訴訟から学ぶ非上場株式の価格算定とその理論的根拠 Part4

譲渡制限株式の売買価格を裁判所が決定した事例について、裁判所の決定を法律的見地から解説するのではなく、関係者がどのような点についてどのような主張をしたのかについてまとめております。

今回取り上げるのは、平成20年4月の東京高裁の決定です。

ベンチャー企業の株式売買価格について、収益還元法による評価額のみを採用し、純資産法による評価額は併用すらしていません。また、収益還元法の収益予測の基礎となる決算期を直前2期とし、それ以前の決算期は織り込みませんでした。

ご注意ください!

本稿の目的は、裁判所による譲渡制限株式の売買価格の決定事例から、当事者間の交渉の場面で、あるいは、交渉のタタキ台となる評価額の算定の場面で参考になりそうなものを紹介することです。

裁判所の決定内容そのものよりも、「関係者がどのような点についてどのような主張をしたのか」という点こそが実務的には参考になると思われるため、ありがちな裁判所の決定を法律的見地から解説するスタイルではなく、それぞれの主張を列挙するというスタイルにしております。

ところで、裁判所による譲渡制限株式の売買価格の決定は、当事者間の売買価格の決定が不調だったため、裁判所が中立的な立場で決定するものであり、当事者間の交渉にそのまま適用できるものではありません。

また、裁判所による売買価格の決定は、譲渡制限株式発行会社の一切の事情を考慮して行われ、評価方法の決定等の争点も事案に固有な事情に強く影響を受けます。このため、通常の判例とは異なり、個々の事案についての裁判所の決定をそのまま流用したりすることはリスクを伴います。直面する事例との異同点を十分に吟味することが重要です。

本稿で取り扱う事例

  • 東京高等裁判所平成20年(ラ)第301号(平成20年4月4日決定)
  • 金融・商事判例1295号49頁

参考ポイント一覧

事例の概要

  • 譲渡制限株式を発行するA社の株主であるX社は、保有するA社株式のすべてを譲渡することとし、A社に対して、Y社へのA社株式の譲渡につき承認を求め、併せて、承認をしない場合にはA社またはA社の指定買取人による買取りを請求しました。
  • A社はX社の譲渡承認請求を拒否し、対象株式のすべてをA社指定のB社(指定買取人)が買い取る旨を通知しました。
  • A社及びB社は会社法の規定による買取資金を供託し、X社はA社株式を供託しました。
  • X社は裁判所に対して、B社が買い取る売買価格の決定を申立てました。

A社の経営権に関する特殊事情

  • A社の株主構成は、X社が60%、Y社が40%でした。
  • 平成17年2月に、X社はY社からY社の保有する株式すべてを1株50,000円で取得し、A社はいったんX社の100%子会社となりましたが、X社はA社の株式の60%を1株55,555円でB社に譲渡しました。この段階で、A社の株主構成は、X社が40%、B社が60%を保有しています。
  • 約2年後の平成19年3月下旬、X社はA社株式をすべて譲渡することとし、指定買取人はB社となりました。B社がA社株式を取得すると、A社はB社の100%子会社となります。

A社の経営状況等に関する特殊事情

  • A社はIT産業に属し、デジタルコンテンツを配信する事業を営んでいます。
  • 基準日(X社のA社に対する株式譲渡承認請求日である平成19年3月下旬)時点において、A社は設立7年目で、営業を開始して5年ほどしか経過していません。
  • A社は基準日時点で近い将来清算する予定はありません。
  • A社の財政状態は、創業7年目ということもあり純資産額はそれほど多くありません。また、事業の性質上固定資産をあまり保有せず、また、不動産等含み益のある資産はありません。
  • A社の経営成績は、売上高は上昇基調にあったものの、平成17年3月期までは初期投資等の償却等で多額の一般管理費を計上し営業赤字となっていました。
  • B社が平成17年2月にA社株式の60%を取得して子会社にしてからは、B社グループの中核事業であるコンテンツ配信事業を担い、平成18年3月期は一般管理費の激減もあり営業黒字に転じ、平成19年3月期も好調な成績でした。
  • A社は平成20年3月期もさらに好調な経営成績であることが予想されています。

各当事者が主張した1株あたりの売買価格

  • X社・・・25,000円
  • B社・・・6,572円

両当事者ともに原審、抗告審ともに同額の主張をしています。

X社の主張は1株25,000円ですが、X社の算定結果は1株39,970円です。この額は、取引事例法55,555円、収益還元法41,930円及び類似会社比較法22,428円を平均した値です。

B社の額は、純資産法7,378円、収益還元法7,033円及び配当還元法0円を、70%、20%及び10%で加重平均した値です。

なお、参考までに、会社法142条2項の規定による供託の際の「1株当たり純資産額」は約5,986円です。

両社の評価によれば、A社の株式価値は、インカムアプローチ(収益還元法)やマーケットアプローチ(取引事例法、類似会社比較法)による評価額のほうがネットアセットアプローチ(純資産法)による評価額より高くなっています。

売主(X社)としては「高く売りたい」、買主(B社)は「安く買いたい」わけですから、有利な評価方法を取り込んでいくことになります。同じ収益還元法でもまったく異なる値となっています。

裁判所の決定と理由

原決定は、売買価格について収益還元法のみで算定し1株12,929円と決定しました(高裁も支持)。

理由の骨子は次のとおりです。

  • X社はA社の議決権の1/3超(40%)を保有し経営に一定の影響を与えるため少数株主ではなく支配株主である。いっぽう、B社はすでにA社の議決権の60%を保有しており、今回の買取りの40%分を含めるとA社を完全に支配することになる。よって、経営権の移動としてとらえるべきである。
  • A社は純資産方式を採用すると株式価値を過小評価するおそれがあるため、純資産方式を併用することを含めて採用すべきではない。
  • A社は成長力の大きいベンチャー企業であり、売上は順調に推移し今後も一定程度の利益が見込まれるため、収益還元方式のみによって株式価値を評価すべきである。

(1)株式価値の評価の基礎資料は、基準日直後のものを利用できるか

裁判所の判断(の趣旨)