( 2 )労働保険料の税務上の取扱い

労働保険料の法人税法上の処理は、損金経理を要求しておらず、また、概算保険料もその納付時に損金算入が認められます。しかし、適正な期間損益計算を求めるならば、会計上はあくまで費用の期間帰属を重んじた処理が求められると思われます。

会計より先に税務上の取扱いを検討する理由

労働保険料の会計処理を論ずるところなのに、なぜ税務上の取扱いを先に検討しなければならないのでしょうか。

それは、アカデミックな机上の議論ならばともかくとして、実務では税金への考慮は切っても切れないものだからです。すなわち、税務上の取扱いが法人の会計処理を左右することが少なくないのです。

雇用保険の被保険者負担分を法人が負担した場合(給与課税)

労働保険料のうち、労災保険料と一般拠出金は全額が事業主(法人)負担であり、雇用保険料が事業主(法人)と被保険者(従業員等)との両者が負担します。よって、雇用保険料の従業員負担分は、給料支払いの際に天引きすることが一般的です。

経理的には、労災保険料と一般拠出金は全額が法人の費用(損金)となりますが、雇用保険料については、法人負担分が費用(損金)となりますが、被保険者(従業員等)負担分は費用(損金)とはなりません。

・・・なのですが、正確には「費用(損金)とはなりません」ではありません。

「費用(損金)にしてもかまいません。ただし、その場合は本人が負担するものを法人が負担したことになるので所得税等が課されます」です。

雇用保険料の従業員負担分まで法人が費用処理すると、本来従業員が負担すべきものを法人が負担した、すなわち、従業員からすると自分が負担すべき雇用保険料を法人に負担してもらったことにより経済的利益を得たということになります。

よって、この雇用保険の被保険者(従業員等)負担分相当額を支払わずに済んだ経済的利益は、その従業員の給与となるため、従業員には所得税等が課税され、法人は所得税等の源泉徴収が必要になります。

この場合、雇用保険料被保険者(従業員等)負担分をその従業員に通常支払う給料等の額に加算したところで所得税等の源泉徴収を行います。この源泉徴収と納付を怠った場合にはペナルティ(不納付加算税や延滞税)が課せられます。

給料9,960、通勤費40の場合、賃金は10,000となります。労働保険料の賃金の計算は通勤費も算入します。

労災保険料率が3/1,000、雇用保険料率が15.5/1,000(法人負担9.5/1,000、従業員等負担6/1,000)とすると、労災保険料は30(全額法人負担)、雇用保険料は155(法人負担95、従業員等負担60)となります。

よって、本来、法人税法上の費用(損金)となるのは、賃金1,000(勘定科目的には「給料9,960、旅費交通費40」)、労災保険料30(勘定科目的には「法定福利費30」)、雇用保険料95(勘定科目的には「法定福利費95」)ということになります。

もっとも、「従業員等が負担する雇用保険料も全部法人が負担する」として、雇用保険料の従業員等負担分60も法定福利費として処理してしまうことも可能です。つまり、従業員から雇用保険料を天引きしないということです。

ただ、この場合、この60は所得税法上は給料(給与所得)となります。ちなみに、法人税の領域も所得税の領域も、法人が会計上どんな勘定科目を使ったかは関係ありません。

この場合、所得税法上の給料(給与所得)は、(本来的な)給料9,960だけだったものが(一定額に達しない通勤費は所得税は非課税のため)、9,960に雇用保険料従業員等負担分60を加えた10,020を基礎に所得税を源泉徴収しなければなりません。

さらに、この60は労働保険料の申告上では賃金総額を構成します。この例では、給料9,960、通勤費40、雇用保険料従業員等負担分60の賃金は10,060となります。

法人税法上の取扱い

労働保険料の会計処理がなにより悩ましいのは、決算期とは必ずしも一致しない労働保険料の計算期間において、概算保険料を前払いする一方で月々の給料から天引きする雇用保険料の被保険者(従業員等)負担分をどう処理するかということにあります。

会計理論上は、予測値に基づいた概算保険料ではなく、実際の給与等に基づいた確定保険料(相当額)に置き換えて期間損益計算を行うべきです。

そこで、会計処理の検討の前に、まず法人税法上の取扱いを検討します。法人税法上の取扱いから検討するのは、以下の理由があるからです。

  • 会計上の費用が必ずしも法人税法上の費用(損金)とならないこと
  • 損金であっても損金となるタイミングが事業年度とズレることがあること
  • 損金となるためには、会計上費用処理することを求めている場合があること(損金経理要件)

会計上の費用が必ずしも法人税法上の費用(損金)とならない代表的なものとして、交際費があります。労働保険料の場合はそのようなことはなく法人が負担する部分はすべて損金となります。

さて、労働保険料の法人税法上の取扱いを定めているのは法人税基本通達9-3-3です。

法人税基本通達9-3-3(労働保険料の損金算入の時期等)

  • 法人が、労働保険の保険料の徴収等に関する法律第15条《概算保険料の納付》の規定によって納付する概算保険料の額又は同法第19条《確定保険料》の規定によって納付し、又は充当若しくは還付を受ける確定保険料に係る過不足額の損金算入の時期等については、次による。
  • (1)概算保険料概算保険料の額のうち、被保険者が負担すべき部分の金額は立替金等とし、その他の部分の金額は当該概算保険料に係る同法第15条第1項に規定する申告書を提出した日(同条第3項に規定する決定に係る金額については、その決定のあった日)又はこれを納付した日の属する事業年度の損金の額に算入する。
  • (2)確定保険料に係る不足額 概算保険料の額が確定保険料の額に満たない場合のその不足額のうち当該法人が負担すべき部分の金額は、同法第19条第1項に規定する申告書を提出した日(同条第4項に規定する決定に係る金額については、その決定のあった日)又はこれを納付した日の属する事業年度の損金の額に算入する。ただし、当該事業年度終了の日以前に終了した同法第2条第4項《定義》に規定する保険年度に係る確定保険料について生じた不足額のうち当該法人が負担すべき部分の金額については、当該申告書の提出前であっても、これを未払金に計上することができるものとする。
  • (3)確定保険料に係る超過額 概算保険料の額が確定保険料の額を超える場合のその超える部分の金額のうち当該法人が負担した概算保険料の額に係る部分の金額については、同法第19条第1項に規定する申告書を提出した日(同条第4項に規定する決定に係る金額については、その決定のあった日)の属する事業年度の益金の額に算入する。

(1)の「被保険者が負担すべき部分」というのは、雇用保険料の従業員(被保険者)負担分を意味します。すなわち、概算保険料は前払いのため、従業員が負担する部分も先に「立て替え」て納付し、その後毎月の給料から天引きするのです。

ところで、この規定は労働保険料の損金算入の時期(法人税法上損金となる事業年度はいつかという問題)についてのものですが、会計処理にあたって極めて重要な点は、規定が「損金(益金)の額に算入する」にとどまっている、つまり、損金経理が要求されていないことです

すなわち、会計上は費用として処理しなくても法人税法上は損金として認められるということです。つまり、労働保険料として当事業年度の損金として認められる額が100である場合、会計上も必ず100を費用として処理しなければならないわけではなく、会計上は30しか費用として処理しなくても、法人税法上は100まで損金として認められるのです。なお、この調整は、法人税の申告書上で行われます。

しかも、たとえば6月決算の法人が6月中に労働保険の確定申告(及び概算保険料の申告)をした場合、会計理論上は、概算保険料のうち法人負担分についてはイメージ的には概算保険料のうち7月から翌年3月分が前払費用とすべきところですが、法人税法上は期間対応にかかわらず全額損金として認められます。この根拠としては、短期前払費用(法人税基本通達2-2-14)の考え方があるためと説明されるようです。

このことが、労働保険料の会計処理では、前払である概算保険料を前払費用計上はせずに費用処理することが多い理由のひとつであると思われます。

このように、損金経理が要求されていないため、会計処理は法人税法上の取扱いに拘束されません。もっとも、法人税法上で当該事業年度の損金として認められる額(概算保険料のうち雇用保険料の従業員負担分(立替金等)を除いた額)と、会計上費用処理した額との差額を把握しないと、適切な法人税申告が困難となり、また、適切な税効果会計を行うことができなくなります。

そして、期間損益計算をより適正にするという目的のためには、会計上は法人税法の規定にかかわらず労働保険料の期間帰属にこだわるべきということになります。

余談ですが、会計上で損金経理をしないと法人税法上も損金として認められないものとして、減価償却費や一定期間取引停止後弁済がない場合等の貸倒損失があります。

概算保険料の処理

通達によれば、概算保険料のうち、法人が負担すべき部分(労災保険料の全額、一般拠出金の全額、雇用保険料の法人負担分)については、概算保険料の申告書を提出した日の事業年度、または、概算保険料を納付した日の事業年度の損金となります。

概算保険料の申告書を提出・・とありますが、労働保険料の確定申告は、前年度の確定確定保険料と当年度の概算保険料を同時に行います。

たとえば、6月決算の法人が6月中に前年度分(前年4月1日から3月31日まで)の確定保険料の申告書に加えて当年度分(4月1日から翌年3月31日まで)の概算保険料の申告書を提出した場合には、たとえ6月中に概算保険料を納付しなくとも、概算保険料のうち法人負担分の全額を当事業年度(前年7月1日から6月30日まで)の損金に算入することができます。

この場合、概算保険料の期間は4月1日から翌年3月31日なので、理論上は7月1日から翌年3月31日までの未経過分が含まれます

理論的はこの部分は前払費用(資産)として処理するところなのでしょうが、圧倒的多数の事業所は費用処理(法定福利費)として処理していると思われます。

ここで、この通達ではいわゆる損金経理(法人の経理上で費用処理すること)を要求していないため、前払費用処理していたとしても、損金として認められると思われます。

ただし、重要なのは、損金の額に算入することができるのは、「法人が負担すべき部分」です。つまり、労災保険料の全額、一般拠出金の全額、雇用保険料の法人負担分です。概算保険料には雇用保険料の従業員負担分も含まれています。これを含めて損金算入することはできません。イージーに概算保険料を月割計上して処理すると痛い目をみます。

一方で、納付日をベースに損金に算入することもできます。つまり、概算保険料の申告は6月中に行っても納付は7月1日以降とした場合には、翌事業年度(7月1日から翌年6月30日)の損金として処理することができます。赤字続きなどの諸事情により損金の発生時期を遅らせたい場合などには有効です。

なお、いずれの処理を採用するにしても、会計理論上は未経過期間に対応する部分は前払費用として処理すべきです。概算保険料については損金経理が要求されていないので、会計理論に忠実な処理をすることが可能なはずです。

逆に、6月決算の法人が7月に入ってから概算保険料の申告書を提出した場合には、概算保険料の中には4月から6月分までの当事業年度の期間が含まれますが、これを会計上費用処理した場合でも、法人税法上は当事業年度の損金としては認められず、翌事業年度の損金となります。ただし、損金に算入されるかいなかにかかわらず、会計理論上は既経過期間に対応する部分は未払金として処理すべきです。

もっとも、この場合でも、たとえば、法人税等の申告期限の延長が認められている法人が利子税を節約するために申告書の提出前に先に(概算)税額を納付するように、概算保険料の申告書の提出は7月1日以降でも概算保険料だけ先行して6月中に納付していれば当事業年度の損金として算入されることになるでしょう。

確定保険料の処理

確定申告で保険料の不足額が生じる場合

前年度の概算保険料よりも確定保険料が大きい場合には、確定保険料の申告書を提出した日の事業年度、または、不足額を納付した日の事業年度の損金となります。

たとえば、3月決算の法人の場合、当事業年度(前年4月1日から3月31日まで)と労働保険料の年度が一致しますが、確定保険料の申告期間は6月1日から7月10日までに行うため、3月31日までに申告書を提出できないのは明らかです。よって、この不足額が損金に算入されるのは翌事業年度ということになります。

ただし、決算日が3月31日以降の場合には、前年度分(前年4月1日から3月31日まで)の確定保険料について生じた不足額については、確定保険料の申告書の提出前であっても、この不足額を未払金として計上すれば損金として認められるため、3月決算、4月決算または5月決算の法人の場合には、確定保険料を未払金として計上すれば当事業年度の損金として認められます。6月以降の決算の場合には確定保険料の申告期間以降となるため、通常の決算処理で反映されると思われます。

逆に、たとえば、2月決算の法人の場合には、労働保険の期間は前年4月1日から3月31日までで2月末では終了していないため、確定保険料相当額との不足額を未払金に計上しても当事業年度の損金として認められません。しかし、損金に算入されるされないといった法人税法上の取扱いにかかわらず、会計上は、概算額ではなく確定額(相当額)で労働保険料を処理すべきです。そして、当事業年度の損金として認められる部分(概算保険料)を超える部分は法人税申告書で加算処理をすることになります。

確定申告で保険料の超過額が生じる場合

前年度の概算保険料よりも確定保険料が大きい場合には、確定保険料の申告書を提出した日の事業年度の益金となります。

たとえば、3月決算の法人の場合、当事業年度(前年4月1日から3月31日まで)と労働保険料の年度が一致しますが、確定保険料の申告期間は6月1日から7月10日までに行うため、3月31日までに申告書を提出できないのは明らかです。よって、この超過額が益金に算入されるのは翌事業年度ということになります。

しかし、益金に算入されるされないといった法人税法上の取扱いにかかわらず、会計上は、概算額ではなく確定額(相当額)で労働保険料を処理すべきです。そして、この超過額は当事業年度の法人税申告書で減算処理することになります。

( つづく )