( 6 )譲渡希望株主側からの買取り交渉 Part2
会社サイドから売買価格の提示を受けた場合には、その価格の妥当性を算定根拠となる資料を入手して検討します。
提示される価格は、低くなるように評価された結果であることが多いため、丹念に分析します。
どうしても価格に納得できない場合には、譲渡を断念するほかに、会社とは無関係な第三者を株式譲渡の相手方として譲渡承認請求します。このとき、「もし承認をしない場合には、会社か会社が指定する買取人(指定買取人)が株式を買い取る旨」を併せて請求します。これにより、譲渡は確実に行われることになります。
提示された売買価格の検討
提示された売買価格の検討にあたっては、可能なかぎり個々の数値の基礎となる資料(事業計画、法人税申告書、固定資産明細、時価評価の対象となった資産の明細など)の入手し、その算定プロセスの妥当性をチェックします。とくに、株式取得予定者としてはより安く買いたいという動機があることから、算定結果もより低くなるようになっていることが少なくないからです。この検討には専門家のサポートも必要かもしれません。
とくに、株式取得予定者としてはより安く買いたいという動機があることから、算定結果もより低くなるようになっていることが少なくないからです。
インカム・アプローチ、すなわち、将来の収益(キャッシュフロー)予測を現在価値で割り引いた株式価値は、過去の実績を基礎としたネットアセット・アプローチによる価値よりも高くなることが一般的です。
そこで、安く取得できればそれにこしたことはない株式取得予定者が提示してくるのは、ネットアセット・アプローチによる株式価値を出してくることが考えられます。
インカム・アプローチによる算定の要求
株式取得予定者がネットアセット・アプローチで算定された株式価値をベースとした売買価格を提示してきた場合には、「これから株式を取得して株主になろう(または追加取得により会社経営権を強化しよう)とするのなら、過去の結果を基礎とした価値ではなく、将来の予測を現在で測定した価値で評価すべきではないでしょうか」と主張することが考えられます。
また、株式の取得によって持株比率を上昇させるということは、通常は議決権をより多く取得することで会社の支配権を強めることになります。そこで、この支配権に相当する価値(コントロール・プレミアム分)も加えるべきと主張することが考えられます。
株式取得予定者からの反論
これに対して、株式取得予定者、あるいは、会社サイドからは、次の反論が考えられます。
「株式を売って株主でなくなろうとしているのに、将来の収益を語るのは矛盾していないでしょうか。それならばもっと株式を保有し続けたらいかがでしょうか。」
大株主であったり役員等として会社経営に積極的に関与していた場合には・・・
「株主として(さらには役員等として)経営に参加してきたその実績を反映させるためには、ネットアセット・アプローチによるのが妥当ではないでしょうか。」
特に、会社の経営状況が芳しくない状況では・・・
「過去の経営成績の結果を基礎としたネットアセット・アプローチによる評価こそ、一定の株主責任や経営責任を反映していると考えられます。この業績の低迷している状況というのは一定の責任を負うべきなのに、これを度外視して実現可能性が高いとは思えない将来収益をベースにした株式価値を主張されるのは理解に苦しみます。」
株主が株式を取得したときの株価の算定方法
株主が株式を取得したときの株価の算定方法も交渉の論点にはなりえます。
つまり、出資した時(株式を取得した時)の価格の決定にあたって、株価の算定方法がインカム・アプローチに基づいていた場合には、今回もインカム・アプローチに基づいて算定すべきだという考えです。
ただし、株式を取得したときの株価の算定方法がインカム・アプローチだからといって、今回もインカム・アプローチで必ず評価しなければならないことはありません。
もっとも、出資した時(株式を取得した時)のネットアセット・アプローチによる算定結果よりもインカム・アプローチによる算定結果のほうが極めて大きかった場合には、「高く買わされた」ということになります。その後、インカム・アプローチの基礎となった事業計画通りに実績が伴わなかった場合には、その原因は必ずしも経営陣の責任のみとは言えないまでも、今回の売買価格の算定方法でインカム・アプローチで評価するよう求める根拠のひとつにはなりうると考えられます。
その後、インカム・アプローチの基礎となった事業計画通りに実績が伴わなかった場合には、その原因は必ずしも経営陣の責任のみとは言えないまでも、今回の売買価格の算定方法でインカム・アプローチで評価するよう求める根拠のひとつにはなりうると考えられます。
これに対して、その既存株主が一定の議決権を保持していたり、さらに役員等として経営に参与していた場合には、その事業計画通りに実績が伴わなかったのは、既存株主の株主責任や経営責任があるといえるのであり、「高く買わされた」といった批判は当たらないという反論が考えられます。 そうしますと、(不確実な)事業計画に基づくインカム・アプローチは採るべきでなく、より客観的なネットアセット・アプローチによる算定方法によるべきということになります。
そうしますと、(不確実な)事業計画に基づくインカム・アプローチは採るべきでなく、より客観的なネットアセット・アプローチによる算定方法によるべきということになります。
ネットアセット・アプローチでの交渉
貸借対照表の純資産の部の額を、発行済株式総数で割ると、ざっくりとした1株あたりの価値(株価)が算定されます。この算定方法は、ネットアセット・アプローチの簿価純資産価額による株価の算定方法です。
直近事業年度の貸借対照表が債務超過である場合には、株価はゼロである可能性があります。
しかし、売買価格というのは、売買の時の価値すなわち時価によるのが理論的であるところ、簿価すなわち会計上の帳簿価額をベースにした株価では、資産の価値は資産を取得した時の価格(取得価額)で計上されているため、時価とは異なっています。
簿価に基づく貸借対照表上は債務超過であっても、時価で引き直した場合、たとえば含み益のある土地や有価証券を保有していたり、貸借対照表に計上されていない価値(借地権や営業権など)がある場合には、債務超過とはならず、株価は大きく算定されることになります。
もしそのような場合、会社としては情報ギャップのみならず専門性ギャップを衝かれて、そういう情報を可能な限り示されないまま低い価格で納得してしまうことも考えられます。
もったいないです。
税法上のルールで算定された株価
税務上のルールで算定された株式価値は必ずしも適正な株式価値を表したものではないことは、いくつかの判例でも示されています。これらによると、税務上の株価算定のルールは、課税の公平や画一的処理という目的によって国家の国民に対する公権力の行使関係を律する基準で、私人間の具体的個別的な利害対立の状況で株式価値を測定するという目的とは異なるからと説明されます。
しかし、一方で、課税の公平や画一的処理を目的としているからこそ税務上の株価算定ルールは一定の客観性が担保されているとも考えられます。また、税務上のルールで算定された株価と異なる価格での取引は、税務当局とのトラブルを生じるリスクもありうることから、売買価格の判断にあたっては一定の考慮に値するとされています。
安く買い取りたい側は「税金を負担してでも相手に余計な支払いをしたくない。」となりますし、高く売りたい側は「税法上のルールで算定された価格で取引しなければならない義務はない。実際の価値はもっと高いはずだ。」となります。
強行突破
売買価格の算定の基礎資料などの提出を受けることもなく、売買価格だけの提示の場合で、あまりにも売買価格が低すぎて納得できない場合には、それを呑んで譲渡したり、あるいは、譲渡を断念する(株主でありつづける)という選択もありますが、どうしても株式を売却して資金化したい場合にはもうひとつの方法があります。
自分の知り合いなど会社にとっては第三者を株式取得者にして法律上正規の手続である株式譲渡承認請求を行うのです。
会社が譲渡承認を拒否することはほぼ間違いないことが予想されるので、請求の段階で「もし承認をしない場合には、会社か会社が指定する買取人(指定買取人)が株式を買い取る旨」を併せて請求します。
これにより、株式が譲渡できることは確実となります。そして、会社または指定買取人との間であらためて売買価格の交渉ということになります。
この協議は、先ほどの内々のものではなく、正規の法律に則ったものです。
会社または指定買取人からの通知があってから20日間を限度として行われます。 協議で調った価格で決定されますが。その期間内に、裁判所に売買価格の決定を申し立てることもできます。 20日以内に両当事者ともに裁判所に申立てを行わないと、1株当たり純資産額が売買価格となります。
( おわり )