( 5 )譲渡希望株主側からの買取り交渉 Part1

株主が株式を売却したい動機はなんでしょう。もっとも端的な理由は投下資本の回収です。すなわち、出資した金額を再び現金化したいということです。

一般的な経済合理性からすると、出資した金額よりもいかに多くの資金として回収できるか(キャピタルゲインの最大化)、あるいは、出資した金額のうちどれだけ回収できるか(キャピタルロスの最小化)ということになります。

しかし、譲渡には会社サイドの承認が必要で、株価算定の情報を入手することは困難であるため、情報や専門性の点でかなりのハンデを負っていることになります。

そこで、会社サイドから提示された売買価格について分析検討することが重要です。

不利な状況

株主がその有する株式を譲渡しようとする場合、当該譲渡株式の取得予定者(以下「株式取得予定者」といいます。)がその株式を取得することについて承認をするか否かの決定をするよう会社に請求します(譲渡承認請求)。

会社は、請求を承認するかについて機関決定します。一般的には取締役会の決議により、また、取締役会を設置していない場合には株主総会の決議により、また、定款に別段の定めがある場合にはこれによります。

会社としては、当該譲渡株式の取得予定者がまったくの第三者の場合には、通常は譲渡承認をしません。なぜならば、株式に譲渡制限を付している理由は、同族関係者あるいは近親者によって会社を運営しようとする場合、これらの者以外の者が株主になることを防ぐことにあるからです。

もちろん、会社が譲渡承認をしなくても、当事者間の間では取引は有効なので、譲渡株主としては投下資本の回収という目的は達成できます。しかし、当該株式の取得した者は、譲渡が承認されない以上会社との関係では株主としての権利行使ができないことから、特段の事情がないかぎりそもそも株式の取得に応じないと考えられます。

とすると、株主が株式を譲渡しようとして、会社から譲渡承認を得られる相手方(以下「株式取得予定者」といいます。)は、多くの場合、会社関係者(大株主や役員と親密な者)あるいは会社関係者と一定の信頼関係のある者となります。

株式価値算定の基礎となる情報の入手

株主側からの売買価格提示は困難

株主が株式を譲渡する最大の理由は、出資した金額を回収することにあります。このため、売買価格は高いにこしたことはありません。

では、会社に対して「この金額で株式を譲渡したい」と打診できるでしょうか。基本的に厳しいと言わざるをえません。

なぜなら、株式価値を算定するためのすべての情報は会社が保有しているため、株主側から会社(株式取得予定者)にそれなりの精度の株式価値に基づく売買価格を提示することはほぼ不可能です。まして、持株比率が低かったり、役員等として会社経営にタッチしていない場合には、売買価格を交渉しようにも、少なくとも事前に価格算定の基礎となる情報の入手は相当困難です。

なにより、譲渡制限株式の譲渡は、会社によって承認されなければならないのです。事前段階で無用な争いは避けるべきです。

事前の情報収集

それでも、事前に可能な限り情報を入手しておくことが重要です。

これらの事前の情報の入手の目的は、一定の売買価格のイメージをつかむためと、株式譲渡の打診のあとで会社側から売買価格とその算定根拠の提示を受けた時に、これらの資料の裏取りをするためです。

とはいえ、現実問題として、どんな少数株主でも株主として入手できる情報は、定時株主総会で入手できる事業報告に添付されている直近事業年度の決算書類です。この貸借対照表を基礎としたネットアセット・アプローチに基づく株式価値をおよそ算定することができます。

貸借対照表の純資産の部の額を、発行済株式総数で割ると、ざっくりとした1株あたりの価値(株価)が算定されます。この算定方法は、ネットアセット・アプローチの簿価純資産価額による株価の算定方法です。

さて、一般的に、売買価格が高く算定されるのは、将来の収益(キャッシュフロー)予測に基づくインカム・アプローチによる場合です。とはいえ、将来の収益予測に関する情報は、株主が大株主や役員等として会社経営にある程度関与していないかぎり入手するのはほぼ不可能です。しかも、たとえ収益予測に関する情報の提供を受けられたとしても、株式譲渡を察知されたら、株価が低く算定されるような「保守的な情報」を提供される可能性があります。

ちなみに、コンプライアンスの問題はさておき、もし、金融機関等に提出している事業計画の概要でも入手できれば極めて有用です。金融機関等に提出している事業計画は、通常の場合には「強気」すなわち右肩上がりの予測となっていることが多く、これを基礎としてインカム・アプローチで算定すれば株価は高く算定されうるからです。もっとも、「インカム・アプローチで評価する」ことで合意した場合ですが・・・

株式譲渡の打診と売買価格の算定根拠の入手

譲渡制限株式の譲渡には取締役会等の会社機関による承認決定が必要なため、まずは株式を譲渡したい旨を内々に打診することになります。正式に譲渡承認請求を会社に行う場合には相手方を示す必要があるところ、現実問題として株式譲渡が承認されるのは、基本的に譲渡の相手方(取得予定者)は会社関係者であることから、会社としても誰が株を取得するか検討する必要があるからです。

その後、会社サイドから、株式を取得する者の打診とともに、株価についてのオファーを受けることが一般的です。

ここで、売買価格(株価)の算定の根拠(株式評価報告書など)を必ず入手しましょう。なんでその価格になるのかの根拠を知り、かつ、その妥当性を検討するためです。

提示された売買価格の検討

提示された売買価格の検討にあたっては、可能なかぎり個々の数値の基礎となる資料(事業計画、法人税申告書、固定資産明細、時価評価の対象となった資産の明細など)の入手し、その算定プロセスの妥当性をチェックします。とくに、株式取得予定者としてはより安く買いたいという動機があることから、算定結果もより低くなるようになっていることが少なくないからです。この検討には専門家のサポートも必要かもしれません。

とくに、株式取得予定者としてはより安く買いたいという動機があることから、算定結果もより低くなるようになっていることが少なくないからです。

インカム・アプローチ、すなわち、将来の収益(キャッシュフロー)予測を現在価値で割り引いた株式価値は、過去の実績を基礎としたネットアセット・アプローチによる価値よりも高くなることが一般的です。

そこで、安く取得できればそれにこしたことはない株式取得予定者が提示してくるのは、ネットアセット・アプローチによる株式価値を出してくることが考えられます。

インカム・アプローチによる算定の要求

株式取得予定者がネットアセット・アプローチで算定された株式価値をベースとした売買価格を提示してきた場合には、「これから株式を取得して株主になろう(または追加取得により会社経営権を強化しよう)とするのなら、過去の結果を基礎とした価値ではなく、将来の予測を現在で測定した価値で評価すべきではないでしょうか」と主張することが考えられます。

また、株式の取得によって持株比率を上昇させるということは、通常は議決権をより多く取得することで会社の支配権を強めることになります。そこで、この支配権に相当する価値(コントロール・プレミアム分)も加えるべきと主張することが考えられます。

株式取得予定者からの反論

これに対して、株式取得予定者、あるいは、会社サイドからは、次の反論が考えられます。

「株式を売って株主でなくなろうとしているのに、将来の収益を語るのは矛盾していないでしょうか。それならばもっと株式を保有し続けたらいかがでしょうか。」

大株主であったり役員等として会社経営に積極的に関与していた場合には・・・

「株主として(さらには役員等として)経営に参加してきたその実績を反映させるためには、ネットアセット・アプローチによるのが妥当ではないでしょうか。」

特に、会社の経営状況が芳しくない状況では・・・

「過去の経営成績の結果を基礎としたネットアセット・アプローチによる評価こそ、一定の株主責任や経営責任を反映していると考えられます。この業績の低迷している状況というのは一定の責任を負うべきなのに、これを度外視して実現可能性が高いとは思えない将来収益をベースにした株式価値を主張されるのは理解に苦しみます。」

株主が株式を取得したときの株価の算定方法

株主が株式を取得したときの株価の算定方法も交渉の論点にはなりえます。

つまり、出資した時(株式を取得した時)の価格の決定にあたって、株価の算定方法がインカム・アプローチに基づいていた場合には、今回もインカム・アプローチに基づいて算定すべきだという考えです。

ただし、株式を取得したときの株価の算定方法がインカム・アプローチだからといって、今回もインカム・アプローチで必ず評価しなければならないことはありません。

もっとも、出資した時(株式を取得した時)のネットアセット・アプローチによる算定結果よりもインカム・アプローチによる算定結果のほうが極めて大きかった場合には、「高く買わされた」ということになります。その後、インカム・アプローチの基礎となった事業計画通りに実績が伴わなかった場合には、その原因は必ずしも経営陣の責任のみとは言えないまでも、今回の売買価格の算定方法でインカム・アプローチで評価するよう求める根拠のひとつにはなりうると考えられます。

その後、インカム・アプローチの基礎となった事業計画通りに実績が伴わなかった場合には、その原因は必ずしも経営陣の責任のみとは言えないまでも、今回の売買価格の算定方法でインカム・アプローチで評価するよう求める根拠のひとつにはなりうると考えられます。

これに対して、その既存株主が一定の議決権を保持していたり、さらに役員等として経営に参与していた場合には、その事業計画通りに実績が伴わなかったのは、既存株主の株主責任や経営責任があるといえるのであり、「高く買わされた」といった批判は当たらないという反論が考えられます。 そうしますと、(不確実な)事業計画に基づくインカム・アプローチは採るべきでなく、より客観的なネットアセット・アプローチによる算定方法によるべきということになります。

そうしますと、(不確実な)事業計画に基づくインカム・アプローチは採るべきでなく、より客観的なネットアセット・アプローチによる算定方法によるべきということになります。

ネットアセット・アプローチでの交渉

貸借対照表の純資産の部の額を、発行済株式総数で割ると、ざっくりとした1株あたりの価値(株価)が算定されます。この算定方法は、ネットアセット・アプローチの簿価純資産価額による株価の算定方法です。

直近事業年度の貸借対照表が債務超過である場合には、株価はゼロである可能性があります。

しかし、売買価格というのは、売買の時の価値すなわち時価によるのが理論的であるところ、簿価すなわち会計上の帳簿価額をベースにした株価では、資産の価値は資産を取得した時の価格(取得価額)で計上されているため、時価とは異なっています。

簿価に基づく貸借対照表上は債務超過であっても、時価で引き直した場合、たとえば含み益のある土地や有価証券を保有していたり、貸借対照表に計上されていない価値(借地権や営業権など)がある場合には、債務超過とはならず、株価は大きく算定されることになります。

もしそのような場合、会社としては情報ギャップのみならず専門性ギャップを衝かれて、そういう情報を可能な限り示されないまま低い価格で納得してしまうことも考えられます。

もったいないです。

税法上のルールで算定された株価

税務上のルールで算定された株式価値は必ずしも適正な株式価値を表したものではないことは、いくつかの判例でも示されています。これらによると、税務上の株価算定のルールは、課税の公平や画一的処理という目的によって国家の国民に対する公権力の行使関係を律する基準で、私人間の具体的個別的な利害対立の状況で株式価値を測定するという目的とは異なるからと説明されます。

しかし、一方で、課税の公平や画一的処理を目的としているからこそ税務上の株価算定ルールは一定の客観性が担保されているとも考えられます。また、税務上のルールで算定された株価と異なる価格での取引は、税務当局とのトラブルを生じるリスクもありうることから、売買価格の判断にあたっては一定の考慮に値するとされています。

安く買い取りたい側は「税金を負担してでも相手に余計な支払いをしたくない。」となりますし、高く売りたい側は「税法上のルールで算定された価格で取引しなければならない義務はない。実際の価値はもっと高いはずだ。」となります。

強行突破

売買価格の算定の基礎資料などの提出を受けることもなく、売買価格だけの提示の場合で、あまりにも売買価格が低すぎて納得できない場合には、それを呑んで譲渡したり、あるいは、譲渡を断念する(株主でありつづける)という選択もありますが、どうしても株式を売却して資金化したい場合にはもうひとつの方法があります。

自分の知り合いなど会社にとっては第三者を株式取得者にして法律上正規の手続である株式譲渡承認請求を行うのです。

会社が譲渡承認を拒否することはほぼ間違いないことが予想されるので、請求の段階で「もし承認をしない場合には、会社か会社が指定する買取人(指定買取人)が株式を買い取る旨」を併せて請求します。

これにより、株式が譲渡できることは確実となります。そして、会社または指定買取人との間であらためて売買価格の交渉ということになります。

この協議は、先ほどの内々のものではなく、正規の法律に則ったものです。

会社または指定買取人からの通知があってから20日間を限度として行われます。 協議で調った価格で決定されますが。その期間内に、裁判所に売買価格の決定を申し立てることもできます。 20日以内に両当事者ともに裁判所に申立てを行わないと、1株当たり純資産額が売買価格となります。

( つづく )