( 7 )割引率の調整と非上場企業の割引率

CAPM理論に基づく加重平均資本コスト(WACC)は、自己資本と他人資本(有利子負債)の比率(資本構成)が一定であることを前提にしています。そこで、資本構成が異なる場合には、完全自己資本コストを用いた修正現在価値法が用いられることがあります。また、非上場企業の資本コストは、類似上場企業を複数選択して算定することが一般的です。

資本構成が変化する場合に用いる完全自己資本コストと修正現在価値法(APV法)

加重平均資本コストは、資本構成すなわち自己資本と借入資本の構成が一定であると仮定しています。このため、将来の予測事業計画で、借入金返済や社債償還あるいは増資で資本構成が変化するときは、そのつど加重平均資本コストを再計算して現在価値を計算するのはやや煩雑です。

そこで、資本構成がすべて自己資本と仮定して算定された自己資本コスト(完全自己資本コスト)を用いて、修正されたDCF法(修正現在価値法APV法、Adjusted present value method)で事業価値等を算定する方法があります。

完全自己資本コストの計算は、自己資本と他人資本を統合したβ(資本β(Levered β))を、他人資本のない状態のβ(資産βUnlevered β))に修正し、資産βをもって自己資本コストを算定します。

完全自己資本コスト=リスクフリーレート+マーケットリスクプレミアム×資産β(Unlevered β))

なお、資本構成が変化する場合の事業価値等の算定にあたっては、将来の各事業年度のフリーキャッシュフローの合計額及び継続価値の額に完全自己資本コストを基礎にした現在価値を計算した金額に加えて、将来の各事業年度の支払利息の節税額(支払利息×実効税率)及び支払利息節税額の継続価値の額に完全自己資本コストを基礎にした現在価値を計算した金額を加算します。

通常のDCF法

事業価値=「各予測事業年度のフリーキャッシュフロー+継続価値」を加重平均資本コストで割り引いた額

修正現在価値法(APV法)

事業価値=(各予測事業年度のフリーキャッシュフロー+継続価値)+(各予測事業年度の支払利息の節税額+支払利息の節税額の継続価値)を完全自己資本コストで割り引いた額

非上場企業の場合

非上場企業の場合は、市場での株価がないために自己資本の時価を算定できず、時価ベースで資本構成を算定するのは困難です。また、自己資本コストを算定するためのβが存在しません。そこで、類似する上場企業を複数選択してその平均値を割引率とすることが一般的のようです。

  • 他人資本(有利子負債)コストを計算し、自己資本コストの算定基礎となる「株式市場全体の投資収益率」「リスクフリーレート」を設定しておきます。
  • 類似する上場企業を複数選択します。
  • 各企業の決算短信等から最新の現預金と有利子負債の残高を調べ、有利子負債残高を計算します。
  • 各企業の株価に発行済株式数を乗じて自己資本の時価を算定します。
  • 各企業の資本構成(自己資本と(純)有利子負債の割合)を計算し、平均値を出します。
  • 各企業の資本β(Levered β)を算定、あるいは、経済サイト等から調べます。
  • 各企業の資本β(Levered β)を他人資本のない資産β(Unlevered β)に修正し、各企業の資産βを平均します。
  • 資産βの平均値と資本構成の平均値から資本βを再計算します(平均資本β(Relevered β))
  • 平均資本βで自己資本コストを計算し、他人資本(有利子負債)コストと資本構成の平均値から加重平均資本コストを算定します。
  • この加重平均資本コストに小規模企業特有のリスクプレミアムを加算したり、対象企業特有のリスク等による影響を調整して対象非上場企業の割引率とします。

対象となる類似上場企業はそれぞれ異なる資本構成(他人資本と自己資本の割合)を持っています。各企業それぞれの自己資本と他人資本を統合したβ(資本β(Levered β))を単純に平均するのは妥当でありません。

そこで、ひとつの方法として、まず、各企業の資本β、他人資本のない状態のβ(資産β(Unlevered β))に修正して各企業の資産βを平均します。つぎに、この平均資産βと、各企業の自己資本平均値と他人資本平均値から、他人資本も含めた資本β(Relevered β)を再計算します。そして、この再計算された資本β(Relevered β)を、非上場企業の自己資本コストの算定で利用します。

さらに、小規模企業特有のリスクプレミアムを加算したり、当該企業の属する産業特有のリスクなどを必要にに応じて加算します。

非上場企業での修正現在価値法

事業価値等の算定対象となる非上場企業について、事業計画で資本構成が変化する場合には、割引率の採用にあたり資本構成が一定であることを前提とした加重平均資本コストを用いることは妥当でないため、類似する上場企業の完全自己資本コストを用いて、事業価値の算定を修正現在価値法(APV法)によって行います。

この場合には、類似する上場企業の資本β(Levered β)を他人資本のない資産β(Unlevered β)に修正し、類似上場企業の資産βの平均値で完全自己資本コストを算出します

(類似する上場企業の)完全自己資本コストに、小規模企業特有のリスクプレミアムを加算したり、当該企業の属する産業特有のリスクなどを必要にに応じて加算します。

通常のDCF法

事業価値=「各予測事業年度のフリーキャッシュフロー+継続価値」を加重平均資本コストで割り引いた額

修正現在価値法(APV法)

事業価値=(各予測事業年度のフリーキャッシュフロー+継続価値)+(各予測事業年度の支払利息の節税額+支払利息の節税額の継続価値)完全自己資本コストで割り引いた額

( つづく )