相続税対策のための対策

相続税対策では、もっぱら税金(相続税)を減らすことが重視されます。

しかし、けっきょくは世代間で財産を移転するときに、ムダな資金の外部への流出を減らすことが大切なわけで、税金はそのひとつにしかすぎません。対策を何もしないで相続となるのがもっとも支出が少ないこともありうるのです。

また、対策のスキームも一定の仮定や前提をもとにして決められ、将来的な不確定要素は十分に提供されないこともあります。その仮定や前提の妥当性の検討が重要と考えられます。

相続(税)にあたって検討したいポイント

いわゆる専門家は、自分の専門分野からみた最適解が最善だと考えてしまいがちです。 相続対策を例にとりますと、税理士はもっぱら税金(主に相続税や贈与税)をいかに少なくするかという視点から捉えてしまいがちです。

たしかに相続税を安くすることは重要な要素ではありますが、すべての当事者にとって必ずしも最優先ではありません。

大切なのは、経済合理性だけ考えればいいのか、すなわち、ひたすら税金が安くなることだけを追求すればいいのかということです。

そもそも、相続とは、最終的には当事者の外野も参戦しての財産をめぐる人間の欲望の(潜在的または顕在的な)争いです。必ずしも金銭的な経済合理性だけとは限りません。

まして、しょせん人間は感情を持った動物です。経済合理性に従って行動するわけでも、行動しなければいけないわけでもありません(cf.法人)。税金を払ってでも譲れないこともあるはずです。争いはないにこしたことはないかもしれませんが、相手のあることではやむをえません。避けられない争いならば、相手に勝たなければなりません。

このため、事前の対策を検討しようとする場合、「当事者の願望」と「それを遂げるための手段や方向性」に矛盾がないかどうかの検討が重要と考えられます。

さて、対策のためのスキームですが、そもそも論として、次の部分が密接にからみあいます。

  • (1)何をもってゴール(対策の帰結点)とするか
  • (2)ゴールまでの期間はどのくらいか
  • (3)ゴールのためにクリアすべきハードルは何か

(1)何をもってゴールとするか

「そもそもどうしたいんですか?」「けっきょくなにがやりたいんですか?」という問題です。

事業承継の場合は何をもってゴールとするのか、たとえば、親に代わって事業を運営すること(まさに経営の承継)をもってゴールとするのか、それとも親の持つ株式を承継すること(いわゆる自社株対策)をゴールとするのかが考えられます。

また、事業承継だけを考えればいいのか(部分最適)、相続全体の一環としてとらえるべきなのかもあります。

税金(相続税や贈与税)を減らせばよいのか、いわゆる争続を回避するためなのか、トレードオフの状態であったら究極的にどちらを優先すべきなのかという問題もあります。

(2)ゴールまでの期間はどのくらいか

ゴールに至るまでに許される期間はどのくらいなのかを検討します。

たとえば、親御さんの健康問題などの理由で急がなければならない場合があります。

とはいえ、生前の贈与や事業承継などのおしゃれなアクションよりも、(対策を経たうえでの)相続によるほうが実はおトクということもあります。

なお、生前贈与と相続は二者択一的なものではなく、もろもろの有利になるように組み合わせることになります。

(3)ゴールのためにクリアすべきハードルは何か

ゴールを実現するためにクリアすべきハードルとして、まず期間の問題があります。それによってスキームは大きな影響を受けます。

つぎに、誰にどれだけ承継(相続)させるかなどがあります。推定相続人間の人間関係も重要な要素となります。争いの場合にはいかに相手からの追及(遺留分減殺請求など)を未然に防げるかが重要になります。

さらに、不動産の評価額や自社株式の株価の将来の予測があります。誤った予測に基づく誤ったアクションはムダなキャッシュアウトにつながります。

最後は、対策を実現するために要する資金調達または資金確保の問題があります。

相続税対策の前の「相続対策」について

相続で争いを避けるためとして、ひたすら遺言をオススメする専門家などもいます。

なるほど、自分の財産を死後誰に与えるかはもっぱらその方の自由であり、遺言はそれをもっとも反映するものといえます。

しかも、遺言書が出てしまうと、相続人たちはもはや遺産分割で争う余地はありません。この点では、相続でもめないために遺言は必要といえます。

しかし、それぞれの相続人、もっといえば、それぞれの相続人の親族などは、必ずしも同じ価値観を持っていません。被相続人の財産をこれだけもらえるだろうという期待(あるいは妄想)があります。これを遺言によって期待(妄想)と違っていたとすると、本来ならば被相続人に対して怒るべきところ、ほかの相続人にその怒りの矛先が向かうのが通常です。

それは、遺留分減殺請求や二次相続という、新たなステージへ持ち越されるのです。

世代間の財産の移転でどれだけの支出があり、どんな財産がどれだけ残るのかこそ重要

相続税対策というと、もっぱら相続が発生した場合の相続税をどれだけ減らすかが中心になります。

対策を示す側からすると、数値で示せるため、説得力が強いからです。

しかし、重要なのは、世代間で財産を移転するにあたって生じるもろもろの資金の流出のあとで、どんな資産がどのくらい残るのかが大切なわけで、相続税は資金の流出のひとつにしかすぎません

いわゆる不動産取得スキームについて検討してみましょう。

不動産取得スキームとは

手持ち資金10,000があった場合、この資金は相続財産として相続税が課され、現金10,000は10,000として評価されます。いっぽう、この資金で土地を取得すると、相続財産は現金ではなく土地となります。相続税の算定のための財産評価のルールからすると、土地の評価額は時価の80%となります。

つまり、「現金だと課税されるのは10,000だけど、土地だと課税されるのは8,000にすぎない。よって、現金でなく土地で保有しているほうが相続税対策として有効である」ということになります。

「これはすばらしい」ということになります。

さらに、借入金により不動産を取得するとさらに有効だと説明されます。

つまり、借入金10,000で土地を取得すれば、土地の時価が10,000であったとしても、相続税の課税価格の計算では土地の評価額は8,000となります。すると、土地(正の財産(資産))8,000に対して借入金(負の財産(債務))は10,000となり、▲2,000となります。その他の財産が2,000の中に収まれば、より正確に言えば、2,000と基礎控除額の範囲に収まれば、その時点での相続税そのものが発生しないことになります。

さらに、土地がマンション(貸家)の用に供されている場合には、貸家建付地としてさらに土地の評価額は減額されることになります。建物(家屋)そのものも、評価額は購入金額よりも少ないことから、さらに有利ということになります。

不動産スキームの死角

なるほど、不動産スキームによって、(少なくとも近未来の)相続税額を減少させることができます。

しかし、次のような不確実事項、あるいは、説明されない(かもしれない)事項があります。

さまざまな追加的支出の発生

不動産を取得すれば登記費用やいろいろな支出があります。借入金をすると、融資手数料や抵当権設定登記のための費用がかかります。不動産取得税もかかります。

保有すれば維持費がかかります。具体的には固定資産税や修繕費などです。

また、借入金によって不動産を取得すれば月々の返済額に加えて利息が発生します。利息負担を減らすためや、借入金に対する心理的負担(早く完済しよう)から、返済期間を短くすることがあります。

この場合、月々の元本返済額が増えるため、賃貸料収入の金額によっては、資金繰りが厳しくなることがままあります。とくに、賃貸料収入の入金タイミングと借入金の返済引き落としのタイミングが悪いと、毎月のように「持ち出し」が必要になります。

空室リスク、賃貸料収入の減少リスク

不動産保有による維持費を賃貸料収入でカバーするわけですが、ずっと空室にならない保証はありません。また、家屋が古くなるため当初の賃貸料収入が維持されるわけではありません。賃貸料収入を維持しようとするために、追加的な設備投資などが必要になるかもしれません。

ちなみに、通常の土地(自用地)が時価の80%となるところ貸家建付地がさらに減額されるのは「自用地評価額(時価の80%)×借地権割合(30%~90%)×借家権割合(30%)×賃貸割合の額」ですが、賃貸割合は相続発生時に空き室があると原則として賃貸割合が下がるため、減額分が目減りすることになります。

賃貸割合が下がるのをやめるために、サブリース(賃貸管理会社を通して賃貸することで空き室がなくなる)という対策がありますが、サブリースをすればそれだけ「ピンハネ」され収益性は悪化しますし、また、自らサブリース法人を作っても、サブリース法人の法人税などど、自分に課される所得税の税率とのバランスなどによっては、結局資金の流出が多くなりかねません。

けっきょく相続対策とは、世代間で財産を移転するにあたって生じるもろもろの資金の流出のあとで、どんな資産がどのくらい残るのかが大切なわけで、相続税は資金の流出のひとつにしかすぎないのです。

地価上昇リスク

土地の時価は毎年変動します。10,000の現金を土地に変えたことで評価額8,000以下となったものの、その後土地の時価が上昇してしまい、評価額が10,000を超えてしまうと、現金のまま保有していたほうがよかったということになるばかりでなく、土地の取得に要したもろもろの支出、固定資産税などの維持費はなんだったのかということになります。

このため、これらのスキームとはまったく逆の対策が行われることがあります。つまり、将来時価が上昇すると予想される財産(土地や株式など)を、早めに移転(譲渡や贈与)することによって、その後の時価上昇に伴う(潜在的)相続税の増加を減らすのです。いわゆる「評価の固定化」というものです。

また、借入金で貸家を取得するスキームは「財産<債務」により相続税を節約する(あるいはゼロにする)わけですが、借入金の返済期間を短くすれば、先ほど述べた資金繰りがきつくなるばかりでなく、債務の残高は早く減少していきます。

ここで、さらに土地の時価が上昇してしまうと、「財産<債務」から「財産>債務」となってしまうタイミングが早まります。

現金でなく不動産を相続したことによるリスク

相続が発生し、現金が相続財産となった場合、遺産分割でもその分割は容易です。しかし、不動産が相続財産となった場合、不動産を遺産分割しようにも、持分等で共有することは困難となり、けっきょく別の相続人等に現金を支払うことで精算することが考えられます。その現金がない場合には、結局不動産を売却せざるをえないことがあります。

また、遺言によって遺留分減殺請求が発生した場合も、現金によって支払いを行うことになるため、相続人等に現金がない場合には、けっきょく不動産を売却して現金にせざるをえないことがあります。

すると、いったい何だったのかということになります。

リテラシーの向上

相続対策、または相続税対策として、いろいろな専門家、またはいろいろな業者(不動産、金融など)がからんできます。

彼らは、ボランティアとして親身になってアドバイスをするのではなく、きっちりビジネスをします。

「コンサルティングフィーがほしい」「不動産を売ってほしい(買ってほしい)」「金融商品を買ってほしい」「おカネを借りてほしい」などです。

ここで重要なのは、彼らはそれぞれの専門的能力からいろいろなアドバイスを行いますが、自らのテリトリー以外については無関係無関心であることがままあります(そのこと自体がただちに間違いではありません)。つまり、自分のテリトリーでの最善のプランが重要であり、それに伴うデメリットがあまり説明されないことがあります。

さて、相続税対策では、あるタイミング(おもにスキーム提案時)での状況を所与として、一定の仮定や前提をもとにして決められることが少なくありません。

そのことそのものが間違っているわけではありません。一定の仮定や前提を置かなければ、提案それ自体ができないからです。

「営業ツール」がひな型的なフォーマットになっているとすると、そのフォーマットが機能するように仮定や条件や前提を作り込まざるをえないことも少なくありません。なぜなら、そこからはみ出してしまって自分がミスをすると組織内で責任を問われかねないからです。

このため、スキームの提案では、取得の時点、あるいはそこから数年の効果しか謳われるにすぎず、さきほど申し上げた将来的な不確定要素は十分に提供されないこともあります。

と申しますのも、あまりに不確定要素まで説いてしまうと、提案する側の目的(不動産や金融商品を買ってほしい、おカネを借りてほしい)が達成されないリスクがあるからです。また、目的が達成されれば、「手離れ」がいいほうが好ましいからです。

それはなぜでしょう。それは提案する人の立場に立って考えてみるとわかりやすいです。

つまり、所属している組織から求められるノルマがあり、自己の組織内での立場があり、守るべき家族がいる状況で、顧客の利益を最大にするということとの間に矛盾が生じないとはいいきれません。

また、相続でもめないための対策を弁護士に相談したとします。圧倒的多数の弁護士は親身に対応しますが、潜在的に争いがあればあるほどビジネスになるのが弁護士業です。

重要なのは、情報リテラシーの能力を高めることではないでしょうか。具体的には、サイトや書籍やセミナーで言われている一般論を踏まえつつ、ご自身の個別的な状況をよく比較分析することです。

先の不動産スキームでいえば、対策をした時点での将来相続税の減少ばかりではなく、けっきょく予想される収支はどうなのかなどを十分に検討し、借入金によって不動産を取得する場合には、土地の時価の上昇と借入金の残高の減少を継続的に観察して、新たな対策の方法とそのタイミングをキチンと分析検討しておくことが大切です。

実は、相続対策はせず、そのまま相続となったほうが、支出は一番少ないということもありうるのです。

つまるところ、相続(税)対策は、当事者の多様な価値観を踏まえたうえで、「当事者の願望」と「それを遂げるための手段や方向性」とに矛盾がないようにサポートしていくことではないかと思われます。

(おわり)