役員変更登記と本人確認書類(外国人も含めて)
役員の変更登記では、新たに取締役となる者の本人確認書類や新たに代表取締役となる者の実印や印鑑証明書が必要です。
とくに対象者が国内に住所を有しない場合、本人確認書類で何を入手すればいいのか、印鑑証明書に代わるものとして何を入手すればよいのかが悩ましいです。
「何の書類を入手すればよいのか」というアプローチではなく、「そもそも何の情報が求められていて、それを裏付けるにはどんな書類を入手すればよいのか」というアプローチが重要だと思われます。
役員変更登記
役員(取締役、代表取締役、監査役など)の選任や辞任については、会社法の規定または会社の定款に従って行います。
以下では「取締役会を設置している株式会社」を前提にコメントを展開いたします。
会社法では、株式会社は機関設計、すなわち、取締役や監査役や取締役会や代表取締役などの会社の機関をどのようにするかは自由です。
取締役は1人だけという会社もありますし、取締役は数人いるけれど取締役会は設置しないという会社もあります。
会社法が施行された2006年5月1日より前に設立された株式会社は、取締役3名以上で取締役会を設置し、監査役も置かなければなりませんでした。これらの会社は、特段の変更を行わないかぎり取締役会設置会社であり監査役設置会社となります。登記簿謄本を見ればすぐにわかります。
どんな機関設計の会社でも取締役は株主総会で選任しますが、取締役会設置会社の場合、代表取締役を選任する機関は取締役会です。つまり、株主総会で代表取締役を選任することはできません。
よって、取締役会設置会社の代表取締役の選任の登記申請する場合の添付書類は取締役会議事録となります。
ちなみに、代表取締役は取締役会で取締役の中から選任されるため、取締役ではない人を代表取締役にするためには、まず株主総会で取締役に選任し、その後で取締役会で代表取締役に選任されるというプロセスを経る必要があります。この場合の登記申請では、取締役を選任した株主総会議事録と代表取締役を選任した取締役会議事録の添付が必要です。
新たに就任する取締役や監査役の住所の記載
取締役や監査役を選任するのは定時株主総会あるいは臨時株主総会です。
株主総会議事録では、当該総会で選任された取締役や監査役の氏名が記載されます。
さて、役員に異動(任期満了による重任も含めて)があった場合は、登記(役員変更登記)を行う必要があります。
ここでもっとも参考になるのが、法務局のサイトです。
法務省ではなく「法務局」で検索です。
右側の「商業・法人登記申請手続」をクリックすれば、典型的なパターンについて申請書類や添付書類の情報が載っています。 これをチェックするのは基本中の基本です。
登記申請にあたっては、株主総会議事録と新任取締役・新任監査役の就任承諾書を添付します。
もっとも、株主総会議事録で、「なお、被選任者は、その就任を承諾した。」と記載すれば、登記申請で就任承諾書を添付する必要がありません。
この場合、登記申請書では「就任承諾書は株主総会議事録の記載を援用する」と記載します。
ここで、法務局のサイトで若干混乱することがあります。
「就任承諾書を添付しない場合には、株主総会議事録で取締役や監査役の住所を記載しなければならないか」です。
モデル事例で、「(1-10)辞任等により新たな役員(取締役)が就任した場合」と「(1-10-1)辞任等により新たな役員(監査役)が就任した場合」があります。
「最初にこちらをご覧ください」と書かれた記載例PDFでは、どちらも株主総会議事録で「なお、被選任者は、その就任を承諾した。」と記載されています。
ところが、取締役就任の株主総会議事録では氏名のみが記載され、監査役就任の株主総会議事録では住所と氏名が記載されています。
そうすると、つい「取締役就任では氏名だけで足り、監査役就任では住所と氏名が必要」という誤解が生じます。
しかし、記載書様式を見ると、赤字で「株主総会の席上で被選任者が就任を承諾し、その旨の記載及び被選任者の住所の記載が議事録にある場合には、申請書に別途就任承諾書を添付することを要しません。」とあります。
また、「(1-7)取締役会設置会社・役員の全員が重任」の記載例でも、登記申請書での就任承諾書の省略の条件として、「重任でない場合には、被選任者の住所の記載も要する」とあります。
つまり、少なくとも就任承諾書または株主総会議事録に新任の取締役等の住所の記載が必要ということになります。
就任承諾書を添付する場合
- 就任承諾書には就任する取締役等の住所と氏名の両方を記載
- 株主総会議事録では就任する取締役や監査役の氏名だけでも可
- 株主総会議事録に「なお、被選任者は、その就任を承諾した。」の記載は任意
就任承諾書を添付せず省略する場合
- 株主総会議事録には就任する取締役等の住所と氏名の両方を記載
- 株主総会議事録に「なお、被選任者は、その就任を承諾した。」を記載
- 登記申請書に「就任承諾書は,株主総会議事録の記載を援用する。」を記載
本人確認書類
さて、そもそもなぜ住所を記載させるのでしょうか。それは、取締役や監査役になる人が本当に実在する人物なのか確認するためです。
よって、本人確認書類は、就任承諾書または株主総会議事録に記載された「住所」「氏名」を公的機関が証明するものとなります。
「何の書類を入手すればよいのか」というアプローチではなく、「そもそも何の情報が求められていて、それを裏付けるにはどんな書類を入手すればよいのか」というアプローチが重要だと思われます。
さて、法務省のサイトの「添付書面としての本人確認証明書及び婚姻前の氏の併記について」によれば、本人確認書類として次の例が挙げられています。
- 住民票記載事項証明書(住民票の写し)
- 戸籍の附票
- 住基カード(住所が記載されているもの)のコピー
- 運転免許証等のコピー(表面及び裏面) 裏面もコピーし,本人が「原本と相違がない。」と記載して,記名する必要があります。)
- マイナンバーカードの表面のコピー
重要なのは、「どんな書類を添付すればいいのか」という発想ではなく、「株主総会議事録や就任承諾書に記載される住所や氏名について、それを証明する公的機関が発行したものはどれか」という発想が必要です。
この発想でいけば、日本のパスポートは公的機関が発行したものではありますが、住所の記載がないため、登記で必要な本人確認書類としては認められないことが容易に理解できます。
国内に住所を有しない者の本人確認書類
そして、国内に居住していない外国人などの場合でも、入手すべき情報は、「住所」と「本人」について公的機関が発行した情報です。
もちろん、日本語では書かれていないので和訳文を添付しなければなりません。しかも、証明関係の文書なのでカタい文語調の文章です。
「居住証明書」などがそれに該当します。
「外国公文書の認証を不要とする条約」を締結している国の場合には、たとえば、公証人が本人の居住証明書を発行し、その公証人を裁判所が認証するような形式となっていて、アポスティーユ (apostille)という付箋が付いています。
アポスティーユ (apostille) とは、ハーグ国際私法会議で締結された外国公文書の認証を不要とする条約が定めているもので、駐日領事による認証に代わり公文書に外務省、公証人役場等が実施する付箋による証明のことです。これによって駐日領事による認証がなくとも、駐日領事の認証があるものと同等のものとして、提出先国(つまり日本)で使用することができるのです。
本人のパスポートの写しについてもこれが原本の写しであることを証明する付箋が付いているものもあります。
これで、「住所」「本人」が確認できることになり、本人確認書類となります。
さて、住所の和訳については、居住証明書などに外国語で記載されている単語や記号(カッコや黒丸など)はそのまま忠実に和訳するほうがよいと思われます。登記手続は形式が重視されるので、原文表記をいたずらに加えたり削ったりしないほうがよいと思われます。
氏名の和訳についても、「姓」と「名」が逆にならないように注意し、いわゆるミドルネームも、パスポートや居住証明書に忠実に和訳したほうがよいと思われます。
代表取締役となる者の場合の留意点
新たに取締役になる者については、議事録または就任承諾書に「住所」「氏名」を記載し、これを証する本人確認書類の添付が必要です。
このため、「住所」と「氏名」の情報を証明できれば足ります。
しかし、取締役に就任するのみならず、代表取締役にも就任する者の場合には、国内に居住している者は就任承諾書などに実印を押し、しかも印鑑証明書を入手してもらう必要があります。
これが、国外に居住している外国人等となると、証明する書類も増えることになめ、本人に的確にリクエストができなければなりません。
抜けてしまったり、五月雨式になると不信感を買うことになります。
重要なのは、「何という名前の書類を準備すればいいのか」という発想ではなく、「日本の印鑑証明書の内容を証明する公的機関が発行したものはどれか」という発想です。
印鑑証明書に記載されている情報は「本人の住所」「本人の氏名」「本人の生年月日」「印鑑」です。
つまり、取締役の就任の場合よりも「本人の生年月日」と「印鑑(に相当するもの。すなわちサイン)」を証明しなければならないのです。
通常は「サイン証明」を入手してもらうことになります。いずれにしても日本の印鑑証明書に記載されている内容を証明する書類を入手するように依頼します。ひとつの文書で証明できなければ、いくつかの証明書を組み合わせることで「本人の住所」「本人の氏名」「本人の生年月日」「印鑑(サイン)」を証明することになります。
さらにうっかりしてしまうのは、あらかじめ就任承諾書や印鑑届を先方に送って、サインして返してもらわなければなりません。
万が一に備え、捨印ではなく、捨サインもお願いするとよいでしょう。もっとも、相手は「2ヶ所にサインするのか」としか思わないでしょう。
用意するハンコ(印章)
新たに就任した取締役や監査役などが就任承諾書や株主総会議事録や本人確認書類に押すハンコ(印章)は実印である必要はありません。いわゆる認印で足ります。
国外に居住している者が取締役や監査役になる場合には、本人確認書類に和訳文を付けなければなりませんが、複数枚にわたるものを契印する場合も、同じ認印を押せば足ります。
なお、新たに就任した取締役がその後で代表取締役になる場合は、実印(外国人等の場合はサイン)が必要となります。
しかし、取締役会設置会社の場合は、代表取締役に就任するのは取締役会であって、少なくとも取締役に選任されたときの株主総会議事録の「出席取締役」に押印するのは認印で足ります。
( おわり )