( 8 )予測貸借対照表の作成 Part2

フリー・キャッシュ・フロー算定にあたり、通常の貸借対照表の現預金残高を、通常の営業活動に必要な資金(営業用現預金)と営業用現預金を超える余剰現預金とに区分します。予測貸借対照表では、貸借差額としての現預金残高が営業用現預金を維持できるように資金調達を計画します。営業用現預金は運転資本(増減額)としてフリー・キャッシュ・フローを構成します。

いっぽう、余剰現預金とその他の非営業用資産は、各予測事業年度のフリー・キャッシュ・フロー及び継続価値の現在価値の和である事業価値に加算されて企業価値、株主価値そして株式価値を構成することになります。

予測貸借対照表の作成フロー

単純な事業計画ではなく、「フリー・キャッシュ・フロー算定のための事業計画」なので、予測貸借対照表ではなく「フリー・キャッシュ・フロー算定のための予測貸借対照表」を作成します。

  • 予測損益計算書の変化に即応する予測貸借対照表を作成します。
  • 予測貸借対照表からフリー・キャッシュ・フロー算定のための予測貸借対照表への組み替えを行います。

「フリー・キャッシュ・フロー算定のための予測貸借対照表」の最大の目的は、フリー・キャッシュ・フロー算定の構成要素である運転資本増減額を算定するために、通常の貸借対照表の流動資産と流動負債を、営業用流動資産と営業用流動負債に組み替えることにあります。

資金ショートの可能性と予測損益の修正

予測貸借対照表の構成は、最終的に現預金残高で「負債+純資産−資産」の額が現預金残高となるような構成にします。

具体的には、現預金の残高は、貸借をバランスさせる調整科目として数式を入れます。もちろん、検証用として「資産−負債−純資産= 0 」とチェックするセルを作ります。

すると、計画によっては、現預金の残高がマイナスになることがあります。すなわち、資金ショートです。

資金ショートに対処するためには、新たな資金調達が求められます。この場合、資金調達は自己資本(増資)によるか他人資本(借入金や社債)によるか、他人資本とした場合の利率をどう設定するかが問題となります。

また、資金調達の額をどの程度に設定するかが問題となります。

営業用現預金

ここで出てくるのが、営業用現預金という概念です。営業用現預金とは、営業用必要な手元資金で、経験則的なものとして一般に売上高の2%程度としていたりしますが、実際のどの程度の現預金残高が事業用必要なのかについては、個々の企業によって異なるため、過去の事業内容から分析検討すべきと考えられます。

さて、予測貸借対照表の貸借をバランスさせる科目としての現預金残高ですが、より正確には、新たな資金調達は、現預金の残高がプラスになればよいというだけでは足らず、少なくとも営業用現預金残高を確保する額が必要となります。別の視点からすると、新たな資金調達は、現預金残高がマイナスになっただけでなく、営業用現預金残高を下回った場合にも必要ということになります。

そこで、まずは営業用現預金の額を予測損益計算書の売上高等から自動計算で算定できるようにし、さらに予測貸借対照表上で、貸借バランスさせる現預金残高の予測額が営業用現預金の額を下回った場合がすぐ判明するような数式を入れたセルを設定します。

資金調達のタイミングと予測損益の修正

さて、新たな資金調達の額が決まったら、そのタイミングが問題となります。

予測貸借対照表上、各予測事業年度末の現預金残高が営業用現預金を超えるレベルがあれば足りることになります。

別の見方をすれば、事業年度末に現預金残高が営業用現預金になるような資金調達を行うというシナリオだけではなく、当該事業年度の途中で資金調達を行い、数回の返済を行った後の期末の現預金残高が営業用現預金になるというシナリオも考えられます。

新たな資金調達を他人資本(借入金)によって行う場合、その額や調達時期や返済スケジュールによって、各事業年度の貸借対照表の借入金残高や現預金残高ばかりでなく、予測損益計算書の支払利息の額に影響を及ぼすのです。

このシミュレーションをより的確に行うためには、やはり月次ベースでの予測貸借対照表を作成することになります。

フリー・キャッシュ・フロー算定のための予測貸借対照表への組み替え

(通常の)予測貸借対照表を「フリー・キャッシュ・フロー算定のための予測貸借対照表」への組み替えを行います。

「資産=負債+純資産」というスタンダードな貸借対照表の構成ではなく、「投下資本=自己資本(純資産)+他人資本(借入金等の有利子負債)」という構成となります。

  • 投下資本=自己資本(純資産)+他人資本(借入金等の有利子負債)
  • 投下資本=営業投下資本+非営業用(非事業用)投下資本
  • 営業投下資本=運転資本+営業用固定資産
  • 非営業用営業投下資本=非営業用流動資産+非営業用固定資産-非営業用流動資産(借入金等の有利子負債は除きます。)-非営業用固定負債(借入金等の有利子負債は除きます。)

フリー・キャッシュ・フローの算定に必要なのは、営業投下資本です。ここに、運転資本(増減額)と営業用固定資産(すなわち設備投資額)の二つが集計されるからです。

営業用と非営業用(余剰)との区分とその効果

「フリー・キャッシュ・フロー算定のための予測貸借対照表」への組み替えで重要なのは、資産を営業用と非営業用(非事業用)とに区分することです。

とくに、現預金残高を営業用現預金と非営業用の現預金(以下「余剰現預金」といいます。)に区分することは重要です。

通常の貸借対照表の現預金残高は、フリー・キャッシュ・フロー算定のための予測貸借対照表への組み替えにおいて、通常の営業活動に必要な資金(営業用現預金)だけが運転資本を構成し、フリー・キャッシュ・フローの算定要素である「運転資本増減額」となります。そして、営業用現預金を超える余剰現預金は除かれます。

先に述べたとおり、営業用現預金をどの程度にするのかという点が問題となります。この点、経験則的なものとして一般に売上高の2%程度としていたりしますが、実際のどの程度の現預金残高が事業用必要なのかについては、個々の企業によって異なるため、過去の事業内容から分析検討すべきと考えられます。

営業用現預金は、予測貸借対照表による現預金残高の最低水準としての意味を持つばかりでなく、フリー・キャッシュ・フローを構成することになります。このことは、営業用現預金の水準をどうするかということは、フリー・キャッシュ・フローに重要な影響を及ぼすことを意味します。

では、フリー・キャッシュ・フローを構成しない余剰現預金はどうなるのでしょうか。

余剰現預金や非営業用(非事業用)資産はフリー・キャッシュ・フローは構成しないものの、算定の基準日(通常は最初の予測事業年度の期首)における余剰現預金残高や非営業用(非事業用)資産は、フリー・キャッシュ・フローの現在価値である事業価値に加算されて企業価値等を構成することになります。

事業価値=各予測事業年度のフリー・キャッシュ・フローの現在価値+継続価値の現在価値

事業価値とは、資金を調達して事業を営むことによって創られる価値です。各予測事業年度のフリーキャッシュ・フローに継続価値(予測最終事業年度のフリー・キャッシュ・フローあるいは当該フリー・キャッシュ・フローに一定の調整を加えた額が半永久的に継続するとした値)を加えた額を現在価値に割り引いた値です。

企業価値=事業価値+非事業資産

企業価値は、事業価値に、余剰現預金や余剰投資有価証券や遊休資産といった事業活動に使用されていない資産を加えたもので、企業全体の価値を時価で評価したことになります。

株主価値=企業価値−有利子負債等

企業は資金を金融機関等から借り入れて調達することがあります。この場合、企業価値はすべて株主のものではありません。有利子負債は返済しなければならないため、企業価値のうち有利子負債部分は貸し手(金融機関等の債権者)のものということができます。また、従業員の退職給付債務も株主に帰属するものではありません。これらを控除した価値が株主に帰属する価値となります。

株式価値=株主価値+コントロールプレミアム(または−マイノリティディスカウント)その他

株主価値をベースに、評価の対象となる株式について、支配株主に相当する部分なのか、少数株主に相当する部分なのか、普通株式なのかその他種類株式なのか、株式の取得によって企業の支配権を獲得できるのか、事業上のシナジーを得られるのかなど、対象となる株式についての価値を調整します。

1株当たり株式価値(株価)=株式価値⁄株式数

評価の対象となる株式価値について、対象となる株式数で除したものが1株当たりの株式価値となります。

( おわり )