( 3 )株式取得希望者側からの買取り交渉 Part1

一般的に、譲渡制限株式を取得しようとするのは、基本的には会社関係者(大株主や役員あるいはその近親者)、あるいは、会社関係者と一定の信頼関係がある者です。

株式を取得する動機のひとつが、一定の持株比率(議決権割合)を取得し、あるいは、高めることによって会社の経営権を取得、あるいは、強化することです。

このため、株式の取得希望者としては、多少高い価格であっても取得したいということになりますが、交渉では、まずは株式価値がより低く算定されるようなアプローチで算定された額をタタキ台とすることが考えられます。

(株式譲渡の動機がない)株主に対して株式譲渡を依頼する場合

一般的に、譲渡制限株式を取得しようとするのは、基本的には会社関係者(大株主や役員あるいはその近親者)、あるいは、会社関係者と一定の信頼関係がある者です。

なぜなら、譲渡制限株式を発行する会社の株式を有効に取得するためには、取締役会などの一定の会社機関による承認決定が必要だからです。もろもろの懐柔などを行って株式を取得しても、相手方との間では有効であっても会社との関係では無効となり、株主としての権利を行使できないのです。

ここで、株式を取得する相手方とは、会社の現在の株主です。

株式取得希望者の動機

株式を取得する動機はさまざまです。一般には株式の議決権を取得して会社支配(経営)に関与する動機、会社経営には関心がなくもっぱら株式からの配当を得ようとする動機、株式上場とそれによる譲渡益を期待する動機などがありますが、これらいずれも関係ない信頼関係による付き合い的な動機もあります。

とくに、すでに株主である会社関係者が株式を(追加)取得する動機はなんでしょう。会社関係者もまた株主であるとすると、持株比率(議決権割合)を高めることによって会社の経営権をより強化することが考えられます。 すでに議決権の過半数(または2/3超)を保有している場合でも、それがグループで過半数(または2/3超)だとしたら、単独で保有しているほうがより安定的といえるからです。

このため、株式の取得希望者としては、多少高い価格であっても取得したいということになります。

譲渡を持ちかけられた株主(以下「譲渡予定株主」といいます。)の対応

株式の譲渡をもちかけられる譲渡予定株主としては、保有する株式を譲渡したくないときは拒否することになります。

その一方で、譲渡制限株式というきわめて流動性が低く換金性がないものについて換金ができる機会が訪れたことは、「渡りに船」ということで交渉に応じるのも悪くありません。

そして、譲渡するのなら、株式を取得した価額よりも高い額で売却したいということになります。

株式取得希望者(会社関係者)があらかじめ押さえておく事項

譲渡予定株主の株式取得価額の確認

譲渡予定株主に提示する売買価格は、情報ギャップ、専門性ギャップ、そしてもろもろの「パワー」を背景になんの算定根拠もなく提示されることも少なくありません。

ただし、必ずしも積極的に株式を譲渡する意図のない株主から株式を取得しようとしているのですから、当該株主が譲渡してくれるような動機づけが必要になります。

そこで、売買価格を提示する前に、当該株主が株式を取得するのに要した価額(以下「譲渡予定株主の株式取得価額」といいます。)を確認します。

売買価格が明らかに譲渡予定株主の株式取得価額を上回っている場合には、当該株主が譲渡に応じる可能性はあると考えられます。

逆に、売買価格が譲渡予定株主の株式取得価額を明らかに下回っている場合には、当該株主は投資損失となるため、経済合理性からして譲渡に応じる可能性はありません。ただし、今後も業績が低迷すると見込まれる場合には、いくらかでも回収できるならば譲渡に応じる可能性も少なくありません。

譲渡予定株主の株式取得時の株価の算定方法の確認

もうひとつ確認しておくべき重要なポイントは、譲渡予定株主が株式を取得した時の会社の株式価値の算定方法です。

設立時に出資したものにせよ、第三者割当増資や他の株主から取得したものにせよ、 1 株あたりの株式価値をどのように算定したのかということです。

とくに、譲渡予定株主が、その保有する株式の少なくとも一部について、インカム・アプローチによって算定された株式価値に基づいて取得していた場合は注意が必要です。一般的に、インカム・アプローチによる株式価値は、将来の収益(キャッシュフロー)予測に基づき算定され、その予測は一般に強気なものであるため、株式価値は高く評価されます。取得後において、結果として予測どおりに実績が伴わなかった場合には、譲渡予定株主としては一定の感情があるからです。

「わかりやすい」金額の提示とその説得力

株式取得希望者が、アカデミックに算定された数値ではなく、一定の説得力をもつ金額を提示する場合があります。

譲渡予定株主の株式取得価額

さて、譲渡予定株主に提示する価額ですが、譲渡予定株主の株式取得価額、あるいはそれに(とくに根拠もない)一定額を上乗せした額が提示され、譲渡予定株主も素直に応じることは多くあることです。

しかし、譲渡予定株主の株式取得価額を提示することは、株式取得希望者にとっても譲渡予定株主にとっても不都合なことがあります。

譲渡予定株主にとっては、投下資本を回収できるわけですから損失はないわけですが、会社の現在の株式価値が大きく上回っている可能性がある場合には、「ちょっと安すぎないか?」と思うことでしょう。

株式取得希望者にとっても、譲渡予定株主の株式取得価額よりも会社の現在の株式価値が大幅に下回っている可能性がある場合には、「ちょっと高すぎないか?」と思うことでしょう。

簿価純資産額

次に、貸借対照表の純資産の部の額を発行済株式数で除した値(簿価純資産額)は、わかりやすさの点で説得力があります。 なぜなら、正規の直近の決算書類(貸借対照表で純資産の額を確認できます)と登記簿謄本(発行済株式総数を確認できます)を示せばよいからです。

貸借対照表は、いわゆる一般に公正妥当と認められる会計基準に従って作成されたもので、ざっくりいえば資産から負債を差し引いた金額です。

個々の資産や負債は、一般に公正妥当と認められる会計基準に従って計上されているものであり、これらの金額もまた基準に従って測定された額(帳簿価額、簿価)です。

このため、「株式を譲渡する時点での株価はいくらか?」という点でみると、簿価純資産額は株式価値を正しく示していません。そもそも貸借対照表が現時点ではなく過去の時点であることとと、資産や負債の金額は譲渡する時点の価値(時価)とは一致していないからです。

そして、一定の専門的知識のある株主は、簿価純資産額が株式価値を表したものではないということを承知しています。

また、低い売買価格を提示したい株式取得希望者にとっても、以下のような場合には簿価純資産額が高く評価されることになって不都合なことになります。

  • 貸借対照表の純資産の部は、会社が生まれたときからの損益がすべて蓄積されています(積立金や繰越利益剰余金など)。過去の利益の蓄積はすごいけど、ここ数年の状況は燦燦たるものなのに、単純に貸借対照表の純資産の部の額を発行済株式数で除した値で妥当なのか(高すぎないか)
  • 貸借対照表の純資産の部は、資産から負債を差し引いたものだけど、資産に乗ってる土地やらゴルフ会員権やらはバブル時代に買ったもので時価はものすごく低いのに、単純に貸借対照表の純資産の部の額を発行済株式数で除した値で妥当なのか(高すぎないか)
  • 貸借対照表の純資産の部は、資産から負債を差し引いたものだけど、ここんとこ業績が低迷していて本来計上すべき負債を計上していないのに、単純に貸借対照表の純資産の部の額を発行済株式数で除した値で妥当なのか(高すぎないか)

理論的に算定される価格の提示

選択する算定アプローチ

譲渡予定株主の株式取得価額や簿価純資産額ではいろいろと不都合が生じる場合、株式取得希望者は、何らかの算定方法によった株式価値に基づく売買価格を提示することになります。

株式取得希望者は、株式を譲渡してもらいたい立場なので、多少は高くても株式を取得したいわけですが、まずは低い売買価格、すなわち、それを裏付ける株式価値の算定結果を提示することになると思われます。

一般的なアプローチで算定された株式価値が、しょせん交渉のタタキ台(出発点)にすぎないとしても、または、一般的なアプローチで算定された株式価値が、合意した売買価格に後付けで理論的根拠を付与するにすぎないとしても、いずれにせよ、一般的なアプローチのうちどのアプローチで株式価値を算定するかという問題は重要なのです。

さて、売買価格の基礎となる株式価値は、会社の規模、会社の資産(債権)や負債(債務)、直近の業績または将来の業績予測によって大きく変化します。

今後も業績が好調と予想される場合には、将来の収益予測を基礎としたインカム・アプローチによる株式価値は、過去の純資産を基礎としたネットアセット・アプローチによる株式価値よりも大きく算定される傾向にあります。

逆に、今後も業績が不調と予想される場合には、将来収益を基礎としたインカム・アプローチによる株式価値は、過去の純資産を基礎としたネットアセット・アプローチによる株式価値よりも小さく算定されるかもしれませんが、その根拠となる「右肩下がり」の絵を描くということは、「右肩上がり」よりも説得力が問題になると思われます。

このことからすると、将来収益の予測の精度というよりも、高く株式価値が算定されやすいインカム・アプローチよりも、過去の純資産を基礎としたネットアセット・アプローチのほうが、一定の客観性をもつために、譲渡予定株主に最初に提示するには適していると考えられます。

( つづく )