消費税申告が簡易課税制度のために控除できなくなった仮払消費税等の回収 Part2

設備投資をして、消費税の申告が一般課税制度ならば還付を受けられたところが、簡易課税制度のために還付どころか納税となった場合、仮払消費税等が払い損になってしまうことがあります。

この払い損である「簡易課税制度による控除不能消費税等」の額は、不動産所得の必要経費として所得税等の額を減少させることでその一部を回収するほかありません。

ただ、個人の所得税には、法人税と異なり課税所得金額に応じた累進超過税率が適用されます。やみくもに当該年分の不動産所得を赤字にするよりも、将来の所得金額の予測によっては、翌年分以降の所得税等の減少のほうが有利なこともあります。

問題点の確認

通常の消費税の申告(一般課税制度)の場合、仮受消費税等の額から差し引く仮払消費税等の額は、実際に発生した額となります。このため、固定資産の取得などで多額の仮払消費税等の額が発生し、仮受消費税等の額を上回るときは、還付を受けることができます。

いっぽう、消費税の申告が簡易課税制度の場合、仮受消費税等の額から差し引く仮払消費税等の額は、実際に発生した額ではなくみなし仕入率によって算定された額となります。このため、実際に発生した額がみなし仕入率による額を下回る場合には、消費税等の納税額は少なくて済みます(この差額は不動産所得の収入金額となって所得税等が課されます)。

ところが、実際に発生した額がみなし仕入率による額を上回る場合でも、仮受消費税等から差し引く仮払消費税等の額はみなし仕入率による額のために消費税の納税額を減らす(または還付を受ける)ことはできず、この差額(簡易課税制度による控除不能消費税等の額)は不動産所得の必要経費として所得税等を減らすしかありません。しかも、必要経費として所得税等を減らすといっても、その全額が所得税等の減少として回収できるわけではありません。 回収できるのは簡易課税制度による控除不能消費税等の額に所得税等の税率を乗じた額にとどまります。

ここで重要なのは、所得税は法人税とは異なり課税所得金額に応じて累進超過税率が適用されることです。 つまり、単純に所得の金額を減らしたのでは、低い所得では低い税率で所得税等が算定されてしまうために「回収効率」が落ちてしまいます。所得税の税率が高いほうが効率が高いということになります。

基本的な手順

  • 「簡易課税制度による控除不能消費税等の額」を算定します。
  • 当年分の不動産所得の計算を税抜経理方式で行い、この場合の不動産所得の金額をチェックします。
  • 当年分の他の所得と合算した課税所得金額を把握し、適用される所得税の税率および所得税額をチェックします。
  • 将来の課税所得金額と適用される所得税の税率および所得税額を予測します。
  • 当年分の不動産所得が赤字となる場合、土地等の取得に要した借入金利子の額を考慮します。
  • 固定資産のみ税込経理することを検討しながら、最終的なプランを確定します。

「簡易課税制度による控除不能消費税等の額」の算定

まず、この作業の前に、期中の消費税取引について会計処理が適切かどうかのチェックを十分行うことは言うまでもありません。これを怠ると、その後のシミュレーションなどまったくといっていいほど意味がなくなります。

税抜経理方式で会計処理を行っている場合には、仮受消費税 a ⁄ c と仮払消費税 a ⁄ c の残高で明確に把握することができます。 税込経理方式で会計処理を行っていても、会計ソフト上で捉えることは可能です。

この情報で簡易課税制度によって消費税の申告計算を行う申告納付額を計算し、「簡易課税制度による控除不能消費税等の額」を把握します。

この額の大きさによっては、特段の対策はせずに受け入れて終了という判断も妥当です。

税抜経理方式による不動産所得の計算

本稿のケースに限らず、固定資産を取得した年分については不動産所得の計算を税抜経理方式で行うべきです。

事業で生じる個々の取引には消費税が課税されるものや課税されないものがあり、税抜経理方式でこれらを日常的に正確に経理処理するのは煩雑であるなどの理由から、中小規模事業者の多くは税込経理方式を選択しています、または、選択したことになっています。

では、税抜経理方式にする理由はなぜでしょうか。税込経理方式では預り金的な性格の消費税額を損益に含めるのは会計理論上妥当でないからでしょうか、はたまた、「簡易課税制度による控除不能消費税等の額」が把握できないからでしょうか。

そうではありません。実は、固定資産を取得した年分では、税抜経理方式のほうが当年分の不動産所得が少なく算定されるのです

具体的にどれだけ少ないかというと、固定資産の取得に要した仮払消費税等の額から当年分の当該固定資産の減価償却費に消費税率を乗じた額(税込経理方式による減価償却費と税抜経理方式による減価償却費の差額)を差し引いた額です。

たとえば、本体価格1,000、消費税等80、耐用年数10年の固定資産を年初に取得した場合、税抜経理方式では取得価額1,000で当年分の減価償却費は100、税込経理方式では取得価額1,080で減価償却費は108となります。 この場合の当年の不動産所得の差額は、72(= 80− 8)となります。 つまり、税込経理方式では固定資産に要した消費税等の額も固定資産の取得価額に含めますが、本体価格部分と同じく当年分に全額が必要経費とはならず、いっぽう減価償却費は税込経理方式のほうが消費税分8だけ大きくなります。固定資産の取得に要した消費税等の額80は、当年分を含め耐用年数をトータルすれば解消され、税抜経理方式と一致します。

これは、消費税の申告が一般課税制度であるか簡易課税制度であるか、税額が納付になるか還付になるかを問いません。

「簡易課税制度による控除不能消費税等の額」を少しでも回収しようとすれば、とりいそぎ早期に回収したいということもあり 、まずは当年分の不動産所得の金額を減らして所得税等の額を減らすことが考えられます。

この点で、まずは税抜経理方式による不動産所得の金額を算定してみるべきです。

他の所得と合算した課税所得金額および所得税等の額の把握

所得税の計算にあたっては、不動産所得は他の所得(給与所得など)と合算して(総合課税)、基礎控除や扶養控除などの所得控除額を差し引いて課税所得金額を算定し、これに課税所得金額に応じた累進超過税率が課されます。

そこで、他の所得がある場合、不動産所得をこれらと合算したところで所得税等がどの程度になるのかを把握します。

さらに、将来の所得の状況も予測します。なぜなら、簡易課税制度による控除不能消費税等の額の回収は、この額に所得税等の税率を乗じた額にとどまります。 だとすると、課税所得金額が大きく高い税率が適用されるほうが効率が良いからです。

とくに、固定資産を取得した年分の不動産所得が小さい、あるいは赤字になりそうな場合には、当年分の他の所得、そして、翌年以降の不動産所得や他の所得と合わせた課税所得金額を予測し、より効率の良い回収プランを検討します。

不動産所得が赤字の場合

税抜経理方式の場合の消費税勘定の相殺後の額と実際の納税額との差額の処理

税抜経理方式では、消費税の申告計算の結果としての実際の納税額(還付額)も必要経費(収入金額)になりません。負債科目(仮受消費税)と資産科目(仮払消費税)の相殺額も負債科目(納税額)や資産科目(還付額)となり、その精算(出金や入金)となります。

消費税の申告を簡易課税制度で行う場合、仮受消費税等の額から差し引く仮払消費税等の額はみなし仕入率による仮払消費税等相当額となるため、実際に発生した仮払消費税等の額とに差が生じます。

つまり、仮受消費税 a ⁄ c と仮払消費税 a ⁄ c の相殺額と簡易課税制度による納付額との差額は、当年分の収入金額または必要経費となります。 このため、簡易課税制度による控除不能消費税等の額は、当年分の不動産所得の必要経費となります。 しかも、一般課税制度であれば還付だったのに簡易課税制度のために納付になったような場合、この差額は多額になります。

まして、固定資産の取得が年の後半である場合には、取得の際の多額の登記費用や融資を受けたときの融資手数料を回収できるだけの収入金額が十分でないため、不動産所得全体が赤字になる可能性は少なくありません。

土地等の取得に要した負債の利子

「不動産所得が赤字になるということは他の所得と損益通算できるのだから望ましい」ことは間違いありませんが、検討しなければならないことがいくつかあります。

不動産所得が赤字になるときに考慮しなければならないのは、必要経費である借入金利子のうち、土地等を取得するために要した負債の利子に相当する部分の金額のうち一定の額は、他の所得と相殺(損益通算)できないということです。

土地等を取得するために要した負債の利子に相当する部分の金額そのものはコントロールしようがありませんが、他の所得と通算できない(あたかも必要経費とはならない)のは不動産所得全体が赤字になったときのみです。不動産所得が黒字であるかぎり、土地等を取得するために要した負債の利子に相当する部分の金額も必要経費となります。

なお、金額的には僅少(?)ですが、黒字か赤字かギリギリのときは青色申告特別控除(最大65万円)も検討の材料に入れます。

当年分の赤字が大きければよいのか

そして、当年分の不動産所得が大きな赤字となる場合、他の所得との損益通算によって課税所得金額が減少し所得税額が減少します。

ただし、簡易課税制度による控除不能消費税等の額の回収は、この額に所得税等の税率を乗じた額にとどまります。 だとすると、課税所得金額が大きく高い税率が適用されるほうが効率が良いことになります。

当年分の不動産所得の赤字による所得税等の額の減少によって、簡易課税制度による控除不能消費税等の額を一挙にかつ早期に回収することは好ましいことです。

とくに、当年分の他の所得が大きくて赤字の不動産所得を通算しても所得税の最高税率が適用される場合には、当年分で一挙に決着すべきです。

しかし、当年分の不動産所得の赤字で損益通算をしてしまうと所得金額が著しく減ってしまい適用される税率が低い場合や、翌年以降の所得金額が大きい見込みである場合には、当年分だけの決着に固執しないほうがよいこともあるかもしれません。

固定資産の取得のみ税込経理方式を適用

先ほど申し上げましたとおり、固定資産を取得した年分では、税抜経理方式のほうが税込経理方式よりも不動産所得が少なく算定されます。その少ない額とは、固定資産の取得に要した仮払消費税等の額となります。

固定資産の取得に要した仮払消費税等の額は多額になることが多く、そもそもこれが簡易課税制度による控除不能消費税等が発生する大きな原因となります。

税抜経理方式の場合は、消費税勘定の相殺後の額と実際の簡易課税方式による消費税の納税額との差額の一部(というより大半)として当該年分の必要経費となります。

このため、不動産所得が赤字になる可能性が高いのですが、むしろ、赤字になりすぎることもあります。

そのとき、検討したいのは、固定資産の取得に係る取引のみ税込経理方式を適用する方法です。

収入に係る取引について税抜経理方式を採用している場合には、固定資産の取得に係る取引のみを税込経理方式で処理することができます。

当年分の不動産所得の赤字が出すぎる場合や、翌年分以降の課税所得金額が高額で高い税率が適用される見込みである場合には、税抜経理方式によりつつ、固定資産の取得に係る取引のみ税込経理方式を用いることで減価償却費が大きくなることから、翌年分以降の課税所得金額を減少させることで、簡易課税制度による控除不能消費税等の額の回収を少しでも増やすことができます。

なお、税込経理方式と税抜経理方式とを併用する場合、個々の固定資産等について異なる経理方式を適用することはできません。例えば、 固定資産のうち、ある固定資産については税抜経理方式、別の固定資産については税込経理方式とするというようなことは認められません。

まとめ

簡易課税制度により控除不能消費税等が発生する原因は、当年中に発生した仮払消費税等の額が仮受消費税等にみなし仕入率を乗じた額(仮払消費税等相当額)を上回ることです。

新規事業の開始や設備投資など、(課税)売上高が伴わない先行的な支出が多額となるときに生じます。

このため、あらかじめ翌年にそのような状況になること見込める場合には、消費税簡易課税制度不適用選択届出書を当年中に提出して翌年の消費税の申告を一般課税制度にすることになります。

「今年は簡易課税制度だから損するから設備投資は来年にしようか」という判断は誤りではありませんが、設備投資の内容によっては価格や資金調達コストが上昇したり、用地等をもはや取得できないなど、本末転倒なことになるリスクもあります。税金が減ることは重要であることは疑う余地がありませんが、全体のうちの一部でしかありません。大局的に判断すべきです。

さて、現実に発生してしまう簡易課税制度による控除不能消費税等の額は、もはや必要経費という形で所得税等の額の減少でその一部を回収するほかありません。そこで、まずは不動産所得を税抜経理方式で算定することによって、当該年分の不動産所得を減少させることになります。

ただ、個人の場合には、所得税は累進超過税率が適用されるため、他の所得や将来の所得予測から考えて、必ずしも取得年分の所得を減らせばよいとは限らないことがあります。

しかも、不動産所得が赤字の場合には、土地等の取得に要した負債利子は他の所得と損益通算できません。

また、当年分の赤字の額が大きすぎる場合には、固定資産の取得取引のみを税込経理方式で処理することで、翌年分以降の所得税等の額を減少させることで回収するほうが有利なこともあります。

簡易課税制度による控除不能消費税等の額の把握、不動産所得の状況、他の所得の状況、適用される所得税率、消費税を支払った固定資産の額、不動産所得が赤字の場合には土地等の取得に係る借入金利子の有無の検討およびその額、将来の所得の予測など、個々の事案によって対応は大きく異なります。

ただ、簡易課税制度によってトクをしたのかソンをしたのか、ソンをしたのならどのくらいか、取り戻す手段はあるのかどうかの検討は必要ではないかと思われます。

( おわり )