( 1 )同じ株式なのにふたつの株価
株式の譲渡は会社の支配権の異動であり、これは売買価格を決める場合でも重要なポイントとなります。買主となる者が株式の取得によって議決権の占める割合の過半数や2/3に達する場合は、会社支配に重要な意味を持つため、売買価格は高くなります。 逆に、買主となる者が株式を取得してもさして経営に重要な影響を及ぼさない少数株主にとどまる場合は、株式の価値はもっぱら配当請求権部分に限定されるため、売買価格も低くなります。
このように、同じ株式、同じ株数であっても、売買後の買主の経営への影響力いかんよって株式の価値は大きく異なります。
非上場株式の売買価格(株価)を決定する際、税法のルールで株価を算定することも少なくありませんが、税法のルールでも、会社の株主構成や支配力によって算定される株価が大きく異なります。
同じ株式なのに(大きく)異なる株価
市場(取引相場)で不特定多数の者による需要と供給で株価が決まる上場株式とは異なり、上場されていない株式を売買するときには、売主と買主との交渉で売買価格を決めることになります。
さて、株式には基本的に重要なふたつの権利があります(普通株式の場合)。その株式を発行する会社の経営を支配する権利(議決権)と、会社があげた利益から配当をもらう権利(配当請求権)です。
株式を取得することで、その会社の(普通)株式をより多く保有すれば、それだけ会社を支配する影響力が高まるということです。会社法の規定どおりの定款ならば議決権の過半数を保有すれば役員を選任することができるため、自らあるいは自分の意向に忠実な役員を選任して会社の経営に当たることができます。
この点で、株式の譲渡は会社の支配権の異動であり、これは売買価格を決める場合でも重要なポイントとなります。
買主となる者が株式の取得によって議決権の占める割合の過半数や2/3に達する場合は、会社支配に重要な意味を持つため、売買価格は高くなります。
逆に、買主となる者が株式を取得してもさして経営に重要な影響を及ぼさない少数株主にとどまる場合は、株式の価値はもっぱら配当請求権部分に限定されるため、売買価格も低くなります。
このように、同じ株式、同じ株数であっても、売買後の買主の経営への影響力いかんよって株式の価値は大きく異なります。
広く適用される税法ルール
さて、市場(取引相場)で不特定多数の者による需要と供給で株価が決まる上場株式とは異なり、上場されていない株式を売買するときには、売主と買主との交渉で売買価格を決めることになりますが、実務上は税法のルールによる株式評価で算定された額によることも少なくありません。
買収などの完全な外部の第三者との譲渡ではなく、ある意味で身内(親族や従業員や取引先など)の中での株式の異動の場合はその傾向が強いです。
とはいえ、税法のルールで算定された株価が企業価値を真に反映しているわけではありません。なぜなら税法のルールは「公平な課税を実現すること」「税務当局の担当官が画一的な基準で迅速に課税処理を行うこと」が主目的だからです。
にもかかわらず、税法のルールが実務上広く使われているのは、算定された株価が会社の適正な株式価値を反映しているかどうかはさておき、明確なルールに従って算定されているため、利害が対立する当事者間でも納得しやすいのです。
よって、別のところでも述べていますが、税法のルールで算定された株価で売買しなければならないルールはありません。
売主と買主が瑕疵なく合意すれば売買契約は有効です。
とはいえ、当事者間で合意した株価であっても、税法のルールで算定された株価を完全に無視してよいわけではありません。
実際の売買で算定された株価と税法のルールで算定された株価が乖離していて課税されるリスクがあれば、しかるべき納期限までにしかるべき税額を納付する必要がありますし、逆に言えば、税務当局との関係ではそれで足りるということです。
税法ルールの概要
一般に、税金はもうけ(利益あるいは所得)に対してかかります。
株式を譲渡してもうけが出るのは、譲渡した株式の売却価格が、その株式の取得に要した価格を超える場合です。
もうけが出たのが個人ならば所得税、会社(法人)ならば法人税がかかります。
さて、非上場株式の売買価格を決めるのに用いられる税法のルールですが、実は所得税法や法人税法そのものではなく、相続税法のルールが流用されています。
相続税法のルールとは、具体的には財産評価基本通達です。
相続税法には相続税と贈与税が規定されています。相続税は被相続人から相続または遺贈によって財産を取得した人にかかる税金で、贈与税は贈与(無償あるいは時価よりも著しく廉価)によって財産を取得した人にかかる税金です。
相続、遺贈、贈与にしても、基本的に無償(タダ)で財産を取得したことになるため、税額を算定するためには財産の価値を算定する必要があります。とはいえ、納税者が各々独自の方法で評価すると当局としてもその妥当性の検討が各担当者にバラツキがでると公平性の点で問題ですし、検討に時間がかかり迅速な課税処理ができません。そこで、画一的な基準として財産評価基本通達があります。財産評価基本通達は国税当局の担当者が課税処理をするための内規にすぎませんが、公表され実務家も基本的にこれを参考にしているため事実上法律として機能しています。裁判所の判例もそうなってます。
よって、非上場株式の譲渡における売買価格を決める際に、税法のルールで行わなければならないことはありませんが、課税リスクを避けるためには税法のルールで算定された評価額は考慮する必要があり、そのためには財産評価基本通達のルールについて通じることが大切です。
ただ、誤解のないように申し上げますと、非上場株式の売却益に対して売主である個人や法人に相続税や贈与税がかかるのではありません。あくまで非上場株式の評価に相続税法のルールが(若干変更されて)適用されるだけで、売却益については個人には所得税、法人には法人税がかかります。ただし、個人が買主の場合に、著しく低廉な価格で株式を取得した場合は、一部が贈与を受けたとして贈与税がかかります。
会社区分よりも前に株主区分
先ほど申し上げたように、同じ株式、同じ株数であっても、売買後に買主がどのくらいの会社支配ができるのかによって株式の価値は(大きく)異なります。
これは税法ルール(財産評価基本通達)でもそのようになっています。
財産評価基本通達では、相続もしくは遺贈または贈与によって株式を取得した場合、取得後の議決権比率によって評価方式が大きく異なります。
財産評価基本通達のルールというと、ついつい「会社区分」だとか「類似業種比準価額」だとかすぐそちらに話が行ってしまいますし、そのテの専門書のそこに大量の紙数が割かれていますが、実はそれ以前の株主判定のほうがよっぽど重要なのです。
株主判定は、(通常は)高く評価されうる株価(原則的評価方式)と(通常は)低く評価されうる株価(特例的評価方式=配当還元方式による評価額)のどちらが適用されるのかということです。
ということは、同じタイミングなのに、誰に売るかによって売買価格がぜんぜん違うこともあるということを意味するのです。
( つづく )