( 1 )非流動性ディスカウントに関する最高裁決定の概要

この事案は、吸収合併により消滅することになった会社(非上場会社)の株主が、合併を承認する株主総会の決議に反対し、さらに株式を会社に買い取ってもらうよう請求したところ、買取価格の協議が調わずに裁判所に決定を求めたというものです。根拠条文は会社法785条1項、786条2項です。

最高裁の決定(平成27年3月26日)は、結論は、「裁判所」が「株式買取価格(会社法785条)の決定」を「収益還元法」で行う場合に「非流動性ディスカウントは行わない」というものです。

決定部分だけをとらえるのではなく、決定に至る経緯等も吟味して実務に応用する必要があると考えられます。

そもそも何の話なのか

会社法785条1項によれば、吸収合併で消滅する会社(合併消滅会社)の株主のうち、合併に反対する者は、消滅株式会社に対し、一定の手続を経て自己の有する株式を公正な価格で買い取ることを請求することができます(一定の場合を除きます)。

その後、合併消滅会社と買取請求株主との間で買取価格についての協議が行われますが、一定期間内に協議が調わない場合には、双方とも裁判所に価格の決定を申し立てることができます。

本件は、まさに裁判所が価格決定を行い、最高裁まで進んだ事案です。

最高裁決定のポイント

下級審の概要

第1審(札幌地裁平成24年(ヒ)第34号、平成26年6月23日決定)は、申立人(反対株主)の算定した価格、相手方(株式を買い取る会社)が算定した価格ではなく、裁判所が選定した鑑定人の算定した価格を妥当としました。

抗告審(札幌高裁平成26(ラ)第151号、平成26年9月25日決定)も、第1審の結論を維持しました(抗告棄却)。

最高裁決定のポイント

ところが、最高裁は第1審で裁判所が選任した鑑定人の算定方法を変更して、次のような決定を出しました。

  • 会社法786条2項に基づいて株式の価格の決定の申立てを受けた裁判所は、その合理的な裁量によって公正な価格を形成する。
  • 非上場会社の株式の価格の算定はさまざまな評価手法が存在するが、どのような場合にどの評価、手法を用いるかについては、裁判所の合理的な裁量に委ねられる。
  • 一定の評価手法を合理的であるとして、ある評価手法を合理的なものとして株式の価格の算定を行うこととした場合、その評価手法の内容、性格等からして、考慮することが相当でないと認められる要素を考慮して価格を決定することは許されない。
  • 非流動性ディスカウントは、非上場会社の株式には市場性がなく上場株式に比べて流動性が低いことを理由として減価をするものである。
  • 収益還元法は、当該会社において将来期待される純利益を一定の資本還元率で還元して株式の現在の価格を算定するものであって、類似会社比準法等のような「市場における取引価格との比較」という要素は含まれていない。
  • 収益還元法の算定要素として含まれていない「市場における取引価格との比較」によってさらに減価を行うことは相当でない。
  • したがって、非上場会社において会社法785条1項に基づく株式買取請求がされ、裁判所が収益還元法を用いて株式の買取価格を決定する場合に、非流動性ディスカウントを行うことはできない。

なお、評価方法の名称として、最高裁決定では「収益還元法」としていますが、第1審、控訴審では「利益還元法」となっています。なお、日本公認会計士協会の「企業価値評価ガイドライン」では「利益還元法」となっています。本稿では、最高裁決定に合わせて「収益還元法」といたします。

最高裁決定のロジック

決定に至るプロセス

この最高裁決定は、次のような条件や選択の結果として導かれています。

  • 株主が合併を承認する株主総会で反対しようとする
  • 反対株主は会社に株式を買い取ってもらうことを選択し、会社法上の手続に従い会社に請求する
  • 株主総会で合併が承認される
  • 買取価格について会社と買取請求株主との協議が調わず、いずれかが裁判所に価格決定を申立てる
  • 裁判所はさまざまな評価方法から収益還元法が合理的であると採用して買取価格を決定する

まず、合併契約の承認は、原則として株主総会の決議を要します。合併に反対したにもかかわらず合併が承認されるということは、少なくともその株主は少数株主ということになります。

つぎに、合併すると、合併消滅会社の株主には合併比率に基づいて存続会社からの株式またはその他の財産を取得することになります。ここで、合併に反対する株主にはふたつの選択肢があります。新たに存続会社の株主となるのか、それとも、もはやその気はなく、会社に株式を買い取ってもらうよう請求するのかという選択です。

さらに、買取価格について、会社と買取請求株主との間での協議が不調に終わり、しかも買取請求株主が買取請求を撤回しない場合には、裁判所に買取価格の決定を申し立てます。

裁判所は、両当事者の買取価格についての考えや、選任した鑑定人による算定結果を踏まえて、収益還元法がもっとも合理的と判断します。

この収益還元法による算定において、非流動性ディスカウント(一定の比率による評価額の減価)を考慮しないというものです。

つまり、最高裁決定は、「少数株主の合併反対の意思」「反対株主の買取請求の選択」「会社と買取請求株主の価格協議の不調」「裁判所への買取価格決定の申立て」「裁判所が収益還元法で買取価格を決定」といういくつかの要因が積み重なったうえで導き出されたものです。

最高裁による非流動性ディスカウントを行わないロジック

最高裁決定によれば、収益還元法に対して非流動性ディスカウントを行わない根拠を、収益還元法の計算要素に求めています。

非流動性ディスカウントは「非上場会社の株式には市場性がなく上場株式に比べて流動性が低いことを理由として行う減価」であり、「取引市場がある上場会社の株価(取引価格)との比較」によるものだというのです。

そして、この「取引市場がある上場会社の株価(取引価格)との比較」というのは、収益還元法の算定要素にはないから、非流動性ディスカウントは行うべきではないとしています。

第1審や控訴審での各当事者の非流動性ディスカウントに関する見解は次回以降で検討しますが、最高裁決定のロジックでは、非流動性ディスカウントを「上場会社の取引価格との比較」すなわちマーケット・アプローチでの評価における算定要素としていると考えられます。

実務への応用の可否

この事案は、先ほど申し上げたとおり、「合併に反対する株主が会社に対して株式の買取りを請求した」という、もっぱら法律の規定によるものです。

会社にはもともと買い取る意思が積極的でない状況といえます。

これを一般的な売買で考えてみますと、売主が「前がかり」「前のめり」のため足元見られて安値で買い叩かれかねないという局面です。

また、「裁判所が買取価格を決定した」局面であり、当事者の交渉によって決まったわけではありません。

このため、「最高裁決定の事案とは違いますよね」という主張も成り立ちえます。

いっぽうで、すべての当事者がこの最高裁決定を知っているわけではありません。

交渉において、「収益還元法には非流動性ディスカウントは行わないって最高裁決定がある」という結論だけを強引に主張するということもありうるのかもしれません。

さて、先ほど申し上げた最高裁決定のロジックを徹底すると、マーケット・アプローチ以外の算定方法であるインカム・アプローチやネットアセット・アプローチではおよそ非流動性ディスカウントは適用されないという考え方もできうることになります。

いっぽうで、非流動性ディスカウントを、特定の算定方法の計算要素のひとつとしての「市場での取引価格との比較による減価」という側面よりも、そもそもの「流動化すなわち株式譲渡取引の実現可能性(困難性)としての減価」という側面をより強く捉えれば、必ずしも算定方法によって排除するしないという切り口にはならないと思われます。

この場合、市場が存在する上場会社では非流動性ディスカウントは0%となり、リスク要因の高い会社(収益性が低く継続性に疑義があるなど)であるほど取引が実現するにはディスカウント率は大きくなり、流動化が達成される時期が近い場合にはディスカウント率は小さくなると考えられます。

( つづく )