式かよって各年分の消費税の納税額が異なることはありません。 いっぽう、一般課税制度と簡易課税制度とは、消費税の申告計算をどのように行いますかという消費税の論点です。
さて、お勉強的な議論では「消費税は預り金的な要素なのに、税込経理方式によって消費税等の額が損益を構成するのは理論的でない。よって、税抜経理方式を選択すべき」とされますが、現実的には、事業で生じる取引には消費税が課税されるものや課税されないものがあり、これを正確に経理処理するのは煩雑であるということから、消費税の申告が簡易課税制度が適用されるような中小規模事業者の多くは税込経理方式を選択しています、または、会計事務所等の都合で選択したことになっています。
ただ、税込経理方式は記帳が簡便ですが、税抜経理方式のように仮受消費税 a ⁄ c や仮払消費税 a ⁄ c の残高としてどれだけ消費税等を預かり支払っているのかが帳簿上からはハッキリわかりません。
収入金額や必要経費が消費税等の分だけ膨らんで、期末にいきなり納税額が必要経費になって(月次決算が崩壊)、それで終わりになりがちです。
税抜経理方式は、決算にあたり仮受消費税 a ⁄ c の残高と仮払消費税 a ⁄ c の残高を相殺するのですが、この相殺後の額と、消費税の簡易課税制度による申告計算の結果としての申告納付額との差額によって、簡易課税によってどれだけトクしたのか(差額は収入金額となります。)、それともどれだけソンしたのか(差額は必要経費となります。)が明確になります。
もし、会計事務所等に経理作業を委託している場合、簡易課税制度で申告することで一般課税制度で算定した額よりどれだけおトクだったのか、あるいは、(それが専門家の過失によるものなのかどうかは別の問題としても)実はとんでもなくソンしていたのかの説明を受けないと、「ああ消費税はいくら納めないといけないのね」で終わってしまうことになります。
簡易課税制度のために控除できない仮払消費税等の回収手段
消費税が簡易課税制度のために、一般課税制度であれば仮受消費税等の額から差し引けた(さらには還付を受けられた)仮払消費税等の額(以下、便宜上「簡易課税制度による控除不能消費税等の額」といいます。)はどうなるのでしょうか。回収されることはないのでしょうか。
消費税の申告で差し引くことが不可能なため、もはや控除不能消費税等の額は不動産所得の必要経費とせざるをえません。
結局、簡易課税制度による控除不能消費税等の額は、不動産所得の減少を通じて所得税、復興特別所得税および住民税を減少させることでしか回収できません。
しかも、回収できる額は「簡易課税制度による控除不能消費税額×所得税等の税率」にとどまります。
「今年の申告は簡易課税なんでしょうがないね」で終わってしまうか、それとも、所得税等の納付額の減少でどれだけ回収できるかネバれるか、そこが分かれ道です。
さて、「所得税等の額を減らす」というと、つい短絡的に「不動産所得をどう減らしますか」となり「じゃあ必要経費になるものをたくさん買いますか」となりがちです。
必要経費になるものを買うということは、これから購入資金の流出があり、その後の所得税の申告で必要経費にすることで、所得税等の納税額が減ることになります。要は、納税額を除いた分で購入できたという効果です。
ここでの目標は、すでに消費税を支払っており、本来ならそれによって申告納税額が減る(または税金の還付を受ける)ことができたのに不可能となった消費税額について、これを必要経費として所得税等の額を減らすことで回収しようとするものです。
( つづく )