( 7 )予測貸借対照表の作成 Part1
フリー・キャッシュ・フローの算定要素に「運転資本増減額」があります。これは、営業用流動資産から営業用流動負債を控除した額(運転資本)の前予測事業年度末との増減額です。いずれも貸借対照表から導かれる数値です。このため、フリー・キャッシュ・フローをより適切に算定しようとするなら、予測貸借対照表の作成が欠かせません。
あらためましてフリー・キャッシュ・フローの算定要素
フリー・キャッシュ・フローとは、企業が事業や投資によって生み出した税引後のキャッシュ・フローをいいます。以下の式で計算します。
フリー・キャッシュ・フロー=NOPLAT+減価償却費−設備投資額±運転資本増減額
このうちNOPLATは(税引後営業利益)は、予測損益計算書で計算するものです。設備投資額と運転資本増減額が予測貸借対照表と関連します。もっとも、設備投資に係る減価償却費は予測損益計算書を通じてNOPLATの値に影響を与えます。
設備投資額はまさに現金の流出なのでフリー・キャッシュ・フローを減少させる効果があります。いっぽう、これに係る減価償却費は、会計上、この現金流出による設備投資額を耐用年数にわたって費用化するもので、現金支出を伴わない費用であり、また、この費用により利益(課税所得)を減少させることにより法人税等の負担も減少させます。よって、減価償却費はフリー・キャッシュ・フローを増加させる効果があります。
そして、運転資本増減額です。
運転資本の定義についてはさまざまですが、ここでの運転資本とは次のものとします。
運転資本=営業用流動資産−営業用流動負債
よって、運転資本増減額は次のとおりとなります。
- 運転資本増減額=(営業用流動資産−営業用流動負債)−(前期の営業用流動資産−前期の営業用流動負債)
ここで、運転資本を構成する営業用流動資産と営業用流動負債は以下のとおりです。
- 営業用流動資産=流動資産−余剰現預金などの非事業資産
- 営業用流動負債=流動負債− 1 年内返済予定の有利子負債(借入金や社債)
いずれも貸借対照表から導かれる数値です。このため、フリー・キャッシュ・フローをより適切に算定するためには、予測貸借対照表の作成が欠かせません。
運転資本増減額とフリー・キャッシュ・フローの関係
運転資本増減額とは、前(予測)事業年度の運転資本からの増減額をいいますが、運転資本増減額とフリー・キャッシュ・フローの額は、逆相関の関係にあります。
すなわち、前予測事業年度末よりも運転資本が増加した場合、フリー・キャッシュ・フローを減少させます。逆に、運転資本が減少した場合、フリー・キャッシュ・フローを増加させます。
よって・・・
- 営業用流動資産が一定の場合、前期比で営業用流動負債が増加している場合には、運転資本が減少することになるため、フリー・キャッシュ・フローは増加します。
- 営業用流動負債が一定の場合、前期比で営業用流動資産が増加している場合には、運転資本が増加することになるため、フリー・キャッシュ・フローは減少します。
運転資本増減額は予測損益計算書から導かれるものではありません。よって、予測損益を変えられない事情があるときは、運転資本増減額をコントロールすることでフリー・キャッシュ・フローを増減させることができます。
この点で、運転資本とフリー・キャッシュ・フローの関係を把握するのは極めて重要と思われます。
予測貸借対照表の作成フロー
単純な事業計画ではなく、「フリー・キャッシュ・フロー算定のための事業計画」なので、予測貸借対照表ではなく「フリー・キャッシュ・フロー算定のための予測貸借対照表」を作成します。
- 予測損益計算書の変化に即応する予測貸借対照表を作成します。
- 予測貸借対照表からフリー・キャッシュ・フロー算定のための予測貸借対照表への組み替えを行います。
「フリー・キャッシュ・フロー算定のための予測貸借対照表」の最大の目的は、フリー・キャッシュ・フロー算定の構成要素である運転資本増減額を算定するために、通常の貸借対照表の流動資産と流動負債を、営業用流動資産と営業用流動負債に組み替えることにあります。
通常の予測貸借対照表の作成
予測貸借対照表の構成は、最終的に現預金残高で「負債+純資産−資産」の額が現預金残高となるような構成にします。
予測貸借対照表の各科目の予測残高は、予測損益計算書の各項目と連動させることになるため、予測損益計算書が変動する場合には、予測貸借対照表の各科目もただちに変動するようなリンクを張ります。とくに、予測損益計算書で法人税等の計算と同時に未払法人税等の額を算定する場合には、未払法人税等の額が予測損益計算書からリンクするようにします。
既存の借入金の返済計画に基づいて、予測損益計算書に各予測事業年度の支払利息予定額を計上すると同時に、予測貸借対照表に期末借入金残高を組み込みます。さらに、既存の借入金とその支払利息に加えて、数期の予測事業年度のあいだの新規の資金調達計画とその支払利息を組み込めるようにします。このためには、既存分と新規分は区分するとよいと思われます。
既存の固定資産については、減価償却ソフト等で減価償却額を計上し、予測損益計算書に各予測事業年度の償却予定額を計上すると同時に、予測貸借対照表に期末固定資産残高を組み込みます。さらに、既存の固定資産とその減価償却額に加えて、数期の予測事業年度のあいだの新規の設備投資計画とその減価償却費を組み込めるようにします。このためには、既存分と新規分は区分するとよいと思われます。この作業で、フリー・キャッシュ・フローの算定要素である「減価償却費」と「設備投資」を予測損益計算書と予測貸借対照表に組み込むことができます。
純資産については、最初の予測事業年度の期首の利益剰余金の合計額に、当該事業年度の予測損益を加算して期末の利益剰余金とします。そして、翌予測事業年度の期首の利益剰余金に、当該事業年度の予測損益が加算されます。このため、期首の利益剰余金(前期の期末利益剰余金残高)の行と当期の予測損益の行の2行建てにするとわかりやすくなります。
各科目の予測残高の算定について
各科目の予測残高については予測損益計算書と連動させることになるわけですが、すべての科目について売上高との比率としている書籍もままあります。しかし、すべて科目の仕訳でその相手科目が売上高でないことを考えれば、妥当でないことは明らかです。
よって、予測貸借対照表の予測残高については、単純に売上高との比率とするのではなく、各勘定の相手科目である収益勘定や費用勘定を分析します。たとえば、買掛金や未払金などについては、製造費用や販売費及び一般管理費との比率によるほうが合理的ということになります。
また、入金や支払状況も検討し、もともと現金収入や口座振替による引き落としの取引には債権債務の残高がそもそも発生しないので、この部分を除外したところで各科目の残高を算定すればより精度の高い内容となります。
さらに、製造費用や販売費及び一般管理費との比率といっても、賃借料やリース料などの固定費についてはこれらを除外したところで比率を算定すべきです。
調整のためのヒントのようなもの
いろいろな調整を試みたが八方塞がりの場合には次のような点を検討してみるとよいことがあるかもしれません。
- たとえば売掛金の残高は、滞留売掛金や特別に回収サイトが長い場合を除き、通常は決算月またはその数ヶ月前までの売上高に対するものです。それなのに、予測損益計算書の年間売上高との比率で予測貸借対照表の売掛金残高を算定するのは妥当なのかどうかという検討することになります。このとき、とくに右肩上がりの売上予測をしている場合には、年間の売上高を単に12分割した額ではなく、期首月と期末月の売上高は異なることが考えられます。
- 比較的大きなプロジェクトに係る売掛金(完成工事売掛金)、仕掛品(未成工事支出金)、前受金(未成工事受入金)などの処理については判断が難しいところで、無視することも少なくありません。過去のプロジェクトについてのキャッシュ・フローのタイミングの傾向や、予測損益計画との関係を見ながら、既存の工事についてはその進行度を反映させ、新たなプロジェクトの受注動向と受注金額と予想利益をそれなりに合理的に見積もったところで、貸借対照表を構成する各科目残高を見積もるということが考えられます。
- ソフトウェア開発業については、単純な費用(通常の売上原価や販売費及び一般管理費(研究開発費))と棚卸資産や固定資産への振替のタイミングによって貸借対照表の残高が大きな影響を受けるばかりでなく、その固定資産からの減価償却費は予測損益にも大きな影響を与えます。この振替については、外部的要因よりも内部的な意思決定が大きく影響することから、状況を見ながらダイナミックな変更に耐えられるように、予測損益計算書との予測貸借対照表と設備投資計画(減価償却計画)の相互リンクをさらに精緻化します。
- より精緻な、というより、よりフレキシブルというかよりコントローラブルな運転資本残高を算定するためには、やはり半期、四半期、あるいは月次ベースでのブレイクダウンが求められます。
( つづく )