( 4 )株式取得希望者側からの買取り交渉 Part2

譲渡予定株主に売買価格を提示するにあたっては、当該株主に専門的知識があるかどうかが極めて重要になりますが、それと同様に相手方(譲渡予定株主)がどの程度の議決権比率すなわち経営権を保有しているのか、あるいは、役員として経営に関与しているのかどうかによって交渉は大きく異なります。

ただ、いずれの場合も、なるべく低い価格を提示することになります。

これに対して、譲渡予定株主からは反論が考えられますので、それに対する対応が必要になります。

譲渡予定株主の経営関与による区分

譲渡予定株主に売買価格を提示するにあたっては、当該株主に専門的知識があるかどうかが極めて重要になりますが、それと同様に相手方(譲渡予定株主)がどの程度の議決権比率すなわち経営権を保有しているのか、あるいは、役員として経営に関与しているのかどうかによって交渉は大きく異なります。

議決権比率が高い、あるいは、当該株主が役員等である場合

この場合、当該株主は会社の内情について承知しているため、情報ギャップは少ないと考えられます。よって、株式価値が高く算定されやすいインカム・アプローチの基礎となる事業計画等の入手も困難でないかもしれません。 とはいえ、最初の段階では、もっとも株価が低く評価される算定方法による価格を提示することになります。

議決権比率が低く、役員等でもない場合

このような少数株主の場合には、経営への関与ということはほぼ関心がないと考えれられることから、当該株主が株式取得に際して要した金額を踏まえたうえで、 1 株当たり純資産価額(ネットアセット・アプローチ)や配当還元価額を提示することになります。

譲渡予定株主(経営に一定以上関与していた場合)からの主張とその対応

譲渡予定株主の主張

一定の議決権割合を有していたり、役員等に就任している(た)ことで経営に相当程度関与している(た)株主は、まずは株価の算定の根拠となる資料を入手し、検討することになります。

譲渡予定株主からすると、これから株式を取得して株主になる(または持株比率を上昇させる)ということは、その株式価値は「過去どうだったのかという価値」よりも「これからどうなのかという価値」が重要になると考えられます。

だとすると、株式価値の算定も、過去の情報に基づいた株式価値の評価方法(ネットアセット・アプローチ)ではなく、将来の収益予測に基づいた株式価値の評価方法(インカム・アプローチ)で算定すべきだということになります。

このため、株式取得希望者がネットアセット・アプローチで算定された株式価値をベースとした売買価格を提示してきた場合には、「これから株式を取得して株主になろう(または追加取得により会社経営権を強化しよう)とするのなら、過去の結果を基礎とした価値ではなく、将来の予測を現在で測定した価値で評価すべきではないでしょうか」と主張することが考えられます。

また、株式の取得によって持株比率を上昇させるということは、通常は議決権をより多く取得することで会社の支配権を強めることになります。さらに、このプレミアム分も価値に加えるべきと主張することが考えられます。

株式取得希望者の反論

これに対する株式取得希望者の対応として、譲渡予定株主がこれまで会社経営に対して一定以上の影響を与えていたことをとらえ、「これまでの会社経営に対する総括」の意味で過去の情報をベースにしたネットアセット・アプローチによる株式価値の算定が妥当だという反論が考えられます。

とくに、近年の経営成績が芳しくないとすると、「この業績の低迷している状況では一定の株主責任や役員としての責任を負うべきなのに、これを度外視して実現可能性が高いとは思えない将来収益をベースにした株式価値で評価せよというのは理解に苦しみます。」と反論することが考えられます。

また、プレミアム分についても、「ネットアセット・アプローチそれ自体が、会社経営を反映した結果としての数値であって、すでに経営支配としてのプレミアム分は織り込まれているはずです。」と反論することが考えられます。

落としどころ

株式取得希望者としては、なんとか株式を取得したいので、当初提示した価格よりも多少高いものになってもやむをえないという考えがあります。

ただし、将来の収益予測に基づいた株式価値の評価方法(インカム・アプローチ)での算定を無条件に受け入れると、将来収益予想の妥当性での争いとなり深みにはまる可能性が高いため、同じ土俵すなわちインカム・アプローチの算定結果での争いは避けたいところです。

そこで、次の段階で(あるいは当初の提示の段階から)、ネットアセット・アプローチといっても、税法のルール(相続税法の財産評価基本通達)による評価額を提示することが考えられます。

税法のルールで算定された株式価値は必ずしも適正な株式価値を表したものではないことは、いくつかの判例でも示されています。これらによると、税務上の株価算定のルールは、課税の公平や画一的処理という目的によって国家の国民に対する公権力の行使関係を律する基準で、私人間の具体的個別的な利害対立の状況で株式価値を測定するという目的とは異なるからと説明されます。

しかし、一方で、課税の公平や画一的処理を目的としているからこそ税務上の株価算定のルールは一定の客観性が担保されているとも考えられます。また、税法のルールで算定された株価と異なる価格での取引は、税務当局とのトラブルを生じるリスクもありうることから、売買価格の判断にあたっては一定の考慮に値するとされています。

そこで、この税法のルールを基礎とした価格をベースにして交渉を行うことになります。

注意したいのは、個人と個人の取引所の相場のない株式の譲渡にあたっては、税法のルールで計算された価格を大幅に上回る価格で譲渡したとしても、特段の問題(法人が当事者の場合の高額譲渡)は生じません。そこを衝かれると若干厳しいといえば厳しいことになります。

譲渡予定株主(経営に関与していない場合)からの主張と対応

譲渡予定株主の主張

議決権比率も低く、株主総会等にも積極的でない(なかった)少数株主でも、上記とほぼ同様の反論があることが考えられます。

また、既存株主が少数株主である場合に、税務上の配当還元価額をもちかけられたときには、「そもそも今まで配当は一回もないですよね。それなのに、なんで配当を基準にした価値なんですか?」と反論することが考えられます。

株式取得希望者の対応

これに対し、たとえば、譲渡予定株主がこれまで株主総会にも出席せずに会社経営に対してまったくといっていいほど影響を与えていなかったことをとらえ、「これまで経営に無関心だったのに、ここで将来収益計画によるインカム・アプローチによる評価を説くのは疑問です」というような反論も考えられなくもありません。

ただ、譲渡予定株主のほうが譲渡に積極的ではなく、株式取得希望者の方が積極的に株式を取得したい事情のため若干苦しいものがあります。

「税法ルールでは配当還元価額で評価することになっています」と説いても、「税法は国家と私人との関係ですよね、私人間は別物ではないでしょうか」と切り返されると厳しいものがあります。

その株主が会社設立時からの出資で、その期間も長く、その目的も経営関与などではなく純粋な支援やつきあい的なものであり、 出資額もそれなりの額で、これまで経営に対して異議を唱えたこともない、会社の業績が好調で配当は可能であったにもかかわらず配当もなかったときは、株主からすると長期間無利息で資金を寝かせていたことになります。たしかに投資とはそういうものだということとはいえ、このような株主には、一定の配慮(投資期間に少なくとも普通預金利息程度を上乗せするなど)が必要かどうか検討することが考えられます。

また、譲渡予定株主の株式取得価額や取得した時の株価の算定方法なども考慮する必要があります。とくに、株式取得時にインカム・アプローチによって算定された高額な株式価値を基礎に投資した株主の場合には、会社の業績がよい場合で配当がないのに配当還元価額を提示されるのは合点がいかないと思われます。当該株主の株式取得価額を把握しつつ交渉に当たることになるでしょう。

配当がまったくない場合では、税法上のルールで算定された配当還元価額は、資本金等(資本金と税法上の資本積立金の合計額)を発行済株式総数で除した額の半分になりますが、会社の財政状態が著しく悪化している場合には、税法上の配当還元価額のほうが原則的評価方式により計算した純資産価額等を上回っていることもあります。

この場合、相続や贈与等の局面では、配当還元価額を下回る原則的評価方式により計算した価額を採用できますが、より高い配当還元価額であるとして納得してもらうことも考えられます。

( つづく )