「カウンターデューデリ」の方法(価値算定結果の批判的検討)

M&A等におけるデューデリジェンスの範囲そして内容は多岐にわたりますが、結局のところ、「取引するのか否か」の前提として、あるいは、取引すると決定した後で、「取引のお値段はいくらですか?」という点に収斂されていくように思われます。

本稿では、相手方から先に価格を提示され、それを検討・吟味する当事者サイドの立場で進めます。

はじめに

M&A等におけるデューデリジェンスの範囲そして内容は多岐にわたりますが、結局のところ、「取引するのか否か」の前提として、あるいは、取引すると決定した後で、「取引のお値段はいくらですか?」という点に収斂されていくように思われます。

さて、そのお値段とは、アカデミックにいえば、事業価値であったり、株主価値であったり、株式価値であったりします。 いずれにしても、取引当事者の双方または一方からお値段が提示されます(提示価格)。その提示価格は、取引交渉を鑑みた「ふっかけ」であったり、または、それなりにもっともらしく算定された「希望価格」であったりします。

本稿では、先に価格を提示され、それを検討・吟味する当事者の立場で進めます。なぜなら、価値の算定方法は、腐るほど巷にあふれているものの、算定結果について検討・吟味する方法についてはそれほどでもないように思われるからです。 この点で、デューデリ(の結果による価値計算書)に対するデューデリという意味で、「カウンターデューデリ」と勝手に命名することにします。

総論

提示された価値の額の根拠をつかむ

「提示価格」が「ふっかけ」であったとしても、そうでなかったとしても、その額の根拠となる一定の資料が提供されることが一般的です。一定の資料とは、〇〇評価報告書や〇〇価値算定書などといったものがありますし、単純に過去の決算書や月次決算書ということもあります。

まず何より重要なのが、提示価格とその根拠の関係性の確認です。

この根拠と価値の額との関係が判明すれば、その根拠となる報告書等の算定過程の欠点を衝けば、そのまま価値の額は増減することになります。

つまり、首根っこをつかむことです。

あえて場外乱闘はしない

実は、相手方にとってイタいのは、議論がかみ合わないことよりも、議論がかみ合っていることです。

たとえば、価値の算定において、その算定方法が妥当でないことを衝いても、議論は平行線となってかみ合わず、ただ双方が自己の正当性と相手方の批判をしているだけで不毛のまま結局時間切れで終わることがままあります(それがネライであることもあります)。プロレスでいえば両者リングアウトというやつです。

ところが、相手と同じ算定方法で異なる数値を出せば、与えるダメージは大きいことになります。

わたくしは、他人の作った情報について評価しイチャモンをつけることはめっぽう得意でも、自分の作った情報について他人に評価されイチャモンをつけられることは耐えられない方を少なくとも一人知っています。

また、ありがちなこととして、「当職(当事務所、弊社)は、評価対象会社が作成した資料に基づいて(算定した)」となっていることが一般的です。

これは、実質的には、算定者のリスクヘッジともいえるわけですが、むしろこれを有効に利用します。

つまり、その「評価対象会社が作成した資料」のアバウトさを衝きつつ、相手方が採用した算定方法で評価すればよいことになります。

なお、「評価対象会社が作成した資料」のどこがアバウトなのか、数値はどう修正するのかについては、実際に自分で数字を作れる現場力がそれなりにないと、問題点の発見そして修正作業は効率よくできません。

各論

評価方法の選択が妥当かどうかを衝く

よくありがちなのが、いわゆる国税庁方式による評価をして、それで終了というものです。しかし、「なんで国税庁方式を採用したのか」「それ以外の方法ではダメなのか」がまったく示されていない場合には、ただちに容赦ないツッコミをかけることになります。

また、教科書的に、「インカム・アプローチによる評価方式が妥当である」という結論へのもっていきかたがあまりにもイージーで、他のアプローチによる評価の検討をしていない場合も同様です。

ぶっちゃけ、デューデリなどで作成される〇〇計算書は、過去に作成したり他人が作成したものを流用しているものが少なくありません。この場合、「テンプレート」に「あてはめる」ために、論理が飛躍していたり、矛盾していることが少なくありません。

徹底的に読み込み、丁寧にそのエラーを拾い出して、それらを淡々と衝くことになります。

算定プロセスを衝く

評価方式の選択のレベルでは「それなりにもっともらしい」ということになっても、個々の算定プロセスが雑すぎということもよくあります。

たとえば、非上場会社の価値の算定にあたり、類似する業種の上場企業の諸数値が必要だとします。このとき、上場企業の選択がそもそもおかしくないか、直近の四半期決算(つまり決算単信)を使っているかなどがチェックするポイントとなります。

また、ハイブリッド的に、インカム・アプローチの評価額とネットアセット・アプローチの評価額を50%ずつで評価(いわゆる併用方式)している場合、なんで併用したのか、なんで〇%と〇%なのかという説明が薄いものがあります。

さらに、「〇〇ディスカウントを〇%とした」という場合、〇〇ディスカウントをした根拠や、なんで〇%が相当なのかという説明がキチンとなされているかどうかを検討します。

また、いっけん誰が評価しても同じ算定結果であるに思える国税庁方式でも、ツッコむ対象はいくらでもあります

業種の選定などで間違うのは論外だとしても、純資産価額の算定で、自然発生借地権や営業権が完全に落ちていたりします。また、法人税法(所得税法)上の時価を算定しなければならないのに、土地等の価額を路線価で評価されていたりします。

ありがちなのが、法人税法(所得税法)上の時価の算定では、小会社として評価しなければならないのに、単純に相続税ソフトに計算させた結果をそのまま使っていると、実は中会社として評価していた(とくに類似業種比準価額の斟酌率の計算)ことになります。

基礎情報を衝く

価値の算定プロセスそのものは妥当であっても、その前提となる資料(決算書や経営計画)が雑であることを衝くことで、価値は大きく変わりえます。

先ほども申し上げましたが、相手方と同じ算定方法で異なる数値を出せば、与えるダメージは大きく、相手方は認めざるを得ない可能性があります。

たとえば、誰が算定しても同じ金額となることが想定されている国税庁方式による評価であっても、その純資産価額の計算において、当然のように直前期末の貸借対照表を基礎とし、評価時点での仮決算をまったくしていないものがよく見受けられます。なぜ仮決算による数値よりも直前期末の数値のほうが妥当なのかという検討がまったくないのです。

また、仮決算をしていても、もともと期中月次決算のレベルが高くないとその精度は低いと言わざるをえません。期中は現金主義で経理処理を行っていたり、消費税を税込経理方式で会計処理を行っているのに仮決算では消費税の納付(または還付)相当額を費用(または収益)にしていなかったりしている場合です。

経営計画を衝く典型的なやり方は、経営計画の対象期間に現実の期間がかぶるときに、経営計画の数値と実際の数値との違いを検討し、「計画の最初の段階ですでに実績と相当ずれてますよね?修正していただけますか?」と追及するものです。

留意点

もっとも重要なのは、相手方の提示価格を批判することではありません。当方の利益になることです。

当事者不在で、もっぱら自己の専門分野での理屈を振りかざし、結果として当事者の望んでいないこと(取引不成立やさらに不利な結果となる)につながることは避けなければなりません。

検討にあたっては、当然批判に対する反論を想定しながら行うことが重要です。こちらに誤りがあることも多々あるからです。とくに「相手方は恣意的に高く(低く)価値を算定している」と先入観を持っているとミスは生じやすくなります。

また、明らかなツッコミどころがあっても、すぐに相手方との交渉の具に使うかどうかは慎重であるべきです。 すぐに一番いいタイミングで仕掛けるべきです。

また、相手方の算定結果が当方にとって有利な場合には、あえてスルーする戦術も考えられます。

私の経験では、売手サイドにいて(つまり価格は高いほうが有利です。)、相手方の専門家が作成した算定結果に比較的大きな誤りがありましたが(過大評価)、売手にとって過大評価は不利ではないことからそのままスルーし、結果として過大評価のままで取引が行われたことがありました。もし、私がオモテに出てしまったら、相手方の専門家も再計算してミスに気付いたかもしれません。

けっきょく、正しい数値は何かという学者的な視点に加えて、当方の利益になるのはどうすればよいのかという実務家的な視点が求められるといえます。

( おわり )