訴訟から学ぶ非上場株式の価格算定とその理論的根拠 Part3

譲渡制限株式の売買価格を裁判所が決定した事例について、裁判所の決定を法律的見地から解説するのではなく、関係者がどのような点についてどのような主張をしたのかについてまとめております。

今回取り上げるのは、平成25年1月の大阪地裁の決定です。

株式を譲渡する株主が少数株主のため配当還元法によりつつも、株主構成等から経営権を移動する側面もあるとして、収益還元法によるウェイトを重視して加重平均により価格を決定しています。

ご注意ください!

本稿の目的は、裁判所による譲渡制限株式の売買価格の決定事例から、当事者間の交渉の場面で、あるいは、交渉のタタキ台となる評価額の算定の場面で参考になりそうなものを紹介することです。

裁判所の決定内容そのものよりも、「関係者がどのような点についてどのような主張をしたのか」という点こそが実務的には参考になると思われるため、ありがちな裁判所の決定を法律的見地から解説するスタイルではなく、それぞれの主張を列挙するというスタイルにしております。

ところで、裁判所による譲渡制限株式の売買価格の決定は、当事者間の売買価格の決定が不調だったため、裁判所が中立的な立場で決定するものであり、当事者間の交渉にそのまま適用できるものではありません。

また、裁判所による売買価格の決定は、譲渡制限株式発行会社の一切の事情を考慮して行われ、評価方法の決定等の争点も事案に固有な事情に強く影響を受けます。このため、通常の判例とは異なり、個々の事案についての裁判所の決定をそのまま流用したりすることはリスクを伴います。直面する事例との異同点を十分に吟味することが重要です。

本稿で取り扱う事例

  • 大阪地方裁判所平成22年(ヒ)第54号・第62号(平成25年1月31日決定)
  • 判例時報2185号142頁
  • 金融・商事判例1417号51頁

参考ポイント一覧

事例の概要

  • 譲渡制限株式を発行するA社の株主であるX社は、保有するA社株式のすべてをY社に譲渡することとし、Y社との間で売買価格を合意し売買契約を結びました。
  • X社は、A社に対して、Y社へのA社株式の譲渡につき承認を求め、併せて、承認をしない場合にはA社またはA社の指定買取人による買取りを請求しました。
  • A社はX社の譲渡承認請求を拒否し、対象株式の1/2をA社が自ら買い取り、1/2をA社指定のB社(指定買取人)が買い取る旨を通知しました。
  • A社及びB社は会社法の規定による買取資金を供託し、X社はA社株式を供託しました。
  • X社は裁判所に対して、A社が買い取る売買価格の決定とB社が買い取る売買価格の決定を申立てました。

A社の経営権に関する特殊事情

  • A社の各株主はそれぞれ約18%から約25%を保有し、単独での支配株主(議決権の過半数を保有)はいません。
  • X社の有するA社株式の議決権割合は20%に満たないものの、X社代表取締役はA社の役員だった時期がありました。
  • B社がX社の有するA社株式の1/2を取得しても40%に満たないものの特別決議を否決でき、他の株主グループと協調すると過半数となります。

A社の資産状況等に関する特殊事情

  • A社は実質的には代表者の資産管理会社ですが、不動産を所有し不動産賃貸業も行っています。
  • 基準日(X社のA社に対する請求日)時点において、A社は会社を清算する予定はありませんでした。
  • A社の有する資産のうち、市場性のある資産(現預金、上場株式、賃貸不動産)が40%ほどあります。

各当事者が主張した1株あたりの売買価格

  • X社・・・3,149円(時価純資産法)
  • A社・・・1,903円ないし2,326円(DCF法)
  • B社・・・2,067円(DCF法)
  • 裁判所選任鑑定人・・・2,460円(下記参照)

基本的に、売主(X社)としては「高く売りたい」、買主(A社及びB社)は「安く買いたい」わけですから、A社の株式価値は、ネットアセットアプローチ(時価)による評価額のほうがインカムアプローチによる評価額より高いということになります。

なお、参考までに、X社が承認請求したY社との間で合意した価格は1株3,700円、会社法142条2項の規定による供託の際の「1株当たり純資産額」は2,110円です。

決定の概要

裁判所は、A社の買取価格及びB社の買取価格について、ともに鑑定人の算定結果である1株2,460円と決定しました。

その算定は、配当還元法による評価額と収益還元法による評価額を20%と80%で加重平均した額とし、(加重平均前の)収益還元法による評価額については、非流動性ディスカウント(15%)を行うものとしました。

理由の骨子は次のとおりです。

  • X社は基本的に経営権を有しない少数株主のため配当還元法による評価額を適用すべきであるが、特殊な事情のため(上記参照)経営権の移動としての側面を重視して、収益還元法による評価額を80%とする。
  • A社が市場性のある資産を多く有しているため(上記参照)、各株主の協調によって配当による投下資本回収が可能なため、非流動性ディスカウント率を一般的な30%ではなく15%とする。

( 1 )ネットアセットアプローチによる評価額を採用すべきか

X社の主張(の趣旨)

  • A社は資産管理会社としての特質を有していること、実質的には有力株主からのA社の資産の分割あるいは清算を求めるものであることから、ネットアセットアプローチ(純資産法)のみによって評価すべきである。
  • 資産管理会社というA社の特質に照らすと、企業継続を前提として算定されている再調達時価純資産法を最も重視すべきである。
  • 時価純資産法のみによることが適切でない場合でも、インカムアプローチ(DCF法)との両方を重視すべきである。
  • 時価純資産法を採用しないとしても、これによる評価額はA社株式の最低額となるべきである。

原決定の判断(の趣旨)

  • 時価純資産法は、会社の保有する財産の客観的価値に着目した評価方法である。
  • 継続企業であればその財産を活用することによって収益を上げることが予定されているにもかかわらず、その収益力が反映されていない評価方法である。
  • 再調達時価純資産法といっても、対象企業の資産の評価を処分時価でなく再調達時価で行っているだけで、収益力を反映していないことには変わりない。
  • 基準日において解散・清算は予定されていない。
  • 資産管理会社とはいえ、不動産賃貸業を現に行っている。
  • そもそもX社はY社へのA社株式の譲渡を承認請求したのであり、X社がA社に株式の買取り請求をしたわけでもなく、A社の清算を求めたわけではない。
  • A社の資産状況や資産価値は、収益還元法による評価額の算定にあたって考慮されている。
  • よって、ネットアプローチによる評価額は採用しない。

( 2 )インカムアプローチのうち、DCF法による評価額を採用すべきか

A社の主張(の趣旨)

  • A社は不動産賃貸業を営んでおり、解散が予定されている事実もない。
  • A社の(少数)株主はA社が事業を継続し、将来にわたって会社から剰余金配当を受けることを目的として株式を保有しているから、将来の収益力や事業計画を反映できるDCF法が適している。

B社の主張(の趣旨)

  • A社は不動産賃貸業を主たる事業とし収支予測は比較的容易であるため、DCF法の問題点であるフリーキャッシュフローの予測の確実性も高い。

原決定の判断(の趣旨)

  • A社の算定もB社の算定も、いずれも各当事者からの依頼を受けてのもので、その中立性に疑義がないわけではない。
  • A社の算定結果もB社の算定結果も、鑑定人の鑑定結果の合理性、優位性を左右するものではない。
  • よって、インカムアプローチのうち、DCF法による評価額は採用せず、鑑定人の収益還元法による評価額を採用する。

( 3 )インカムアプローチのうち、配当還元法による評価額を採用すべきか

X社の主張(の趣旨)

  • A社は収益の変動にかかわらず一定額の配当を継続しているが、株主でもある役員への報酬総額は配当よりも大きい。よって、同族関係者への利益還元は配当よりも役員に対する報酬という形で行っているため、配当還元法は採用すべきでない。
  • A社は、総資産額の約1/4がB社株式への投資額だがB社は無配であるため、A社の配当可能利益が低く抑えられ、配当還元法による価格が不当に低くなっている。
  • X社、A社またB社がそれぞれ依頼した専門家によるA株式の価値の算定でいずれも配当還元法は考慮されていない。
  • Cの鑑定で配当還元法によって算定された価格は、他の方法による算定結果より著しく乖離(低い)している。

原決定の判断(の趣旨)

  • 少数株主の企業価値に対する支配は基本的に配当という形でしか及ぶことはないから、その株式価値の評価に当たり、配当に着目した配当還元法をある程度考慮することは不合理ではない。
  • 少数株主は将来の配当をコントロールすることができず、現状の配当が不当に低く抑えられているとしても、その限度における配当を期待するほかなく、現状の配当を前提に評価するのは不合理ではない。
  • 株価の算定は、対象となる会社の資産状態のほか業態や特質など一切の事情を考慮し、事情に応じて各評価方法を取捨選択して合理的な結論を導くものであり、一つの手法が他の手法の価格と乖離しているからといって、そのことだけで考慮してはならないということにはならない。
  • よって、インカムアプローチのうち、配当還元法による評価額を採用することは合理性がある。

( 4 )収益還元法による評価額から非流動性ディスカウントを行うべきか

X社の主張(の趣旨)

  • そもそもX社はY社とのA社株式の売買交渉で、Y社はA社に譲渡制限があることを承知で売買価格について合意している(1株3,700円)。
  • よって、この価格を下回る評価額(収益還元法による非流動性ディスカウント前の評価額は3,500円)を、譲渡制限があることを理由にさらに減額すべきでない。

原決定の判断(の趣旨)

  • X社がY社と合意した売買価格は、Y社が株式価値を高く評価しているというにすぎない。
  • このことのみで非流動性ディスカウントを否定するほど投下資本回収の可能性が高いことをうかがわせる事情とはならない。

( 5 )非流動性ディスカウント率を減じるのは妥当か

原決定の概要

  • 非上場会社で譲渡制限が付されているから、譲渡による資金化に制約があるため、非流動性ディスカウントが行われる。
  • しかし、A社の保有する資産には、現金預金、上場有価証券、賃貸マンション、駐車場といった金銭そのものか市場性がある資産が40%ほど含まれている。
  • これらの市場性のある資産については、株主総会等で各株主グループが合意して決議すれば、配当という形で資金を獲得することも不可能ではない。
  • これにを踏まえ、非流動性ディスカウント率は、一般的な30%の半分の15%とする。

B社の主張(の趣旨)

  • B社が、A社代表取締役の親族グループまたはA社と同じ歩調の行動を取ったことはない。
  • A社が資産を換価し現預金と共に配当するというが、実際には株主に多額の課税が生じるため非現実的であり妥当でない。
  • よって、非流動性ディスカウントが低いのは疑問がある。

原決定の判断(の趣旨)

  • 譲渡制限会社の株式については、投下資本回収に制約があることを理由に30%程度価格の評価が下がるのが一般的である。
  • ただし、対象会社特有の投下資本の回収可能性に係る事情からその事情に応じた減額率を採用することにも合理性がある。
  • 鑑定人が非流動性ディスカウントを低くした理由は、A社の事業の特徴、株主構成の特徴から配当による投下資本の回収という形で株式譲渡による投下資本回収の制約をある程度補えるためである。
  • 他の親族グループとの利害関係が一致すれば、保有資産の売却によって配当額を増加させることも十分可能であるといえるから、鑑定人の判断は非現実的なものということはできず、合理性が認められる。
  • よって、非流動性ディスカウント率を一般的な30%よりも低い15%としたことは合理性を欠くものではない。

( 6 )収益還元法による評価額からマイノリティディスカウントを行うべきか

B社の主張(の趣旨)

  • 鑑定人は、申立人が少数株主であると評価しているにもかかわらず、収益還元法による評価額にマイノリティディスカウントを行っていない。
  • 収益還元法は完全な支配権を保有する株主にとっての株式の価値を評価する方法である。
  • よって、少数株主が保有する株式に関しても収益還元法を採用するのであれば、マイノリティディスカウントを行うべきである。

原決定の判断(の趣旨)

  • 鑑定人の鑑定結果は、最終的な株価の総合評価にあたり、A社が少数株主であることを考慮している。
  • A社の売買価格について、完全な支配権を保有する株主にとっての株式の価値を評価する方法である収益還元法のみをもって評価せず、少数株主にとって重視される配当に着目した評価方法である配当還元法を20%の割合で考慮した加重平均を行っている。
  • それに重ねてさらに少数株主であることを理由としたマイノリティディスカウントを行うべきでない。

( 7 )収益還元法と配当還元法との加重平均割合は妥当か

B社の主張(の趣旨)

  • 鑑定人は、X社は外形的には少数株主であるが、経営に影響を与える可能性もあるとして、配当還元法による評価額に20%、収益還元法による評価額に80%のウェイトを置いて評価している。
  • しかし、X社が他のグループと協調して経営に影響を与える可能性は漠然としたものにすぎないにもかかわらず、収益還元法による評価額のウェイトが重過ぎる。

原決定の判断(の趣旨)

  • A社の株主構成をみると、X社を含め他の株主(親族グループ)の保有割合も約18%ないし約25%であり、いずれも単独で支配可能な保有割合を有する株主はいない。
  • このため、いずれの株主も、A社を支配するためには他の株主と協力関係を築かなければならない状態にある。
  • X社は、他の株主との協力関係を築いてA社の支配を獲得する可能性があるだけでなく、A社の支配を望む他の株主にとって無視できない存在である。
  • そうすると、X社の保有割合自体が過半数に達していなくとも、X社が経営に影響を与える可能性がないとはいえず、支配株としての側面を否定することはできないとみるべきである。
  • 鑑定人の算定した価格は、各当事者が依頼した専門家が算定したそれぞれの価格の範囲に入っており、不合理なものということはできない。
  • よって、加重平均割合が合理性を欠くものではない。

( おわり )