( 4 )役員退職金に係る税務リスク

支給する法人の最大のリスクは、役員退職給与の額に不相当に高額な部分の損金算入が否認されることです。

ただ、このリスクのために、役員退職給与の支給金額そのものを下げるというのは本末転倒です。

役員退職給与の算定要素である最終の役員報酬(役員給与)が不相当に高額と認定されるリスクがあり、これに該当すると、さらに役員退職給与も不相当に高額と認定されるリスクがあります。

分掌変更等によって役員退職金が支給される場合、いわゆる「役員賞与」として全額が否認されるリスクがあります。この場合、受け取る個人も給与所得となり所得税が追徴されることになります。法人に源泉徴収もれのリスクもあります。

法人所得は過少だったことになるため、当該法人の株価も過少だったこととなり、株価を基礎として当該法人の株式を贈与あるいは譲渡した場合には、贈与税や譲渡所得税が追徴されるリスクがあります。

役員退職金を支給する法人のリスク

役員退職金を支給する法人は、当該事業年度の法人税等の負担を軽減できるばかりでなく、株式価値も下げることになるため、このタイミングで贈与や譲渡を行うことによって贈与税や譲渡所得税を軽減できるため、事業承継や相続税対策にも有効です。

では、役員退職金を支給する法人のリスクとはなんでしょう。

もっともポピュラーなのが、損金の額に算入した役員退職金の一部が「不相当に高額」と認定されて、損金とならないリスクです。

しかし、もっと恐ろしいのは、「そもそも役員退職金と認められない」リスクです。

こちらから申し上げたいと思います。

そもそも役員退職金として認められないリスク

実は、退職給与については、支払うサイド、つまり、法人税法上の定義はありません。

受け取るサイド、つまり、所得税法上では、退職所得となる「退職手当等」とは、本来退職しなかったとしたならば支払われなかったもので、退職したことに基因して一時に支払われることとなった給与と解されています。そして、「退職により一時に受ける給与」に当たるというためには、次の要件をすべて満たす必要があります。

  • ① 退職すなわち勤務関係あるいは委任関係などの関係の終了という事実によってはじめて給付されること
  • ② 従来の継続的な勤務に対する報償ないしその間の労務の対価の一部の後払の性質を有すること
  • ③ 一時金として支払われること

もっとも、形式的には当該各要件の全てを備えていなくても、実質的にみてこれらの要件の要求するところに適合し、課税上、「退職により一時に受ける給与」と同一に取り扱うことを相当とするものも含まれると解されます(最高裁昭和58年9月9日判決)。

役員の分掌変更等があった場合の役員退職金

役員が実際に退職していなくても、役員の分掌変更等があった場合に実質的に退職したと同様の事情にあるとして退職給与を支給することがあります。

法人が役員の分掌変更または改選による再任等にあたり、役員に対し退職給与として支給した給与については、その支給が、以下のような事実があるものなど、役員としての地位または職務の内容が激変して実質的に退職したと同様の事情にあると認められることによるものである場合には、退職給与となります(法人税基本通達9-2-32)。

  • ① 常勤役員が非常勤役員になったこと。ただし、常時勤務していないものであっても代表権を有する者及び代表権は有しないが実質的にその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者は除きます。
  • ② 取締役が監査役になったこと。(監査役でありながら実質的にその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者及びその法人の株主等で法人税法施行令71条1項5号の使用人兼務役員とされない役員の要件のすべてを満たしている者を除きます。
  • ③ 分掌変更等の後におけるその役員の給与が激減(おおむね50%以上の減少)したこと。その分掌変更等の後においてもその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者を除きます。

ただし、形式的に上記の要件を満たしていたとしても、分掌変更により実質的に退職したと同様の事情にあるとは認められない場合には、役員退職給与となりません。

実際に、このような国税不服審判所の裁決が出ています(平成24年12月18日、TAINSコードはF0-2-506)。

役員退職金と認められなかった場合はどうなるか

役員退職給与と認められないとするとどうなるのでしょうか。

退職給与ではないとしても、役員に給与を支給したことには変わりありません。 ところで、法人がその役員に対して支給する給与のうち、定期同額給与、事前確定届出給与または利益連動給与のいずれかに該当しない限り損金に算入されないことになります。

分掌変更して、激減しているとはいえ報酬月額(役員給与)は支給しているとすると、この額が定期同額給与に該当することになります。そうすると、分掌変更に伴う「退職金」は、定期同額給与、事前確定届出給与または利益連動給与のいずれにも該当せず、いわゆる「役員賞与」と同じになります。

すると、分掌変更等に伴う「退職金」の全額が損金に算入されないことになります。「過大役員退職給与」と認められればその部分だけが損金に算入されないことにとどまりますが、そもそも役員退職給与と認められないと、全額が損金に算入されないことになります。

負の連鎖

分掌変更等に伴う「退職金」が、役員退職給与と認められない場合、その全額が損金に算入されないという法人税の問題にとどまりません。この影響は、受け取った個人にも及びます。

この「退職金」が退職所得と認められないため、給与所得となります。給与所得となった場合には、やはり他の所得と合算されて累進税率が適用されるため(総合課税)、多額の所得税等が追徴されることになります。

また、ブーメラン的に、源泉徴収義務者である法人にも及びます。退職金の源泉徴収金額と給料(この場合はおそらく賞与)の源泉徴収金額は異なるため、源泉徴収もれとなります。

なお、役員退職金の一部が過大役員退職給与だと認定された場合は、少なくとも退職給与であることは否定されていないため、支給を受けた役員も退職所得であることには変わりません。よって、法人税が追徴課税されても、法人が源泉徴収もれを指摘されることはありません。

(参考)

また、分掌変更等による役員退職給与については、当該事業年度で実際に支給しなければならず、法人が未払金等に計上した場合の当該未払金等の額は原則として退職給与とはなりません。この場合も、定期同額給与等のいずれにも該当しないと、その全額が損金に算入されません。

この点はルールの問題なので、事実認定でどんなに理論闘争してもたいてい勝ち目がありません。足元をしっかり固めるべきです。

不相当に高額な部分が損金不算入となるリスク

ここで、もっともポピュラーなリスクです。

法人が退職した役員に支給する退職金(役員退職給与)の額のうち不相当に高額な部分の金額は、損金の額に算入されません(法人税法34条2項)。いわゆる「過大役員退職給与」です。

では、逆に、役員退職給与の額のうち、損金の額に算入される金額とはなんでしょう。

退職した役員の当該法人の業務に従事した期間、その退職の事情、当該法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況等に照らし、その退職した役員に対する退職給与として相当であると認められる金額をいいます(法人税法施行令70条2項)。

ところが、「当該法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況等」は、基本的に事前に知ることはできません。

このため、当初の法人税の申告の段階では、役員退職給与の全額が損金の額に算入されています。つまり、申告書上で特段の加算処理、すなわち、役員退職給与の一部をあらかじめ自己否認して当期純利益に加算することはありません(そもそも自己否認する金額を確定できません。)。このため、税務調査の段階で、役員退職給与の一部が「不相当の高額」だと認定されて更正処分がなされることになります。

不相当に高額な部分とは

一般的な役員退職金の額の算定方法は、「最終の役員報酬月額×役員勤続年数×役員としての功績倍率」で行われます。

功績倍率をどうするかによって役員退職金の額は大きく変わります。

いっぽう、「当該法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況等」は、うかがい知ることはできません。

このため、過大役員退職給与に関する議論は、どうしても「功績倍率が何倍なら大丈夫か」が中心になります。

不相当に高額かどうかの判定の基礎となる役員退職給与の範囲

判定の基礎となる役員退職給与の範囲については、退職により支給される一切の給与が退職給与となります。

法人が、一定の計算式で算定する(通常の)役員退職金の額のほかに功労金または特別功労金などを別途支給する場合でも、すべて合計したところで不相当に高額かどうかを判定します。

このため、功績倍率の大きさでの争いになったときには、功労金や特別功労金などをすべて合計したところで功績倍率を判断することになります。「計算方法が違う」などの主張は、対外的には何の意味ももちません。

なお、死亡退職金の支給の際に合わせて支払われる弔慰金等については、相続税法基本通達3-20(弔慰金等の取扱い)に準じて判断されます。これによれば、被相続人の死亡が業務上の死亡であるときは被相続人の死亡当時の役員給与の3年分に相当する額、被相続人の死亡が業務上の死亡でないときは被相続人の死亡当時の役員給与の半年分に相当する額までは相続税は課されません。 もっとも、弔慰金などの名目であっても、実質的に死亡退職金に該当すると認められる部分は、相続税の課税対象となります。

よって、弔慰金等について相続税の課税対象とならない部分の額は、役員退職給与には含まれませんが、相続税の課税対象となる弔慰金等については、これを役員退職給与に含めて不相当に高額かどうかを判定することになります。

また、注意したいルールがあります。

使用人兼務役員に対する退職給与については、使用人兼務役員に対して支給すべき退職給与を役員分と使用人分とに区分して支給した場合においても、その合計額で不相当に高額かどうかを判定します。

また、退職した役員が、その退職した法人から退職給与の支給を受けるほか、既往における使用人兼務役員としての勤務に応ずる厚生年金基金からの給付、確定給付企業年金に係る規約に基づく給付、企業型年金規約に基づく給付または適格退職年金契約に基づく給付を受ける場合には、これらの給付額を勘案してその退職給与の額が不相当に高額であるかどうかの判定します。

最終の役員報酬月額が「不相当に高額」として否認されるリスク

役員退職金の額の算定方法は、実務上は「最終の役員報酬月額×役員勤続年数×役員としての功績倍率」で行うのが一般的です。

退職金の額には功績倍率がもっともインパクトを与えますが、「最終の役員報酬月額」を増額しても役員退職金の額は増えます。

このため、退任時の事業年度の役員報酬月額を(大きく)増加させて退任することもよく行われます。

ただし、役員退職金と同様に役員報酬(役員給与)についても、不相当に高額な部分はやはり損金に算入されません。類似法人の適正な役員給与もまた手探りなのです。

不相当に高額な最終の役員報酬月額をベースにして算定された役員退職金の額は、功績倍率がたとえ適正であったとしても、不相当に高額な部分が生じるリスクが増大することになります。

最悪の場合、不相当に高額な役員給与で否認され、さらに、不相当に高額な役員退職給与で否認されるということになります。

過大役員退職給与に関する重大な誤解

ここで、重大な誤解があります。「過大役員退職給与で税務当局に否認されるから、支給する役員退職金を少なくしよう」というものです。

これは、まったくの本末転倒です。

そもそも、役員に支給する退職金の額やその算定方法などは、会社が自由に決めることができるのです(会社法361条)。

税務当局に過大役員退職給与として否認されるのは、「役員退職給与を支給したから」「役員退職給与の金額そのものが高額だから」否認されるのではなく、「法人税の申告にあたって法人の所得金額の計算上、損金に算入された役員退職給与の金額の一部に不相当に高額と認められる部分があるので、この部分は損金とは認められないから」否認されるのです。

実際に、支給した法人に法人税等の追徴課税などのペナルティはありますが、支給を受けた個人にはペナルティはありません。とくに、個人にとって退職金は所得税法上のメリットが大きいのです。ですから、過大役員退職給与と認定されて法人税等の追徴課税や過少申告加算税の賦課決定をおそれるあまり、役員退職金の額の決定に過剰に保守的になるのは本末転倒といっていいでしょう。

逆にいえば、過大役員退職給与を認定されたときに、「受け取った個人の当該退職所得に係る所得税を減額してくれ」「死亡退職金に係る相続税を減額してくれ」という主張は失当ということになります。

ところで、逆に諸般の事由で役員退職金を減らしたい場合には、この法人税法上のリスクは説得のための方便として利用することができます。

なお、この理は、月々の役員報酬に係る「過大役員給与」でも妥当します。

役員退職金を受け取る者のリスク

役員退職金を受け取る者(本人または相続人など)には、所得税法上や相続税法上のメリットがあります。

では、役員退職金を受け取る者のリスクとはなんでしょう。

それは、役員退職金が、退職所得と認められない場合です。

具体的には、退職金を分割して受け取っている場合と、分掌変更(常勤から非常勤など)で退職金を受け取っているものの役員として会社に残っている場合です。

役員退職金を分割支給されている場合

退職金を分割して受け取っている場合、その理由が会社の資金繰り等によるものであれば通常はトラブルは生じませんが、資金繰り等によるものではない場合や分割支給が長期にわたる場合には、退職金ではなく年金を受け取っているものと認定されるリスクがあります。

年金を受け取っていると認められると、退職所得ではなく雑所得となります。雑所得は他の所得と合算されて累進税率が適用されるため(総合課税)、著しく不利となります。

分掌変更等によって役員退職金を支給された場合

役員を退任または辞任するのではなく、分掌変更などによって役員としての職務の内容やその地位が激変した場合でも、その変更前の勤続期間に係る退職金の支給を受けるときは、原則として退職所得となります。

ところが、形式的には職務の内容や地位が激変したり、報酬が激減(50%以上)したとしても、実質的には激変していない場合や、常勤から非常勤になっても代表権を有していたり、代表権を有していなくても実質的に法人の経営上主要な地位を占めていると認められる場合には、退職所得とはならず、一種の賞与のようなものとして給与所得となります。

退職所得でなく給与所得となった場合には、やはり他の所得と合算されて累進税率が適用されるため(総合課税)、多額の所得税等が追徴されることになります。

死亡退職金を受け取った場合

死亡退職金は、相続税の課税対象となります。

しかし、過大役員退職給与として法人税法上否認されたとしても、死亡退職金を受け取ったことには変わりありません。

よって、基本的に相続税額に影響を及ぼすことはないことになります。

また、死亡しているため、分掌変更等による役員退職給与ということはありえません。

役員退職金を支給する法人の株式の移動に係るリスク

現実に課税処分があるかどうかはともかくとして、理論的には次のようなリスクが生じることになります。

役員退職給与、あるいは、その前提となる役員給与の全部または一部が損金に算入されないと、法人の当初の確定申告での法人所得額が過少だったことになります。

ということは、過少だった所得額を前提に算定された当該法人の株価も過少だったということになります。

このため、過少な株価で贈与された場合には、贈与税額が過少ということになります。また、過少な株価で譲渡された場合、とくに法人が取得した場合には、低額取得ということになり受贈益を認定されるリスクがあります。

( つづく )