非上場株式の売買価格は税法ルールでなければならないのか

非上場株式の譲渡についての情報は無数にあふれています。しかし、その多くは、「売買価格は税法のルールによって行うのが当たり前」であると誤解しかねないような内容になっています。

しかも、前提が明示されないまま結論を示しているものが少なくなく、読み手によって希望的観測をしたり悲観的観測をしてしまうと思われます。

しかし、その税法のルールは個々の状況によって大きく異なるのです。

基本的な着眼点

私は、まず、この二つが重要だと思います。

  • 「税法のルールによる価額で売買しなければならない」という固定観念を棄てること
  • 課税のされ方は反射的あるいは対称的にとらえるのではなく、売主と買主で別々にとらえること

「税法のルールによる価額で売買しなければならない」という固定観念を棄てること

税法のルールは、課税の公平を実現するために画一的な方法によっています。それがゆえに、税法のルールから導かれた価額が、本来の理論的な価額とは異なるのはある意味当然です(出発点(目的)が異なりますから)。

いっぽう、本来の理論的な価額とは異なるとはいえ、利害が対立している当事者間での価額の交渉の局面では、画一的な方法であるがゆえ、税法のルールに基づく価額は一定の説得力を持つことになります。

ただ、そのことからただちに税法のルールで算定された価額で売買しなければならないというのは若干短絡的ではないかと思われます。

さて、税法のルールで算定された価額はおおむね時価を指しますが、この後申し上げますが個々によって大きく異なりうるものです。

となりますと、「いくらで譲渡すればよいのか」という発想ではなく、「いくらだとどう課税されるのか」という発想が大切です。

課税のされ方は反射的あるいは対称的にとらえるのではなく、売主と買主で個々に考えること

「売主でこのように課税されたから」と、その課税のされ方をそのまま買主に当てはめようとすると間違えます。売主で課税される(されない)からといって買主も課税される(されない)ないわけではありません。

具体的な視点

そして、次の点を押さえることが大切だと思います。

  • 法人と個人では課税のされ方が異なること
  • 当該株式の発行会社への支配力で課税のされ方が異なること

法人と個人では課税のされ方が異なること

法人は、まさに法によって人格を付与されたバーチャルな存在で、もっぱら経済合理性に従って行動し、ひたすら営利を追求する存在(営利社団法人)です。このため、法人は個々の取引について客観的な交換価値、すなわち、本来の値打ち(とされる額)で行うものとされます。

よって、法人は株式を取得するときは、常にその時点での本来の値打ち(とされる額)で取得し、株式を売却するときは、その時点での本来の値打ち(とされる)で売却するものとされるのです。この本来の値打ちとされる値が「時価」です。この「時価」より取引すると課税の問題が発生するのです。

いっぽう、個人は生身のカラダをもち、理性のみならず感情も持ち合わせた自然人です。このため、個人の行動は必ずしも経済合理的ではなく、常に営利を追求しているわけではありません。

このため、個人の場合には、本来の値打ちとされる値(時価)で取引をしていなくてもただちに課税がなされるわけではありません。

そして、この「時価」というのが、法人と個人では必ずしも一致しません。法人税法と所得税法なのだから当たり前といえば当たり前なのですが・・・

ここが悩ましいところで、まさに先ほど申し上げた「課税のされ方を反射的あるいは対称的にとらえる」と、個人と法人での取引となるとストレスがたまることになります。

当該株式の発行会社への支配力で課税のされ方が異なること

個人か法人かでも課税のされ方が異なるところにきて、しかも、個人か法人かによって「時価」が異なります。さらにとどめがあります。

同じ個人や法人であっても、その株式を発行する法人でどの程度の支配力(議決権(持株)の保有状況)があるかによって異なるのです。

具体的には、そもそも株式を発行する法人の株主(グループ)構成がどうなっているのか、売主や買主はその中でどのようなポジションにあるのかということです。

しかも、その議決権(持株)の保有状況も、譲渡直前の状況で判定するのか、譲渡後の状況で判定するのかが異なるのです。

まとめ

以上から、「税法ルールで決められた価格で売買しなければならない」という感覚にとらわれてしまうと、息苦しくなってしまいます。

まず、売主と買主が法人であるか個人であるかによって課税が異なりますし、その課税について考えるのも、それぞれ適用される税法が異なります(所得税、相続税、法人税)。さらに、課税の基準になる時価の算定についても、その株式を発行する法人に対する支配力(議決権(持株)の保有状況)によって異なりますし、その議決権(持株)の保有状況も、譲渡直前の状況で判定するのか、譲渡後の状況で判定するのかが異なるのです。

このように考えますと、個々の状況によって、場合分けがものすごく多いことがおわかりになるかと思います。

ところが、実際は場合分けが大変なのに、巷にあふれる書籍やサイトは、(極端に)単純化した説明が展開され、しかも、オリジナル(条文)にあたってウラ取りをせず、受け売りとも思わざるをえない文章であふれていることが誤解を生じやすいのではないかと思われます。

このため、読み手の性格によって、ものすごく希望的観測をしたり悲観的観測をしてしまうと思われます。

結論が場合分けによって異なるとすれば、結論だけ見たところで、前提が異なればまったく違うものとなります。

やはり、イージーに結論に飛びつかず、基本的なところから押さえていくのが有効かと思われます。

(おわり)