( 5 )「棚卸から原価」ではなく「原価から棚卸」
月次棚卸を省略することによる弊害をなくす方法として、月次棚卸によって売上原価を算定するのではなく、売上原価を算定することで月次棚卸高を算定するアプローチをご紹介します。
「棚卸から売上原価」ではなく「売上原価から棚卸」
数量や単価それぞれについて多くのエネルギーを割きながら月次ベースでの棚卸を行うことは困難が伴います。
とはいえ、月次決算の数値をそれなりに重視する場合、このまま月次棚卸をまったくしないのでは月次決算の有効性は著しく低下してしまいます。
なにかしないといけない、少なくとも一歩ずつ前進させないければなりません。
ここで、売上原価とは、そもそも売上に要したコストを意味します。だとすると、月末における在庫金額を求め、そこから売上原価を間接的に算出するアプローチではなく、売上高から直接に売上原価を算定するアプローチが考えられます。
最初は滑稽な方法でも、徐々に精度を高めていくことが重要だと思われます。
レベルに応じて精度アップ
Step 1
当月の売上高に原価率を乗じた額をもって当月の売上原価とする方法です。
当月の売上高が10,000であった場合、原価率を60%とすると、10,000に60%を乗じた6,000を当月の売上原価とするのです。
この場合、別個に実際の製造費用や仕入高が計上されています。この額が8,000だったとします。そこで「棚卸資産調整勘定」「売上原価調整勘定」などといった勘定科目を新設して調整します。この例では、次のとおりとなります。
(借) | 棚卸資産調整 | 2,000 | (貸) | 売上原価調整 | 2,000 |
仕訳入力後は、当月の売上原価は6,000となります。
この仕訳は、毎月毎月洗い替えをすることになります。もちろん、期末決算など、オフィシャルな決算を行う際には残高をゼロにします。
ところで、この売上高に乗じる原価率ですが、本来ならば原価計算などによって算定するべきなのでしょうが、それを現状ではできないとすると、結局は前期の確定決算での全社的な原価率を基礎とすることになります。
たしかに、多品種の製品や商品を扱っていたり、多様な販売形態があるとすると、全社的な原価率を適用するのはアバウトすぎます。前期と当期は違うということもあります。
しかし、何もしないよりはマシです。最初の一歩ではこのくらいでもやむをえないのです。
ただし、今後のために記録しておくことがあります。
いかなる会社でも「何を」「いくつ」売上げたのかは把握しているはずです。これをデータベース化しておくのです。さらに、「何を」「いくつ」サンプルとしてどこに提供したかを記録しデータベース化しておきます。サンプルの受払いを明らかにしておくことは、在庫管理上必須であるばかりでなく、「在庫調整による粉飾」という誤解を受けないためにも必要です。
あわせて、当月は何をどれだけ製造したのか、何をどれだけ仕入れたのかをデータベース化しておくことです。
当月に「いくら」製造費用がかかったのか、「いくら」仕入れたのか、それは月次決算でいつも反映されています。しかし、「何を」「いくつ」製造したのか、「何を」「いくつ」仕入れたのかは、記録はしてもデータ化していないことが少なくありません。データ化はしても会計には利用されていないことが少なくありません。それを有効活用していくのです。
ムダな追加的作業を行うことなく、他の部署等が作成した非会計データをどう会計データに取り込んでいくか、これが重要です。
過去をひっくり返すのは後ろ向きな作業でモチベーションも下がります。当月どうだったのかをキチンと把握する努力をすれば、いずれデータは蓄積されますし、その作業もより効率化するのです。
Step 2
当月の売上高を売上のタイプ(製品や販売形態)に区分して、そのタイプごとに原価率を乗じて当月の売上原価とします。
すべてを一緒くたにした売上高に、全社的な原価率を乗じた額はあまりにもアバウトでした。
売上のタイプごとに原価率は異なるはずです。そこで、それぞれのタイプの原価率を乗じるのです。
結果はあまり変わらないこともありますが、精度が向上していることは明らかです。
いっぽうで、当月は「何を」「いくつ」売上げたか、「何を」「いくつ」サンプルで出したか、「何を」「いくつ」製造したか、「何を」「いくつ」仕入れたかのデータ取りは継続します。ただし、こちらも少しステップアップして、従業員等の活動状況を把握してゆきます。「何の作業をしていたのか」ということです。
Step 3
ある程度期間が経過すると、データが相当程度蓄積し信頼性も向上するため、数量ベースで、月初めの数、当月の製造(仕入)数、当月の売上などの払い出し数を把握できることになります。
いっぽう、原価計算の方法なども整備されていくことになります。すると、「各月の製品の製造原価(製造単価)」「各月の仕入商品の単価」が把握できるようになります。
すると、売上原価を、売上数量に製造単価や仕入単価を乗じた額とすることができます。
これにより、これまでの売上原価の算定式である・・・
期首棚卸高+当期発生費用(製造費用や仕入高)−期末棚卸高=売上原価
・・・から、むしろ、積極的に売上原価が算定されて、期末棚卸高はその差額ということになります。
期首棚卸高+当期発生費用(製造費用や仕入高)−売上原価=期末棚卸高
このレベルは、いわゆる「継続記録法」に近いものといえます。
Step 4
これまでの、期末の棚卸高(在庫金額)を算定し、その差額としての売上原価が計算される方法から、先に売上原価が算定され、その差額としての期末の棚卸高が計算されることになります。
在庫金額は数量に単価を乗じることによって得られますが、その単価も、毎月算定しているためにその精度は著しく向上しているはずです。
さて、このような処理での期末の在庫数量は、期首の在庫数量から当期の製造(仕入)数量を加算し、売上やサンプルなどの払い出しの数量を減算した値です。ここで、本当の意味での棚卸し、すなわち「実地棚卸し」が効いてくるのです。
正規の決算時には、計算上の期末数量(帳簿棚卸高)に対して、実際の現物の数を計測することで、帳簿棚卸による数量を調整するのです。
まとめ
どのレベルにまで精度を上げるかということは、けっきょくは「何をやりたいんですか」に依存します。とくにやりたいことがないのにいたずらに精度を上げてもムダです。
もっとも、最低限押さえるべきところを押さえたうえで、あとは精度の問題にしておくことは重要ではないかと思われます。
( つづく )